表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/117

レナルドの両親

 女神との邂逅の翌日、俺達は帰宅の途についた。

 ジャイニーとスキニーも一緒だ。

 ただ、彼らには女神の件を秘密にしている。

 色々考える必要があると思ったからだ。


 辺境伯領都から伯爵領まで馬車で二日半の距離。

 速度は徒歩程度。

 おそらく、一日五十km。

 総距離は百km強というところか。


 道は決してなだらかではない。

 一応、座布団みたいなものはある。

 しかし、とんでもなく揺れる。

 お尻が突き上げをくらい痛い。


 痛いお尻を我慢しつつ、

 俺は懇親会の日々を思い出していた。

 ディオンのこと。

 女神様のこと。

 婚約破棄のこと。

 


 そういえば、決闘の翌日エレーヌから声をかけられた。


「大丈夫ですかぁ?」


 甘ったるい声で!

 ああ、ぶりっ子だ。

 俺の大嫌いな声だ。

 背筋に悪寒が走った。

 その後も悪寒がずっとやまない。

 なぜかチクチクと不快感を催す。


 それとだ。

 

「(顔が違う……)」


 決闘騒ぎのときには随分な美少女に見えた。

 レナルドの記憶でもエレーヌは超美少女だった。


 ところが、翌日見たときは違っていた。

 ブサイクとは言わないが、普通の女子に見えた。

 それこそ、別人のようだった。


 どういうことなんだ?

 決闘のときはレナルドの記憶に引っ張られたのか。

 となると、あの地味顔が本当のエレーヌの顔か。

 レナルドはエレーヌのどこを気に入ったんだろう。

 恋は盲目というやつか。

 それにしては随分と修正されていたぞ。


 まあ、何でもいいか。

 この際だから、両親に婚約破棄のことを話そう。

 すっぱり正式に関係を解消しよう。

 レナルドは彼女に好意を持っていたようだ。

 だが、当然ながら俺にはなんの感情もない。

 性格の良さそうな娘じゃなかったしな。

 意地の悪そうなかなり敬遠したいタイプだ。



 そうしてようやく伯爵領に戻ってきた。

 あちこちで農民が農作業をしている。

 彼らが俺の馬車に気づくと顔をそむけ離れていく。

 あからさまに。

 道で出くわすと、道を外れて逃げてしまう。

 馬車から遠くにいても同じだ。


 馬車には伯爵家の紋章が刻まれているからな。

 非常に目立つ。


 実に不敬だ。感じ悪い。

 と思わざるを得ないが、これは自業自得だ。

 女神からも言われているしレナルドの記憶からも明らかだ。

 伯爵家の振る舞いが村人の態度に現れている。

 要するに、極悪非道なのは俺達なのだ。


 あと、そこらじゅうから田舎の香水が漂ってくる。

 特に街なかはひどい。

 これは伯爵領だけじゃない。

 辺境伯領でも同様だった。



 それにしても馬車の乗り心地はどうにかならんか。

 お尻が四つに割れてるぞ。

 我慢が限界を越える寸前でようやく自宅についた。


 ここはフェーブル伯爵領フェーブル伯爵邸。

 屋敷・館とよんでおかしくない立派な邸宅だ。

 領都から西へ数kmの場所に位置しているようだ。

 伯爵邸の私邸の位置づけになる。


 領都であるフェーブル街にも領主の館がある。

 そこは公邸の位置付けで政治機能が集約している。



 お尻の痛みを誤魔化しつつ、伯爵邸の玄関に入る。

 エントランスは二階吹き抜け。

 両サイドに二階に上がる階段がある。

 俺の前世で住んでいた1LDKより確実に広い。


 そして、ずらりと家人が並んでいた。


「「「坊ちゃま、おかえりなさいませ」」」


 おお、さすがは伯爵家嫡男のお帰りだ。


「ただいま、ご苦労さま」


 家人をねぎらいつつエントランスの奥に進む。

 そこにはフェーブル伯爵の肖像画が鎮座する。


 眉目秀麗。

 日本人では届きそうもない美貌の男性。

 二十代前半であろうか。

 栗色の髪・青目の彫りの深い顔立ち。

 俳優のアーロン・テイラー=ジョンソン。

 彼に似ているかもしれない。


 肖像画からはわからないが、彼はスタイルもいい。

 八~九頭身であり手足の長いモデル体型である。

 これまた日本人ではなかなかお目にかかれない。

 それが当主伯爵、ディオール・フェーブル。


 この画は決して詐欺でも忖度した結果でもない。

 伯爵は若い頃、絶世の美貌を誇った美丈夫だったらしい。



 俺は二階には戻らず、一階奥の食堂を目指す。

 ちょうど両親の夕食時間だった。

 俺も席に座って夕食をとることにする。


「ただいま、戻りました」


「辺境伯邸での会合はどうだった?」


 眼の前には醜い豚のような人物がいる。

 クチャクチャと飯を食い散らかしながら、俺に質問をする。


 無駄に長いテーブルが食卓だ。

 その人物はその短辺向こう側に座っている。

 俺の席は反対側の短辺だ。


「大変、楽しゅうございました」


 彼はフェーブル伯爵、レナルドの父親だ。

 無論、俺にはそんな実感はない。

 蒲生的には初対面であり、ただの赤の他人だ。


 そもそも、醜悪すぎないか?


 頭はМ字ハゲで落ち武者のような髪型をしている。

 両側の長髪がだらりをたれているのだ。

 顔は赤ら顔で油っぽい。

 吹き出物が大量に湧いている。

 体型は見事な肥満。

 移動するときは転がしたほうが早いだろう。


 食事マナーも酷い。

 果たして彼は貴族教育を受けてきたのか。

 それとも、これが貴族の平均的マナーなのか。


 料理はテーブルに直置き。

 肉を手づかみ。見事なクチャラー。


「そうか、そうか。それは重畳。グハグハグハ」


 およそ、人の声とは思えない。

 唾と食べ物の残骸が辺りに飛び散る。


 ネチョネチョと汚れた手を自分の服で拭い取る。

 骨やカスは床に投げ捨て。だから、床も油まみれ。

 ここは獣の檻の中か?

 

 レナルドの父親。

 繰り返すが、若い頃は絶世の美男子であった。

 レナルドが誕生した頃からあっという間に劣化した。

 貴族らしく上品だった食事マナーも品をなくした。



 性格も酷い。

 これも食事マナー同様だ。

 容姿の劣化に合わせて酷くなっていったという。


 猜疑心が強くかなりの狭量。

 事あるごとに誰かの悪口を口にする。

 使用人のミスには烈火のごとく怒り狂う。


 他人に対しては吝嗇家りんしょくかだ。

 つまりケチである。

 一銭たりとも恵んでやりたくない。

 逆に、人から奪うことにはなんの抵抗も見せない。

 寧ろ、嬉々として奪う。


 領民にも容赦はしない。

 税は公七民三である。

 王国でも最も重い税を領民に課している。

 領民の不満は腕尽くで抑え込んでいる。

 何しろ、伯爵は王国有数の魔導師なのだ。



 女神が最低クラスの人間だって言ってた。

 うなづくしかない。

 俺というかレナルドもたいがいだが、遥か下だ。


 これからは密かに豚父と呼ぼう。

 などというと豚に失礼か。

 豚さんごめんなさい。



 食卓の伯爵の隣にはもう一人の人物が座っている。

 これまた酷い肥満だ。

 顔が脂肪にめりこんでいる。

 物凄い厚化粧。

 どうやら、女性らしい。

 これが、レナルドの母親、グレース・フェーブル。


 ガマガエルだ。

 ガマ母と呼ぼう。


 彼女も十年前は世も羨む美形だったらしい。

 両親二人はお似合いのカップルと絶賛された。

 美男美女だったのだ。

 今は真逆の意味で伯爵とお似合いのカップルだ。


 伯爵はたいへんな女好きだ。

 彼女は如何に思っているのか。

 どうやら全く意に介していないらしい。



 彼女の第一の関心は浪費。

 衣服とお菓子が大好きなのだ。


 たかだか服とお菓子だろ? というなかれ。

 普通じゃないのだ。


 まずは服。

 そもそも、この世界で服は高価だ。

 糸も機織りも裁縫も全て手作り。

 大量生産じゃないのだ。


 だから、服一着がかなり高価になる。

 安いものでも上下で十万ギル前後。

 ああ、1ギルは1円程度の感じだ。

 労働者クラスだと、年に一着程度しか購入できない。

 それも中古で。

 夏の暑いときも冬の寒いときもその一着だけだ。


 これが貴族階級ならどうなるか。

 桁が一つか二つ違う。

 普通服でも数十万ギル以上。

 高価な服だと前世基準で高級自動車や家が買えるような値段になる。

 ガマ母はそういう服を何着も購入していく。



 お菓子も安いものではない。

 この世界では甘味は超高級品だ。


 まずは蜂蜜。

 前世地球のような養蜂家はいない。

 森に分け入り、蜂の巣を探して蜜を採取する。

 蜂の巣は破壊される。

 簡単に手に入るものではない。


 砂糖も貴重品である。

 南の国からの輸入に頼っている。

 関税どころか、運送費が莫大だ。

 何しろ、魔物の蔓延る海をわたってくるのだ。

 上陸しても国内を駆け巡るうちに運送費がかさむ。

 手元に達するころには金や銀同等の食品となる。 


 甘味は貴族階級でもなかなか味わえない。

 その甘味を利用したお菓子。

 ガマ母の求めたお菓子がそれだ。

 甘味たっぷりのお菓子が好みなのだ。

 値段が跳ね上がる。


 超高級品である衣服とお菓子。

 ガマ母の浪費レベルがわかろうというものである。


 まさしく、似たもの夫婦だ。



「ところで、エレーヌ嬢との婚約が解消されたぞ」


「ああ、僕にも伝えられました」


「そうか」


 話はそれで終わりだった。

 決闘したんだが。

 どうやら婚約解消の話は内々に済んでいたようだ。

 あの決闘話はとんだ茶番だった。

 俺、というかレナルドの名誉はどうなるんだ。


 ちなみに、決闘話は王国では定型化・慣習化されているという。

 特に婚約破棄・解消にまつわる決闘は。

 一時期女性の間で大いに話題にはなるが。

 レナルドの名誉はありふれた話として埋もれたままにされてしまった。


 両親は淡々としている。

 彼らはレナルドに殆ど興味がない。

 息子への愛情は若い頃にはあったはず。

 だが贅肉と反比例して心から削り取られていった。


 なるほど。

 これがレナルドの家庭環境か。

 性格がねじ曲がってしまったのもむべなるかな。

 同情するわけではないが。


 ただ、若干の光明がないわけではない。

 両親は若い頃はすこぶるつきの美形であった。

 美形要素はレナルドにも遺伝している?

 つまり、俺は磨けばそれなりになるのでは?


 まあ、眼の前の光景を見ると愕然とするが。

 体質故かそれとも食生活がひどすぎるのか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ