シスターのある日のできごと シスター見習いの独り言
【シスター見習い視点】
女神教会は朝早くから活動を始める。
朝五時。
シスターが目覚める。
すぐに私達シスター見習いがそれを感知し、
シスターの支度の手伝いを始める。
ちなみに私達二人は
黒猫達がニャーニャーまとわりついて起こされる。
ご飯は不要のはずなんだけど、ご飯の要求だ。
まずは猫たちのご飯の用意。
魔力増大とともに、三人とも黒猫の念話を
キャッチできるようになった。
シスターは非常に不器用だ。
何しろ、服をチャッチャッと着れない。
というか、服を着させるのはお付きのものの仕事。
そう思っている節がある。
洗面台で顔を洗う。
それはシスターが自力でできる。
横で私達がタオルを持って待っている。
ただ、ムクロギ石鹸で顔を洗ってよく洗い落とさず、
「あ~目に石鹸が入った!」
なんてのはしょっちゅうだ。
顔を洗えば次は祈りの時間だ。
この教会の最大の仕事は神に祈りを捧げることだ。
で、礼拝室に入る。
ここでも注意が必要だ。
シスターがドアを開けずにドアに衝突する。
決してシスターの頭が弱いのではない。
頭の中がお祈りでいっぱいで集中しすぎているから。
シスターにはそういうことがよくある。
手紙を書くときにペンを探す。
手にペンを持ちながら。
食事のときにスプーンとかを探す。
スプーンを持ちながら。
灯りがついているのに
「灯りを付けなきゃ」
何かに集中し始めると他のことが目に入らない。
それがシスターの性格だと思う。
……だよね?
レナルド様によると
「あ、それ天然だ」
らしい。
「でもね、それを狙ってやる人がいてね」
「? レナルド様、意味がわかりません。そんなことしたら頭が弱いって思われますけど。あ、シスターがどうこうじゃなくって」
「そういうのも天然かな?」
「いえ、私は天然じゃありません! 目指すはできる女子です!」
ほんと、レナルド様は時々言葉がキツイ。
さて、ようやく祈りの時間になる。
部屋に偶像やらがあるわけではない。
どこにいようと床に跪いて両手を胸の前で合わせる。
そして目をつぶって熱心に祈りを捧げる。
捧げる祈りは神への感謝の気持ちだ。
祈りは一時間ほど続ける。
そのあとは子供たちと魔力増強の訓練。
私達も横に並んで三十分程度の瞑想だ。
いつやっても心が軽く暖かくなってくる。
祈りが終わると朝食である。
孤児院の子どもたちと一緒に食べる。
朝食は非常に慎ましい。
固い黒パンと薄い塩スープ。
まあ、豪華ではないよね。
レナルド様はライ麦パンだっていってた。
食物繊維が豊富。
全般的に十分な栄養を含むという。
豊富な栄養は表皮に含まれていることが多い。
その表皮は食感や香りがあまり良くない。
ボソボソで青臭い。
その反面、小麦パンはフカフカで味がいい。
でも表皮が省かれるから、栄養的には貧相。
私は昔から黒パンだから気にならない。
でも、レナルド様は小麦パンが好きらしい。
ただ、貴族や富裕層の食生活は良くないという。
小麦パンも栄養が偏っている。
肉類、それも腐りかけの肉は体に良くない。
貴族に肥満や肌荒れが多いのは、
その食生活にも原因があるってレナルド様はいう。
料理の準備は私達シスター見習いと
孤児のうち年長者が日替わりで担当する。
シスターは準備に加わらない。
偉そうにしているからではない。
服を着るのと同様、おそろしく手際が悪いからだ。
包丁を使えば血まるけ。
砂糖が必要なのに高確率で他の白い何かを使う。
塩とか小麦粉とか。
火を使えば、まっ黒焦げになる。
火事をおこすこともしばしばだ。
皿を洗えば、どんどんと割っていく。
わざとですか、と問い詰めたくなるぐらい。
シスターの家事は壊滅的なのである。
料理をすると頭が真っ白になるらしい。
緊張しすぎて。
一つのことに夢中になる性格も関係している。
朝食のあと少し休憩して、格闘技の訓練。
この時間だけはシスターが大活躍する。
シスターにはなぜか格闘技スキルがある。
素手では大変強い。
それを私達や子どもたちにずっと教えている。
その訓練が一時間ほど。
訓練が終わると午前中は信者との接見。
最近では回復薬関係が多くなった。
どんどんと信徒希望者が押し寄せている。
そっちの対処が大変だ。
孤児の年長者も働いてもらっているが、それでも人手が不足気味だ。
トラブルも多い。
まずは、契約魔法を結べない人が多い。
邪な気持ちで信徒になりに来たのだ。
回復薬で儲けようとでも思っているんだろう。
こじれれば、黒猫が瞬時に対応してくれる。
額に『不敬者』って印を打たれるのはいつ見ても笑える。
あ、いけない。
そんな姿見せたら、シスターに怒られる。
A級回復薬もすごい効能。
おかげでシスターは聖女扱いされ始めた。
大抵の怪我や病気、一発で治しちゃうから。
その反面、おかしな人も押しかけてくる。
無料で病気を治せ。
薬を俺が販売してやる。
シスター、専属の回復師として雇ってやる。
シスター、愛人になれ。
全員『不敬者』の印。
流石に貴族本人にはしないだろうけど。
ここに来るのは使用人だからね。
心から反省しているようなら消してあげる。
文句を言い続けるようなら一生そのまま。
それでもし貴族との闘いになったら?
貴族の館ごとつぶしてやるって黒猫が楽しみにしてるわ。
あ、私達、魔力が高くなった。
すると黒猫たちと念話で話せるようになったわ。
最初は三匹しかいなかった黒猫たち。
今では十匹まで増えた。
街の人達には黒猫の教会で通じるんだって。
まだまだ頭数を増やせる。
そうなれば、田舎貴族どころか王国だって滅ぼせるって豪語してる。
でも、奢りとは思えない。
一体でもA級冒険者以上の実力がある。
そうレナルド様が言ってた。
領兵たちの指導係もやってるしね。
最近では私達の指導も始めた。
子供達の指導は鬼ごっこに近いのだけど。
キャーキャーニャーニャーと楽しそう。
夕方は、魔力増強と剣の訓練時間になる。
このために、レナルド様たちが来る。
子供たちは十五人。
全員に魔法が発現した。
レナルド様のグルスキルのおかげだ。
これは驚くべきことだ。
普通、魔法が発現するのは十人に一人ぐらい。
しかも、子供達の魔力はどんどん強化されている。
彼らの魔法もますます使えるものになってきている。
それは私達も同じ。
どんどんと魔力が増強されていく。
自分を包むこの温かい世界がどんどんと広がっているのを感じる。
特に驚くのが魔力増強訓練のときのシスターの輝き。
魔力が外にほとばしりシスターが光で包まれる。
ただ、シスターには魔法が発現しない。
「なんでだろ?」
レナルド様も不思議に思っているようだ。
でも、そんな日常が変わることがおきた。
本日もいつのものように訓練を続けた。
すると、眼の前が眩しく光り聖なるものが現れた。
『大荒野に女神教会を建立しなさい』
聖なるものはそう告げた。
おそらく、シスターに。
でも、私達にもその発言は聞こえた。
これは念話だ。
黒猫との会話と同じだ。
「(女神様だ!)」
私達は確信した。
思わず跪いて祈りを捧げた。
驚きはまだ続く。
「神聖魔法が発現しました」
シスターが私達にそう伝えた。
神聖魔法は真実教会の独占する魔法と言われている。
それは真実教会がそう主張しているだけだ。
実際は単なる聖魔法である。
もちろん、聖魔法だってすごい。
でも、神聖魔法とは文字が似ていても意味合いが違う。
神聖魔法は神との交信を前提とした魔法。
別名、天界魔法って言われているもの。
真実教会も神と交信しているって主張している。
それは嘘だって知る人は知っている。
神聖魔法とは何か。
それはすぐに私達が知るところとなる。




