館の人々 伯爵とメイド長、メイド達のおしゃべり
【伯爵視点】
「お館様。とんでもない情報を掴んでまいりました!」
「なんだメイド長、慌てて。まずは落ち着きなさい」
「お館様、それどころじゃありません。まず、坊ちゃまが女神教会と交流を深めています」
「女神教会とな? うーむ」
伯爵は女神教会を敬遠していた。
「べ、別にそれぐらいいいだろう」
「いえ! 最近、女神教会が回復薬を販売し始めました。それを作っているのがどうも坊ちゃまのようなんです!」
「なんだと? レナルドが? もしできるとするのならばビッグビジネスなんだが、薬師ギルド的にはどうなんだ?」
「教会特権でつっぱねている模様です。教会とギルドとの間には一悶着あったようですが、それ以来、ギルドは梨の礫、事実上教会の回復薬を容認した模様です」
「うーむ、レナルドは女神教会を隠れ蓑にしているわけか。では、真実教会はどうなんだ。回復薬利権の大本じゃないか」
「そちらは情報が伝わっておりません。が、表向きは教会同士の話ですから、介入は難しいかと。何しろ、女神教会は正統性を問えば真実教会より上とされています。あまりつっこみたくないところ」
「だからといって放っておいたら真実教会の利権が蚕食されていくんじゃないか?」
「ええ。おそらく水面下で両教会がやりあっているんじゃないかと」
「ううむ。せっかくのビッグビジネスなんだが。ウチがレナルドを確保するわけにもいかんな」
「はい、それこそ薬師ギルドも真実教会もだまっちゃいないでしょう」
「うーむ」
「しかもですね、坊ちゃまは冒険者ギルドにも納品しているんですよ」
「は? それこそ薬師ギルドがだまっちゃおらんだろ」
「栄養剤として売ってるから、問題ない、の一点張りだそうです。それにあんまりツッコむと、薬師ギルドは薬草採取を冒険者ギルドに頼っていますから差し障りがあるかと」
「うーむ」
「しかもですよ、坊ちゃまは百ギルで納品しているらしいです」
「なに? 百ギル? タダ同然の値段ではないか!」
これはいかん。
このビッグビジネスを逃すべきではない。
もっと価格を引き上げろ。
そして、少なくとも儲けの半分を私に渡すべきだ。
私的には困ったことが起きている。
このところのレナルドの変化だ。
痩せてきたと思っていたら、聖なるオーラを出し始めた。
それは私が女神教会に感じるイライラさせるものと同じオーラだ。
レナルドへの干渉ができない。
なんなんだ、あのオーラは!
それと私が女神教会を苦手とする理由がある。
私は幼い頃、猫好きだった。
女神教会の猫の像。
あれが欲しかった。
こっそりと盗もうとした。
猫の像はゆっくりと顔を動かし、私を睨んだ。
石の像なのに!
『にゃあ(童よ。去れ)』
それだけだったが、私は心の底から戦慄した。
その後は女神教会のことを耳にする度に、あの恐怖がぶり返す。
その恐怖と息子の聖なるオーラのせいで私はレナルドに意見できなくなっている。
【メイド長ルイーズ】
私は坊ちゃまの件についてお館様に報告した。
これはビッグビジネスだ。
報告しなかったらあとで思いっきり叱られる。
しかし、お館様の反応は曖昧なものだった。
「私はどうにも女神教会が苦手でね」
お館様に苦手なものがある?
だが、お館様の顔は本当に嫌そうだった。
女神教会は苦手だとしよう。
それに真実教会、薬師ギルドと厄介な案件である。
でも、製作・納入者は坊ちゃまだ。
何を遠慮することがあろう。
これは絶好のチャンスだ。
坊ちゃまを使って大々的に回復薬を販売すればいい。
ところがお館様は動かない。
あのケチで傲慢なお館様が眼の前の餌にくいつかない
流石に親子の情があるのかしら?
いえそんなはずはない。
あんなに子供に関心のない親をみたことがない。
でも、なんとかして私もこの儲けに乗っかりたい。
坊ちゃまは女神教会で作っているようだ。
女神教会へ潜り込んで秘密を探れないか。
私は意気揚々と女神教会に乗り込んだ。
ところが、女神教会では門前払いされた。
信徒契約を結ぼうにも拒否されるのだ。
「貴方には信徒たる心構えがありません」
なんたる無礼。
いや、本当だけども。
マイナーな女神教会なんて信じるわけがない。
そもそも女神教会に近づくと無性にイライラする。
ああ、これはお館様もコボしていらした。
これのことか。
なんでなの。
思い切って夜中に侵入してみた。
あっという間に捕縛された。
黒猫に!
あのいつも教会の庭でダルそうに寝ている黒猫。
それが私に牙をむいた。
なんたる殺気!
「ヒッ!」
私は腰を抜かした。
ちょとと漏らしたかもしれない。
ホウホウの体で逃げ出して館に戻ると
「メイド長、額に」
メイドの一人がクスクスと笑いながらそう指摘する。
すごく嫌な予感がした。
私は洗面所に飛び込み、鏡を見た。
『泥棒』
の二文字が私の額に。
包帯を巻いて必死に隠したわ。
怪我をした、と嘘をついて。
あの使用人には頼み込んで黙ってもらった。
結局、女神教会に懺悔を繰り返した。
もう、何度も何度も謝罪した。
寄進は受け取ってもらえなかった。
謝罪のみがこの文字を消す方法だった。
毎日謝罪に通い、ようやく一ヶ月後に許された。
でも。
数カ月後に懲りずに侵入を試みようと考えた。
『泥棒』
またもやこの二文字が額に浮かび上がった。
今度は消すのに二ヶ月かかった。
「次は永久的に残りますよ」
そう言われた。
私は震え上がった。
私は女神教会のことを頭から永久に消すことを誓った。
【メイド達のおしゃべり】
「お坊ちゃん、急速にイケメンになってるけど女の子の話は聞かないわね」
「私の情報網によると」
「またまた。それって眉唾なんだから。で?」
「何よ。文句だけいって興味津々なんだから。まあ、いいわ。婚約破棄を知って婚約を進めたがる貴族はいるにはいるらしいという話よ」
「え? まじ?」
「だってさ、親は王国有数の魔導師。魔鋼鉱山があって経済良好。その嫡男なのよ」
※魔鋼鉱山閉山ニュースはまだ広まっていない。
「それだけ見れば優良物件よね。でも」
「そうなのよ。大抵の貴族ならよく知っているわ。フェーブル家の悪辣ぶりを」
「レナルド様だって、未だに醜いエロ豚ぐらいに思っている人、多そうだもんね」
「いや、まさにそのとおり。父親が婚約話を進めると、奥さんとか娘さんが泣いて嫌がるんですって。下手すると離縁さわぎになるそうよ」
「ああ、ありえる。今のレナルド様を見ればまた考えも変わると思うけど」
「この一年で別人か、と思うほど変わったもんね」
「イケメンだし、昔の性格悪そうな感じがすっかり抜けきってるしね」
「あのエントランスに飾ってあるお館様の肖像画、あれを彷彿とさせるわ」
「十年後とかはああなるわけか。ものすごいイケメンじゃない」
「いまだって、社交界に出ればかなりのもんだと思うけど」
「レナルド様、女に興味なさそうよね」
「むしろ、あの二人」
「ジャイニーとスキニー」
「あの二人だって、結構な優良物件になってきてるわ」
「ルックスだってキリリとしてきたし、魔法とか武術とかかなりのもんだって話よ」
「振る舞いも紳士になってきたしね」
「で、どうなのあの二人」
「婚約話とかは聞かないけど、あの二人、女神教会のほらあの可愛い二人に夢中らしい」
「ああ! あの子達は私たちでも惚れるわ。可愛すぎる。十代前半に限ってみれば、王国最強クラスよね」
「まあ、二十歳前後だとシスターが問題なく最強だろうからね」
「でも、聞いた話だけど、王家第一王子の婚約者がすっごく綺麗らしい」
「そうなの?」
「確か、公爵令嬢でブランシェ様って名前。学業百点魔法百点素行百点のスーパーレディらしいわよ」
「それでルックスも百点? できすぎじゃない」
「ほら、第一王子ってあれじゃない?」
「そうね、ボ◯クラだって言われているわね」
「まあ、不敬な。でも、ちょっと凡庸すぎて困ってるって話は聞くよね」
「天上の話だから、どうなろうといいんだけど」




