とある冒険者
俺はC級冒険者。
冒険者としては中堅どころだ。
一般的には冒険者としては『上がり』のクラスでもある。
B級以上に上がれる冒険者は本当に特別なんだ。
冒険者は王国に何十万人といるかもしれない。
しかし、B級だと千人程度。
A級だと数十人という単位でしか存在しない。
冒険者の世界では『B級の壁』という言葉がある。
C級で足踏みする冒険者が非常に多い。
俺は20代半ばでC級にランクアップした。
そこそこ期待の冒険者であった。
だが、そこから伸び悩んだ。
ずっとC級のまま。
俺もB級の壁に拒まれ続けたんだ。
そのまま10年たった。
30代半ばの年齢。
冒険者としてはそろそろ引退を考える年だ。
実際、俺も体のあちこちにガタを感じる。
思ったとおりに体が動けなくなっている。
そんな俺の楽しみは、新発売された回復薬だ。
これを毎日入手するのが俺の目標となっている。
目標、というだけあって、入手が結構難しい。
物凄い人気で朝早くから並ばないと手に入らない。
このために徹夜する人までいるぐらいだ。
一日限定百個。
これだけのために冒険者登録したものも多い。
薬師ギルドの初級回復薬は一万ギル。
こっちはそれより効果が高くて二百ギルだ。
この回復薬。
大抵の傷は瞬時に治す。
軽い風邪程度の病気も同様だ。
薬師ギルドの中級回復薬と同等とされる。
総合的にはそれ以上の効能があるという人もいる。
あまりの人気に今では一週間に一本の制限がある。
俺も朝早くから並んでようやく1本入手した。
あ、薬じゃなくて栄養剤だったな。
まあ、バレバレの建前だけど。
薬師ギルドが面倒で薬じゃないという体裁をとっている。
俺がこの栄養剤の入手にやっきになる理由。
傷や病気を治したりするだけじゃない。
この栄養剤を飲むと薄く発光する。
その時に充実した活力を感じるんだ。
そして、てきめんに身体の調子がよくなる。
古傷も治すし、関節とかの痛みもとれる。
俺が栄養剤を飲んで気合を入れていると、少年が入ってきた。
坊っちゃんが珍しく冒険者ギルドにお出ましだ。
いつもの二人を連れて。
彼がこの栄養剤の作成者であることは冒険者の多くに広まりつつある。
契約魔法を結んでいるから誰も口にはしない。
だが、そういう噂はなんとなく広まるもんだ。
坊っちゃんは掲示板に興味があるのか。
掲示板を熱心にみているぞ。
今はD級冒険者にランクアップしたばかりだ。
まだ十二歳か十三歳。
噂では軽くC級クラスの実力があるという。
「おい、ガキが何を偉そうにD級の掲示板見てるんだよ。邪魔だ。どけ」
お? 坊っちゃんを知らない冒険者がいるな。
「何言っているんだよ。俺はD級だぞ」
「嘘をつけ……は? なんだ、そのカード。D級だって? おまえ、何を誤魔化してそのカードを得たんだ?」
「別に。E~Dクラスの魔物をいくつか討伐していたら自然とランクアップしたよ」
「このクソガキがいっちょ前に蒸しやがって」
「ああ、おっさんうるせえな。オレ達は全員D級なんだが、知らないんか? 何なら、裏の訓練場で試してみるか?」
「ふん。生意気に、決闘したいってか? いいだろう。うけてやるぞ。俺は最近ここで訓練させてもらって実力がどんどんと増しているんだ。やめるなら、いまだぞ?」
「やめるわけねーだろ。俺たち三人のうちの誰でもいいぜ」
「おまえだよ。一番生意気そうだからな」
「おいおい、坊っちゃんがまたもや決闘するってよ。賭けるぞ!」
「よし、乗った。俺は坊っちゃんに三千ギル」
「ああ、俺も坊っちゃんに五千ギル」
「じゃあ、私は坊っちゃんに一万ギル」
「おいおい、掛けが成立しないだろ」
「よっしゃ、じゃあ俺が受けてやろう。昨日、しこたま稼いだからな。俺は対戦相手に十万ギル」
「ひゅう。太っ腹だな」
「俺はのってるからな。一気に稼ぎを倍増させるぜ」
次々と掛けが成立していく。
坊っちゃんにつっかかっていた奴はその状況に驚いた顔をしているがもう遅いぞ。
その場にいた全員が訓練場に移動した。
「坊っちゃん、頑張れ!」
「坊っちゃんじゃねえぞ。俺はシールドだ」
シールドは坊っちゃんのギルドでの偽名だ。
「ゲハハ。そうだったな。シールド坊っちゃん、頑張れ!」
「対戦相手は? スミロフっていうのか。流れ者か? まあ、頑張れ」
多くのものが予想した通り、
対戦は開始直後に決まった。
坊っちゃんの袈裟斬りが決まったのだ。
訓練用の刀だが切れないこと以外は相当なものがある。
「グハッ」
そのまま後ろの壁まで吹き飛ばされ、失神してしまうスミロフ。
「あーあ、手応えなさすぎ」
坊っちゃんが回復薬を取り出してスミロフにふりかける。
「うーん。あれ? 何が起こったんだ?」
「スミロフ、おまえ坊っちゃんに一方的にやられて気を失ったんだよ」
「クソッタレ、スミロフ! おまえに賭けてたのに、稼ぎがふっとんだじゃねえか」
「けけけ、自業自得ってやつじゃねえか。なに、スミロフに当たってんだよ」
「だいたい、スミロフ。この子が誰だか知ってるのか?」
「は? シールド坊っちゃんって誰かが言ってたろ。どこかの金持ちのドラ息子か?」
「おい、俺が誰だっていいだろ?」
「ああ、そうだった。すまんな、坊っちゃん。スミロフ、お前も契約魔法を結んでいるよな? 後でこっそりと教えてやる」
スミロフはシールドという対戦相手が領主の長男であることを知って泡を吹いた。
そして、毎日買いに来る回復薬の作成者であり、スミロフが訓練を続けている冒険者講座を立ち上げたきっかけが彼であることを知るのであった。
「坊っちゃんは時々しかこねえから勘違いするやつがいるんだが、坊っちゃん達も気が短えからな。そのたびに決闘騒ぎになるんだ。でも、坊っちゃん達はその度に全勝さ。だから、俺達も坊っちゃんのだいたいの実力がわかっている。現在はC級上位ってところだな」
「なんで、こんなところに領主の長男がくるんだよ」
「冒険者を少しでも救いたいらしいぜ。栄養剤も訓練講座の件もそれが念頭にある。俺達はそれを知っているから、全員が坊っちゃんたちのファンなんだ」
「……」
「ただな、おまえは新参者だから知らんかもしれんが、領主様が結構なシブチンでな。坊っちゃんが回復薬を作っていることがバレたら間違いなく取り上げられちまう。だから、身分を隠して回復薬を冒険者ギルドに降ろしているんだ」
「ホントか」
「嘘ついてどうする。おまえも秘密は守れよ。契約魔法があるから大丈夫だろうが、余計なことをしたら、ここの冒険者全員がお前の敵になるからな」
「お、おう」
「あとな、こういう奴がいた。契約魔法を違法に解除した冒険者がいた。そして、回復薬を高額に転売してたんだ」
「ズルがバレたということか」
「ああ。なんでも、坊っちゃんは契約魔法を維持できているかどうか、わかるらしい。そして、そいつの契約魔法が切れていることを発見した」
「どうなった?」
「違法に解除した魔導師と共に、この冒険者ギルドに引っ立てられたさ」
「おおお」
「冒険者の怒りはわかるな? そいつら、魔法でがんじがらめに簀巻きにされて森の奥地に捨てられたぜ」
「……」
「その件があってから、契約魔法が違法に解除されると、その旨坊っちゃんに伝達されるようにプログラムされてあるらしい」
「そんなことができるのか」
「坊っちゃんは若いが、剣より魔法や薬師のほうが得意だって言われている。ギルマスも将来は賢者かもしれん、って評価してる」
「賢者……」
「とにかくだ。おまえも滅多なことはしないことだな」
「コクコク」
◇
さて、朝の余興が終わった。
俺はギルドの訓練場に向かう。
坊っちゃんの提唱した冒険者訓練講座だ。
俺達C級冒険者の相手はギルマス。
数少ないA級冒険者の一人。
ああ、『元』がつくがな。
でも、彼は毎日の訓練を欠かさない。
「なんだか、以前よりも動けてる気がするぜ」
ギルマスの最近の口癖だ。
それは嘘ではない。
端からみると、彼の動きがどんどんと鋭く、力強くなっている。
たまに彼は魔物狩りにも出かける。
そして、とんでもない魔物を狩ってきたりする。
この前など、ワイバーンを仕留めてきた。
近場に現れては荒らしまくっていた奴だ。
魔物としてはB級。
しかし空を飛ぶため、非常にやっかいだ。
C級冒険者だと10人以上で相対する。
D級冒険者だと、逃げ一択となる。
B級冒険者でも複数で対応する必要がある。
そんな相手だが、ギルマスはソロで応対して瞬殺したらしい。
首を両断。
見事な切り口だった。
「冒険者ブートキャンプでおまえらの相手をして俺も鍛えられてるぜ。それにな」
ギルマスはニカッと笑って懐から小瓶をだす。
「この栄養剤。本当に調子が良くなるよな」
そういって、グビグビと飲み干した。
そうなんだ。
調子が良くなるというか、身体能力がアップする。
そうみんなが噂している。
それは俺も実感している。
「おまえ、そろそろB級狙えるんじゃないか?」
ギルマスが俺との訓練でそう評してくれる。
俺も手応えを感じている。
20代の俺の全盛期。
俺はその時と同等以上の力を感じている。
B級に昇格するにはいくつかの強敵を葬る必要がある。
俺はそいつらを一体一体狩り始めている。
この年で俺はB級冒険者に上がれるかもしれない。




