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冒険者ギルマスの独り言

【冒険者ギルマスの視点】


 世間の評判っていうのは本当に当てにならない。

 本日、領主様の息子がギルドにやってきた。

 お付きらしき二人を引き連れて。


 その日は窓口の担当の一人が休んでいた。

 しかも、ギルドはいつもよりも忙しかった。

 俺はギルド長の仕事をやめて窓口に座った。


 まあ、窓口に来る連中は隣の美人の窓口に並んだ。

 俺はただ座っているだけだったが。

 そんな暇そうな俺の窓口に並んだのが彼らだった。


 最初は身分を隠していた。

 登録ついでに珍しい魔石を持ち込んできた。

 俺には鑑定士のスキルがある。

 ただ、さほどレベルが高くない。

 俺は離席させてもらって他の鑑定士に魔石を見せた。


「おい、この魔石、ちょっと鑑定してみてくれ」


「スケルトン・ナイトですね」


「やっぱりそうか」


「非常に珍しいですな。10年ほど前に見かけたことがありますが」


「俺も駆け出しの頃に見た記憶があるだけだ。スタンピードで湧いてきたんだ。普段はダンジョンの奥とか特殊な場所に現れると記憶しているが」


「すると何かおかしなことが起こっているとか?」


「ちょっと聞き取りが必要だな」


 窓口に戻り、当事者たちに聞いてみると、


「え? とある山の洞穴なんだけど」


 森の奥にたまたまいたのに出くわしたという。

 それを付添人が討伐したと。


 実に嘘くせえ。

 ま、調査する必要があるな。



 ただ、彼らはなかなかの顔つきをしていた。

 特にリーダーらしき少年は十二歳という幼い年齢にもかかわらず、しっかりとした目つきをしていた。


 見込みがありそうなんで、実力を試してみた。

 俺自らな。

 すると、三人とも最低でもD級。

 多分、C級の実力がありそうだ。

 なにしろ、奴らは全力を出していなかった。

 ちょっとした冒険者きどりだな。

 ベテランの冒険者は手の内を出したがらねえ。


 だが、年齢のこともあるし、ギルドの取り決めもある。

 彼ら全員E級から始めてもらうことにした。



 手続きが終わったあと、急に内緒話モードになった。

 彼は驚くことに領主様の息子だという。


 領主の息子?

 醜いエロ豚男って言われてないか? 

 だが、眼の前の少年は醜いという言葉には程遠い。

 むしろ、ちょっといないぐらいの美少年だ。


 それに体つきも随分と引き締まっている。

 何よりも目つきがいい。

 目的のあるしっかりとした目。

 これは大人の目だ。

 口調も随分と落ち着いている。


 噂と全然違うじゃないか。



「話がある」


 内緒話があるようなので俺の部屋に来てもらった。


「実はね、こういうのを持ってきたんだ。自作の回復薬だ」


「ほう。自作とな」


「薬師ギルドの初級回復薬より効果があると思うよ。試してみてよ」


 自作の回復薬は、そんなに珍しい話じゃない。

 大抵の薬師が自分のレシピを持っている。

 だが、薬師ギルドの回復薬には及ばない。

 それに、薬師ギルドの締付けが厳しくて売りに出せない。


 それでも俺は興味津々で回復薬を試してみた。

 何しろ、十二才の少年の作った薬だ。

 暖かい気持ちで薬を俺の古傷にかけてみた。


「おお!」


 俺の古傷はもう二十年前に受けた傷だ。

 治すには中級回復薬か上級が必要と言われた。


 季節の変わり目に疼くぐらいで普段は痛くない。

 そのうち、傷口も目立たなくなった。

 回復薬は高いしほっておいたんだ。

 ところが、少年自作の回復薬をかけた瞬間だ。

 シュウシュウと音をたてて傷が全快してしまった。


「なるほど、凄い性能だな」


 俺は驚いた。

 つまり、この薬はひょっとしたら中級回復以上の効能がある?


「良かった。でね、これを冒険者ギルドで扱ってもらえないかと」


 そりゃ、願ってもない。

 なんで、これを冒険者ギルドに持ちこんだのか。


「薬師ギルドをかわしたくって。あと、俺の両親。

見つかったら、取り上げられる」


「はは。笑い事じゃねえよな」


 領主様はシブチンというか強欲で知られる。 

 実の息子の成果でも強奪しようというのだ。

 思わず笑ってしまった。


 あとは価格だが。


「値段は卸値で百ギル。二百か三百ギルで販売してもらえれば」


 大バーゲン価格じゃねえか。


「いいのか?」


「いや、原価なんてあってないようなもんなんだ。要するに技術料だね。それに、俺には領民を救いたいっていう気持ちがある」


「ほう、見上げた心構えだな。噂と実物は随分と違うもんだ。いや、感服したぜ」


 感服したのは本心だ。

 領主の息子とは言え、わずか十二才の少年が領民を救いたいという。

 しかも、領主はあのとおりだ。

 さらにその心意気に感心した。


「あとね、冒険者のレベルを上げて欲しい。俺が金を出してもいいから、常勤講師を呼べないだろうか」


 などと提案してきた。

 冒険者の死亡率を下げたいという。


「ふむ、それは俺もずっと考えていたことだ。なかなかギルド経営は厳しくってな、俺達が講師を兼任して回していたんだが、この栄養剤の売上でまかなえるだろう」


「売れそう?」


「当然だろう。バカバカ売れるぞ」


 ◇


 見込み通り、栄養剤は大人気になった。

 毎朝すぐに完売になる。


 案の定、薬師ギルドからクレームが来たが、


「ほっとけ」


 の一言で放っておいた。

 そのうち薬師ギルドのギルマスが乗り込んできた。


 言い争いになったが、反論すると


「ムググ」


 と唸って、真っ赤な顔をして怒ってやがった。

 あいつらは特権意識でおごってやがるんだ。

 俺が正論を述べると反論できやしない。


 最後には女神教会謹製の薬だって伝えると、

 捨て台詞を残してプンプンしながら帰っていった。



 傑作なのは、その数日後。

 街中に噂が流れた。


「何? 薬師のギルマスの額に『不敬者』の入れ墨が現れたと?」


 ああ。

 女神様の悪口を言った神罰だ。

 俺は瞬時にうなづいた。


 薬師ギルマスは女神教会へ言って懺悔をして許してもらったらしい。


 シスターも目を白黒していたというが。

 あのシスターがそんなことをするわけない。

 女神様の直接の裁きだったんだろう。


 そういう噂で街は持ち切りとなった。



【薬師ギルドマスター】


「何? 冒険者ギルドで売ってる栄養剤、回復剤の疑いがあると?」


「はい、これが栄養剤です」


 薬師ギルド所属の職員が俺の机においた瓶。

 百ミリリットルほどの小瓶だ。

 いっちょ前にガラス瓶である。


「私の古傷、知ってますよね? もう十年以上、治りきってません」


「ああ。中級回復薬でも治らなかった傷だな」


「ええ。今はこの通り傷跡はさっぱり消えています」


「む? そういえば、首の傷跡がないな。まさか、それが栄養剤で?」


「そうです。ほぼ瞬時に治りました」


「すると、その栄養剤というのは、中級回復薬以上の効能があると」


「それだけじゃありません。うちの回復薬、あんまり病気には効果ないですよね」


「ああ」


「こっちはですね、即効とはいきませんが、たいていの病気が次の日には治っているそうです」


「万能薬じゃねえか」


「流石に重篤な傷とか病気には厳しいらしいですが」


「いや、それでも患者の九十九%はいけるってことじゃないか?」


「街ではその噂でもちきり、冒険者ギルドの売り場コーナーでは早朝に売り切れる毎日です」


「馬鹿な。それじゃ、なんのために薬師ギルドがあるのかわかったもんじゃない。苦情はいってあるだろうな」


「ええ。早い段階で。でも、まるでとりあってくれません」


「クソッタレ、私が直接怒鳴り込んでやるわ」


 ◇


 チキショウ。

 冒険者のギルマスにいい負かされた。


 しかもだ。

 あの薬、女神教会ご謹製なんだと。

 あそこが由緒正しい教会だってことは知ってる。

 だが、今じゃ見る影もないマイナーな教会じゃねえか。


 俺は思わずカッとして

 ちょっと口を滑らしちまった。

 普段ならそんな不敬なことはしない。

 私はなんたって薬師ギルドのギルマスだ。

 ほんのちょっと戯れただけだ。

 あんなの、挨拶程度の戯言だ。


 それなのに。


 私は次の日から不眠症になった。

 しかもうつらうつらすると女神様の怒り顔が浮かんでくる。


「申し訳ありませんでした!」


 私は毎晩、女神様に謝罪した。

 なのに、


『不敬者』


 そんな入れ墨が私の額に浮かび上がった。

 もう、バンダナなしでは外を歩けやしない。


 私は眠れず、心労でクタクタになった。

 目の下が真っ黒だ。



「大変、申し訳ございませんでした。私は最大なる懺悔をいたします」


 私は女神教会を訪れた。

 それ以外に考えが及ばなかった。

 シスターの前でこれ以上ないっていうぐらいの謝意を述べた。


 シスターは大変驚いた顔をしていた。

 ああ。

 彼女はこの件に関わっていない。

 女神様の直接のお怒りなんだ。


 私はすぐに悟った。

 できる限りの寄進をしたのだが、シスターは受け取らなかった。


 私の心からの誠意が通じたのだろうか。

 すぐに額の『不敬者』の文字は消えた。

 ああ、助かった。



 しかし、悲劇はまだ続く。

 私がいい気になって女神教会や女神様のことを心の中で嘲ると、途端に


『不敬者』


 私はそのたびに女神教会に通う羽目になった。

 もういやだ。

 ホント、どうにかしてくれ。


 ※女神様はノータッチ。黒猫のいたずらです。



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