衛生関連、薬、蒸留酒2
この世界では薬関係は薬師ギルドが独占している。
家庭で使用するだけならいいが、個人販売は難しい。
見つかれば即座に薬師ギルドが飛んでくる。
別段、法律があるわけじゃない。
でも、事実上ギルドが統制している。
たいていは強い叱責程度だ。
しかし、度が過ぎると手が出てくる。
そのまま闇に葬られることもあるらしい。
薬師ギルド、商業ギルド、ワインギルド。
この世界ではおっかないギルドとして有名だ。
「ほお、簡単にできたな」
俺が作ったのは初級回復薬だ。
回復草をすりつぶして加熱し成分を抽出する。
魔石から魔素成分を取り出し薬師スキルで加工する。
そうやって初級回復薬を作る。
「おい、ジャイニー。腕、出してみろよ」
朝方の実戦練習でジャイニーは腕に怪我をしていた。
初級回復薬は、命には関わらないレベルの怪我向けだ。
剣で浅く切られて傷口があいているとか、そういうレベルの怪我だ。
薬がなければ全治数週間レベルの話である。
「ほい。なにするんだ?」
「今から回復薬振りかけるから……」
「おお、ありがと、坊っちゃん。なかなか性能がいい回復薬だな。あっという間に治ったぜ」
俺の初級回復薬、簡単な傷ならば即効的に効果がある。
薬を傷口にふりかければ、シュウシュウと音を立てて瞬く間に塞がっていく。
この治る勢いが薬師ギルドよりも圧倒的に速い。
速いだけじゃない。
より重症な傷に対しても効果がある。
薬師ギルドの回復薬の初級・中級レベルの中間という感じである。
化膿にも効果がある。
この点も薬師ギルドの薬とはかなり違う。
薬師ギルドの薬は化膿には効果が今一つだ。
化膿が重篤化した場合は中級回復薬が必要となる。
また、ギルドの回復薬は病気には効きが悪い。
俺のは簡単な風邪程度ならば割と即効性がある。
「へへ、俺が作ったんだ」
「なんだ、坊っちゃん。薬師になったんか」
「そうよ」
「さすが、坊っちゃん。あー、でも気をつけなよ」
「わかってるさ。ギルドにバレるなんてヘマはしないぞ」
ただ、大量に製造しようとして問題が出た。
容器をどうするんだ。
「ガラスでいきたいんだが」
「坊っちゃん、ガラス容器なんて高級品だぜ?」
ジャイニーのいう通りだった。
ガラスレシピはわかっている。
だが、材料を集めても簡単にガラスを作れない。
ガラス製造は土魔法で行う。
ただ、ある程度のレベルと経験を要求される。
「しかたないな。土魔法で素朴な陶器を作るか」
ただ、素朴な陶器にも問題がある。
陶器には吸水性がある。
回復剤が陶器に染み込んでしまうのだ。
これを防ぐには釉薬をかけてもダメで、磁器が必要だ。
「磁器? なんだ、それ」
「目の細かい粘土を高温で焼き上げて作るものなんだが。陶器よりも固くて吸水性はゼロだって言われている」
「へー、坊っちゃんそれも女神様の知識か」
「うん、まあ」
日本人の多くは陶器と磁器の違いぐらい知っている。
結局、ガラスも磁器も素材探しから始まった。
ガラスの素材はシリカと石灰、塩といったところ。
比較的見つけやすい。
細かい粘土といえばカオリンが有名だ。
白くて鉄分の少ない陶石を使う。
簡単に見つかるものじゃない。
結局、磁器生産は素材待ちということでガラス生産から始めることにした。
ガラス製品は王国でも盛んに行われている。
ガラス素材はそこら中で見つかる。
大量生産が難しいだけだ。
ゲレオンさんに頼んでガラス職人ドワーフのデリオンさんに教えを請う。
普通は技術を簡単に教えはしない。
だから、醸造の秘密とバーターだ。
というか、ウチで醸造酒を担当してもらうことにした。
そこでようやくガラスのノウハウを積むことができた。
そして、それをガラス製造土魔法に反映させる。
これは前世の強化ガラスに相当する。
「ぬおおお、凄すぎる! 普通はボテッとしたガラスになるんだが、えらく透明で薄いガラス容器なんだな!」
「ガラス製造土魔法の魔導具だからね。これぐらいできてもらわないと、実用にならないよ」
この世界のガラスはよく窓ガラスに使われている。
分厚くて歪んだ代物だ。
俺は素晴らしいガラス容器を作り上げた。
女神様+俺の日本での知識があるからだ。
魔法を向上させるためには技術も必要だが、イメージも必要。
前世の薄くて透明な割れやすいガラス容器。
そのイメージがあるからこそ、このガラス製造魔法及び魔導具を作ることができた。
「坊っちゃん、そんなガラス製品はオレにはできねえぞ」
「ジャイニー、トライアンドエラーだよ。完成品はあるんだ。これをイメージして何度もチャレンジしてみてくれ」
俺の周りで土魔法が得意と言えばジャイニーだ。
そのジャイニーでも悪戦苦闘している。
技術の問題じゃない。
イメージが体に染み込んでいないんだ。
ガラスに透明だとか薄いとかのイメージがない。
「レナルド坊っちゃん、ドワーフを何人か呼んでくるから魔法を教えてやっちゃくれないか」
ガラス製品にしろ陶磁器にしろ、職人は大量に必要だが。
「もうちょっと待ってくれないか。今は大量生産するのはマズイ。周りにバレたくないからね」
「ああ、そうか。特に伯爵閣下か」
俺は苦笑いでうなづき返した。
【蒸留酒】
続いて作ったのは中級回復薬。
これは初級魔法薬を蒸留器で蒸留する過程がある。
蒸留器は蒸留酒を作るのにも役立つ。
当然、ゲレオンさんや新たに蒸留担当に決まったデリオンさんはノリノリで作ってくれた。
「おい、薬なんざ後回しにして蒸留酒とやらを作れよ」
「デリオンさん、中級回復薬の蒸留ができたんなら、蒸留酒もできるだろ。自分でやってみろよ」
「何、それもそうか。よし」
デリオンさんたちはニコニコでいろんな酒を蒸留し始めた。
そのうち、奇声を上げ始め、花畑担当のドワーフ、ゲルトンを呼んで三人で踊り狂っている。
ホント、ドワーフって幸せな種族だよな。
「おい、騒ぐのはいいけど、周りに広めるなよ」
「うーむ、これはドワーフの歴史上のターニングポイントなのじゃ」
「まあ、待て。もう少し環境が整ったら、ドワーフに広めような」
「お、おう……」
契約魔法を使って広めてもいいんだが、ドワーフ方面に大騒動になりそうだ。
だから、少し頭を冷やす期間を作ってもらった。
ちなみに、薬師ギルドの中級回復薬は全治一ヶ月以上の傷を治す。
ほっとくと死ぬレベルの傷だ。
上級はまさしく致命傷レベルの傷を治す。
ほっとくとその日、あるいは数日で死ぬレベル。
その上に特級というのがある。
が、これは伝説レベルの薬だ。
何しろ、体の欠損状態を治すレベルの薬である。
たいていの流行り病も即座に治癒するという。
これについても製造方法が載っている。
ただ、特殊な魔苔を使うようで、
誰に聞いても知らないという。
ほぼ幻化している。
さらに、その上に死者を蘇らせる薬もあるらしい。
が、これはほぼオカルトだ。
おとぎ話にしか登場しない。
【回復系魔法】
回復系の魔法と言えば、神聖魔法が上げられる。
その神聖魔法の回復魔法を使える人を
真実教会がほぼ独占していると教会は主張する。
しかし、そんなことはない。
現状では神聖魔法を使える人は王国にいない。
教会の言っている回復魔法は聖魔法だ。
同じ回復魔法だが、中身は違う。
聖魔法はちゃんとした回復師になるには前世地球の医者のような訓練が必要だ。
少なくとも体の構造を知る必要がある。
だから、解体訓練が必須だ。
しかし、神聖魔法は神との交信により回復させるといわれており、回復師はひと目で治すべき箇所がわかるという。
真実教会は回復の発現した人には敬遠されがちだ。
回復系魔法が発現したと聞くと、真っ先に囲い込みに走るのだ。
それも強引な手段で囲い込むと言われている。
そうなればまさしく回復マシンとされて一生を教会に捧げることになる。
よく言って使い捨てだ。
だから、回復魔法が発現しても隠す人が多い。
子供が発現したら、親なら隠すことを考える。
埋もれた回復魔法士は結構いると見られている。
他の宗派の教会では回復系魔法を使える神官はいない。
いても、強引に真実教会にかっさわれることが多い。
回復系の薬も真実教会がほぼ独占している。
何しろ、薬師ギルドの後ろには真実教会がいる。
薬師が薬の販売を行うには、薬師ギルドから許可をもらう。
少なくとも薬師ギルド奨励の薬ならば。
手数料として利益のいくらかを収める。
稀に冒険者になったり販売を行わない薬師は個人的に使う薬を開発していたりする。
俺がその稀な例の1人だ。
それでも、弱い立場の人間であるならば、その薬のレシピは間違いなくギルドに奪われる。
薬師ギルドには影の部隊がいて、下手すると暗殺される、という噂まであるのだ。
つまり、回復系の薬は薬師ギルド関連の薬局か教会に独占されているのが現状だ。
そうして独占した回復魔法や回復薬。
非常に高い。
初級回復薬 一万ギル
中級回復薬 十万ギル
上級回復薬 百万ギル
ギルはだいたい一円。
メイドの初任給は十万円程度が相場。
初級回復薬とて庶民には簡単に買えない値段だ。
だから、庶民は回復に効くと言われる薬草を摘んで煎じて飲んでいることが多い。




