甘みで使用人を籠絡中
「これがリンゴですって? あっまーい!」
「凄いわね、言われた通り蜜って感じ」
「香りも新鮮で少しお酒っぽいわね」
「ああ、それは少し熟成したからじゃな」
「香りを嗅いでいると気分が落ち着くわ」
「それから、このシードル? リンゴ酒。お酒っていうよりもほとんどリンゴジュースよね。発泡してるところがオシャレ」
「わずかにアルコールを感じるけど、それよりもリンゴジュースの美味しさが勝ってる」
「爽やかな甘さと酸味があって、でもそんなに主張するわけじゃないから食中酒としてもいい感じ」
「そのあたりは造り方次第じゃの。もっと味を濃厚にもできるし、アルコール度数を上げることもできるし」
「それから、このお菓子。クセになる」
「これはの、キャラメルというのじゃ」
キャラメルの素材は、水飴、牛乳、バター、
小麦粉、香料。
「口の中でとろける感じがいいわ」
「水飴も美味しかったけど、これはコクと香ばしさもあって高級感があるわね」
「もっと欲しい」
「残念じゃが、一人一粒だけじゃ」
「ああ、悶えるわ」
「そういうな。水飴はコストが低いが、キャラメルはバターとか使うからの。お貴族様でも簡単に食べられるもんじゃない」
「ああ、黄金なみのお菓子なのね」
◇
俺達は、水飴を中心としていろんなお菓子づくりを始めている。
パンケーキ、ショートケーキ、アイスクリーム、
タルト、チーズケーキ、上述のキャラメル……
ただ、前世のスィーツを知る俺としては、
水飴に限界を感じている。
悪くないんだが、砂糖のガツン味が足りない。
そこで、俺達は他の甘味を探すことにした。
その一つが蜂蜜。
「ええ、蜂を飼育するんですか?」
「ああ、蜂の巣を作って蜂を誘い込むんだ」
「坊っちゃん、蜂の巣ってそんなに簡単にできるんか」
「女神から授かった知識にあるんだよ。そんなに難しくない」
「坊ちゃま、蜂にさされたりしませんか」
「ああ、防護服はいるよね」
「だよね」
「あとはね、花が咲いてる必要がある」
「ああ、花によっても少しずつ蜂蜜の味が違いそうですね」
「うん、ていうか、お花畑が必要だな」
「ああ、あんまり大規模にはできませんね」
「人に見つかるとやばいし、それ以上に獣とか魔物とかを呼び寄せるからな」
「クマとか好きそうなイメージありますね」
「大好きみたいだぞ」
「おっかねーな。じゃあ、リンゴの木のそばにお花畑を作るのか?」
「だな。あそこくらい秘密の場所はなかなかないし」
「人も動物もめったにこないもんな」
「ああ、今じゃ囲いがあるから、中には入れんだろ」
「人は入れんかもしれんが、クマとか猿とか平気で入り込むぞ」
「そうか。魔素量が森の奥ほど濃くないから魔物はあまりみかけないけどな」
「ですよね。僕達が遭遇した魔物ってスライムとか角ウサギとかの弱小魔物ばかりですよね」
「弱小でも俺達には簡単な相手じゃないけど」
「あと、噂なんだが、砂糖の木があるって」
「へえ」
「樹液が甘いタイプと木の実が甘いタイプがあるらしい」
「どこにあるんだ?」
「森の奥らしいから、今の俺たちにはちょっとハードルが高いけどな」
「でも、味わってみたいですね」
「ああ。たまに市場でも売ってるらしいんだけど、高いってよ」
「ああ、砂糖なみ?」
「下手すると砂糖以上」
「植物の黄金と言われている砂糖以上ですか。僕たちでは手が届かないですね」
「あと、甘味はベリー類だな」
「ブルーベリー、ラズベリーとかか。野生で群生してる場所があるよな」
「そういう場所ってさ、誰かが独り占めしてたりするんだぜ」
「ああ。土地さえあれば栽培できるんだけど」
「手広くやっても人手がないですよね」
「うん。基本、俺達三人でやることになるからな」
「養蜂もオレ達の手にあまらねえか? リンゴの木の管理だって大変だぞ」
「だな。そろそろ管理者を見つけようか」
「候補者いる?」
「ゲレオンに紹介してもらうか?」
「ドワーフにいるかな」
「蜂蜜なら、蜂蜜酒。ミードで釣れるんじゃ」
ミードは最古の酒、とも言われるくらい古くから存在する。
何しろ、水と蜂蜜を混ぜて放置するだけで自然に酒になるのだ。
クマによって破壊された蜂の巣。
そこに雨が降り注いで酒になる。
十分ありうる。
この世界では人の手で作られる。
ただ、蜂蜜は森の奥から採取してくるため生産量が限られる。
自然と値段も高くなり、貴族の飲み物となる。
「そうか。ミードという手があるか。ゲレオンに相談してみるわ」
ということでドワーフの知り合いを紹介してもらえた。酒造り、ということで結構な数の応募者がいたらしい。
ゲレオンもやりたがっていたが、彼は料理もしたいからな。
というか、料理をしてもらわなくちゃいけない。
それと鍛冶関係とエールも。
ただでさえ忙しいんだ。
泣く泣くあきらめてもらった。
勿論、契約魔法を結んでいる。
これこそ、この魔法が必要なケースだ。
何しろ、全く人間関係のない人を雇うんだから。
しかも、秘匿性が非常に高い。
あの場所は人にバレてほしくない。
桃園の誓いの場所でもある。
なお、ドワーフには伯爵家への悪感情は殆どないようだ。
彼らはあまり政治的なことに関心がない。
モノづくりと酒。
これが彼らの興味のほとんどを占める。




