リンゴ酒、果実酒そして耕作地
水飴を始めとして、俺は各種料理を開発している。
ひとえにこの世界の料理は不味すぎるからだ。
掛け値無しで食べるものがない、
そんな状況だから、俺の食事改善実験は必死だった。
結果は大成功で、特に甘味と油、肉。
この三つは前世でも胃袋を掴みやすいが、この世界でも正解だった。
家の人たちはみんな大喜びしている。
両親とメイド長、執事を除いて。
この4人には内緒だからだ。
では、次に追加するのは。
『酒』だ。
この世界で酒といえばワインとエール。
それから蜂蜜酒。
高級度というか、値段から言うと、
蜂蜜酒>ワイン>エール
となる。
ただ、アルコール度は薄い。
ワインなんて、わざわざ水で薄めたりする。
アルコール度数は平均二%程度だ。
ほぼ、水代わりだ。
でも、この世界では水質が悪い。
特に都市部。
危なくて生水は飲めない。
そのかわりに、アルコールを飲む。
アルコールは水質に気を配るし、製造過程で殺菌されるからだ。
だから、アルコール度数が低いほうがいいのだ。
毎日高い度数の酒を水代わりに飲んでたら、あっという間にアル中だ。
「何? 酒を造りたい?」
俺はドワーフ料理人のゲレオンに相談した。
「まず、ワインは無理じゃの。教会の力が強すぎる。まとまった数のワインを作ろうものなら、教会をバックにしたワインギルドにのされるぞ」
ふーむ。
「エールもな。儂みたいに細々とやってれば何も言われんが、ちょっとでも目立つとエールギルドが出張ってくる」
この世界、ギルドが強いの?
「たいてい、権力者が背後にいるからの。ギルド自体も圧力団体として力を持っておるし」
おすすめの酒ってない?
「そうじゃの、ぶどう以外の果実酒なんかどうじゃ? あれだと家庭規模以上の酒造はないし、むろん、ギルドもなしじゃ」
果実酒か。
強い酒に果実を漬け込んで作る酒じゃない。
果実を発酵させて作る酒だ。
そうなると、前世で有名なのはリンゴ酒とか洋梨酒だな。
バナナワインなんてのも俺は飲んだことがある。
発酵すればいい。
甘い果実ならばどんな果実でも酒になるはずだ。
「リンゴ酒はどう?」
「シードルか。いいんじゃないか? ただの、山奥にいかないとリンゴの木は生えておらん」
「栽培はできない?」
「寒暖差があって比較的涼しい気候が必要なんじゃ。だから、このあたりではリンゴは山間部と決まっておる」
なるほど。
「それとな、シードル用のリンゴは非常に酸っぱい。いわゆる果物には向いておらん」
「ああ、食べると歯がギシギシしたりするわけね」
「そうじゃ。じゃがの、その酸っぱさが酒造りには大切なんじゃ。酒に爽やかさとキレをもたらすからの」
ふーん。
山間部にはえているということで、収穫が面倒だ。
野良リンゴだから収穫量もしれてるしね。
もう一つある。
どこで栽培するかだ。
極力秘匿したい。
「女神教会の土地を貸していただけませんか」
俺はシスターに相談した。
「土地をですか?」
「はい。女神教会に少しでも収入をと思いまして。農作物を植えようかと」
「ああ、それは本当に有難うございます。でも、当教会で所有する土地はありますが、ほとんど開墾できておりません。それでもよろしければ」
「問題ないです。教会の規定に沿って賃借料や税は払いますから」
王国では教会は領主と同じだ。
自分の土地を持ち村人たちに貸し与えて税を取る。
領主や教会は独立性が高く小さな王国とも言える。
ただ、女神教会領に住まう人はいない。
耕作物もなく収入は当然ゼロだ。
◇
「ここですか」
「ええ。ご覧の通りほとんど手つかずの荒れ地と原生林なんですが」
俺達はフェーブル街の郊外にシスターたちと黒猫を連れて視察に向かった。
土地はフェーブル街から五km程度の場所にある。
フェーブル領は基本的に平野だ。
周囲はほとんどが穀物畑。
そんな環境で荒れ地と森林がぽつんと佇んでいる。
ちょっとした森を含む百haほどの土地。
一辺が一km程度の正方形に近い場所だった。
「俺も農業経験はありませんから人に教えてもらいながらとなりますが、とにかく貸して頂けるのですか」
「はい。存分にお使いください」
◇
俺は料理人のゲレオンさんに農民のドワーフを紹介してもらった。
ゲルトンさんという。
花畑や高価な野菜・果物を専門とする。
農業専門のドワーフは珍しい。
もともと農業用鍛冶道具を作っていたという。
「なんだと? 農業用魔導具を作りたいだと?」
ここはゲルトンさんと訪れた教会領の土地。
ゲルトンさんとも秘密保持契約を結んでいる。
「ああ。一つ試作してみたんだけど」
俺が取り出したのは、耕作魔導具だ。
土魔法を元にした耕うん機である。
「ほう。この小さな棒で土を掘り起こすと」
俺は未開拓の荒れ地をどんどんと掘り起こしていった。
「なんだ、驚くほどの性能だな! 坊っちゃんは魔力が高いとは聞いていたが、これほどだとは!」
「ふふふ。これはね、俺の魔力は関係ないんだよ」
「ん? どういうことだ?」
「魔導具に装着された魔石がエネルギー源なんだ」
「は? なんだと? 魔石魔導具だというのか? おまえ、とんでもないことを言っているんだが、気づいているのか?」
「もちろんさ」
魔石魔導具は基礎魔法しか作れていない。
ファイア・ウィンド・ウォータといった魔法だ。
しかも作れるのは真実教会の魔導具部門だけだとされている。
「他にもあるのか?」
「他のタイプの魔導具? 攻撃用の魔導具なら結構あるよ。初級魔法ならなんでも作れる。今は中級攻撃魔法の魔導具を試作しているところ」
「おっでれーた! ゲレオンがレナルド様は優秀な坊っちゃんだと言っていたが、そんなレベルじゃねえな! 魔導具の革命じゃねえか!」
「だからさ、秘密保持契約魔法を結んでもらったんだ」
「ああ、最初はやけにおかたいことをするんだな、とは思っていたが、確かに契約魔法が必要だわ。こりゃ真実教会がすっ飛んでくるぞ。いや、王国中の王族・貴族だって黙っちゃおらんな」
「はは。まあ、落ち着いて。だからね、この女神教会の土地を隠れ蓑にしたいわけ」
「なるほど。女神教会は力はないとはいえ、由緒正しい教会だしな。で、どうやって秘密を保持していくんだ?」
「まずはさ、こんなの作ったんだけど」
俺が取り出したのは結界魔法魔導具。
「ふーむ。結界魔法そのものは上級魔導師がよく使うものだが……」
「この通りさ」
俺は眼の前の一角に結界を貼ってみた。
「ほう……うむ、確かに結界がはられておるわ。中に入れん」
「登録した人だけが中に入れるようにしてある。それと認識阻害もされるようになっているから、結界の中はぼんやりとしているはずだよ」
「ああ、そういわれればなんとなく霧がかかっているように見えるな。しかし、それも大概だな。結界魔法と認識阻害魔法の並列発動魔導具。そんなの、儂は聞いたことがないぞ」
「土地の開墾とか収穫とかはさして難しい魔法じゃないでしょ? だから、どんどんと試作していって、改良を重ねたいんだよ」
「ふーむ、俺は元々は酒関連の仕事だっていうことで興味を持ったんだ。ゲレオンがきっと気にいるから坊っちゃんの元で働いてみろって強く進めていたが、よーく理由がわかったぜ。坊っちゃん、できる限りのことはするから、頼むわ」
「うん、ありがとう」




