孤児院の子どもジョルジュの場合
僕はあの日のことを一生忘れないだろう。
ある日、三人の少年がやってきた。
ちょっと前に教会にやってきた奴らだ。
「みんな、今日は水飴というものをもってきた」
と言いながら、カップを配った。
「これはな、こうやってネリネリして……」
僕達は言われるがまま、ネリネリした。
段々と透明だったものが濁っていき、
「いいぜ、食べてごらんよ」
ものすごく甘くて美味しかった。
僕はもうすぐ十四歳になろうとしている。
今までにこんな美味しいものを食べたことはない。
一口食べたら脳におかしな信号がかけめぐった。
僕ははしゃぎまくった。
いつもは地味と言われているんだけど、我知らず踊りまくった。
それは他の子供たちも同じだったようだ。
僕達はお菓子を食べながら大騒ぎした。
でも、あっという間に食べてしまった。
食べたというか、舐め尽くした。
シスターに怒られる食べ方だけど、ペロペロが止まらなかった。
僕達は何も入っていないカップをボーゼンと眺めていると
「まだあるぜ。欲しい人は一列に並べよ」
もちろん、殺到した。
「馬鹿、一列に並ばないとやらないぞ」
速攻で整列した。
整列なんて滅多にしないのに。
その時は兵士もかくや、と言わんばかりの見事な整列をした。
二個目のお菓子はブルーベリー入だった。
水飴が青くなっていく。
「しっかり練ったほうが美味しくなるからな」
僕達は我慢して夢中で練った。
口に入れるとブルーベリーの香りが口に広がった。
ホロ酸っぱさがいいアクセントとなった。
以前にもブルーベリーを食べたことがある。
とにかく酸っぱかった。
でも、甘味が加わるとこんなにおいしくなるなんて。
数日後も彼らはやってきた。
三人組のリーダーっぽい子が領主様の御子息だってシスターから聞いた。
「え、待てよ。領主様の子どもって、あのエロ◯◯って言われている?」
物凄く評判の悪いクソガキで有名だった。
誰もが路上で合えば飛んで逃げると言われていた。
その彼が?
醜い肥満児だって聞いていた。
実物はスラリとした美少年なんだけど。
「これ。失礼ですよ。彼らはこの教会をシスターを救ってくれたんです!」
いつもは口の悪いシスター助手に窘められた。
驚いた。
この教会にある多額の借金を払ってくれたという。
さすが、領主様の息子だけある。
領主様に金の工面をしてもらったのか。
あるいは元から金持ちか。
そう思ったら、違った。
どうやら自分たちだけでお金を工面したらしい。
どうやって?
あのエロ◯◯が?
彼らは僕よりも年下だろう。
確かに領主様の息子ということでいろいろな伝手があるだろう。
これは後日のことだけど、
秘密保持契約魔法を結んだうえで集金方法を教えてくれた。
「彼らはとある場所で金塊をほってきたそうよ」
は?
金塊?
そんなもの、簡単に掘れるの?
いや、金鉱山なんて簡単に見つかるの?
いろいろびっくりした。
でも、その頃にはびっくりの連続を経験していた。
だから、ちょっとびっくりに麻痺していたと思う。
水飴を食べたその後。
「じゃあ、訓練はじめるよ」
と三人組のリーダーであるレナルド様が僕達を円状に並ばせ手をつなぎ合わせた。
「まず、深呼吸をして気持ちを落ち着けて」
「スーハースーハー」
「気持ちが落ち着いてきたら、背筋を伸ばし脱力するんだ」
僕達は言われた通りのことをやっていった。
すると、段々と手が暖かくなった。
それはやがて腕、肩と全身に伝わっていった。
僕は春先の陽気な日中に畑で寝転がってうたた寝しているような幸せな気分になっていった。
「はい、終わり!」
手をパンパンと叩くと僕は現実に引き戻された。
これは『瞑想』というレナルド様のスキルらしい。
「じゃあ、ステータスを見てご覧」
驚いた。
僕のステータスを見ると、
『風魔法』
の文字が!
え? これ何?
と同時に
『風魔法が発現しました』
と謎の声がする。
「全員に魔法スキルが発現しているはず」
ボーゼンとしているのは僕だけじゃなかった。
みんながポカーンとした顔をしてお互いを見つめ合っている。
ちなみに謎の声は初心者向けのガイダンス音声 だという。
「それぞれ火・水・風・土魔法のどれかが発現したと思うけど、それは君たちの得意属性なんだ。じゃあ、外に出て魔法を発動してみようか」
魔法の発動方法を教えてもらった。
簡単だった。
まず、指先を突き出す。
ステータスの魔法の項目を注視する。
すると別ウィンドウがポップアップされた。
そのポップアップに注目すると
『発動しますか?』
とまたもや謎の声が。
「する!」『ビュッ』
驚いた。
指先から確かに風が!
「あと数回今のルーティンを繰り返せば、指を突き出して念じただけで魔法を繰り出せるようになるから」
僕が魔法を使えるようになる!
庶民レベルで魔法が可能なものは少ない。
十分の一とかそれ以下と言われている。
滅多に魔法は発現しないのだ。
それもたいていは長期間の魔法訓練が必要だ。
たまに偶発的に魔法が発現するぐらいだ。
ところが、女神教会では誰も魔法を使えない。
シスターでさえも。
もちろん、外部から講師を呼ぶ余裕もない。
僕も端から諦めていた。
魔法が使えたらいいなあ、と漠然に思ってただけだ。
その僕が!
大した訓練もせずに魔法を使えている!
感動で手が震えている。
それは他の皆も同じだ。
感激で泣いている子もいる。
その後の『算盤』というのもすごかった。
まず、レナルド様が暗算を披露した。
僕達に紙に自由に一桁の数字を書かせた。
一枚の紙に一つの数字。
その合計の数をあらかじめ計算しておく。
「よーし、その紙を上に掲げて一秒おきぐらいの間隔でめくっていくんだ」
僕達は紙をパッパッとめくっていく。
レナルド様はそれを暗算していくのだ!
「七十三」
十五枚の紙。
その合計数をレナルド様が答える。
正解だ!
「!」
僕達は騒然とした。
七+九程度の足し算だって指折り算になるんだ。
それが十五枚の連続した数字を
あの短期間に暗算するなんて!
「これは魔法じゃないぞ。スキルだ。いいか、訓練すれば誰でもできるようになる。俺は三桁の数でも暗算できるぞ」
そして実際に三桁の計算をみせた。
僕たちは目を白黒している。
三桁になると正解を知りようもないけど。
「ぼくたちでも?」
「そうだよ。一桁の数が数えられるのなら、年が低くても問題ないぞ。ゲームみたいなもんだからな」
そしてレナルド様が取り出したのが『算盤』
僕達は魔法同様、算盤に夢中になった。
暇さえあればパチパチやるようになった。
単純に面白かった。
端から見ればうるさいなんてもんじゃない。
でも、シスターもシスター見習いも一緒にパチパチやっているんだ。
僕達はどんどんと計算力が向上していった。
魔法みたいだった。
だって、頭で考えて計算しているわけじゃない。
手が自動的に正解を導くのだ。
そのうちに算盤が頭の中に出現して暗算も楽にこなせるようになった。
そして、レナルド様が最初に示した三桁の暗算の答えが正解だったことを知った。
その頃には僕達もそれなりの暗算力がついていた。
僕達はあの日を境に生まれ変わったと言っていい。
特に僕は十四歳になったばかりだ。
十五歳になるとこの孤児院を卒業する。
自分で仕事を見つけなくちゃいけない。
だけど、碌なスキルのない僕では碌な仕事もない。
冒険者ルートかな、と漠然と考えていたんだ。
それが僕には光り輝く道が見えていた。
現在、僕の毎日は猛烈に忙しい。
寝るのも惜しんで魔法・算盤・その他の勉強に励んでいる。
「どう?」
シスター助手の二人が僕に聞いてくる。
「へへ、順調さ」
「貴方、王立高等学院への進学、断ったんですって?」
「合格可能性が強い、って言われたんだけど、あそこは貴族様とか金持ちばかりが行く所。僕が行っても差別されるだけだろ。それに、早くシスターの助けになりたいんだ!」
「私達もシスター助手よ? 私達の助けはしないの?」
「は?おまえら生意気すぎて話にならん」
「ま。こんな美少女に向かって」
「なーにが美少女だ。確かに顔は少しはやるかもしれんが、そもそもションベン臭いガキじゃねーか」
「許せん」
あ、蹴りが飛んできた。
僕は軽々とかわす。
「そんな蝶々が止まるようなノッソイ蹴り、食らうはずがないだろ」
「えー、少し前まではヒットしてたのに」
確かにそうだ。
ここ孤児院では毎日格闘技の訓練をしている。
僕も小さい頃から。
講師はなんとシスターだ。
彼女は格闘技が得意なんだ。
あんな細くておっとりした女性なのに。
で、こいつらも少女ながら
結構な格闘技スキルを身に着けている。
僕はというと、最近急速にレベルが上がった。
今ではシスターとタメをはれるほどに。
前は生意気なシスター助手に遅れをとっていた。
今では完全に逆転した。
「くっそ。だてに学院に行くかとか打診されていないってことか」
「おまえ、汚い言葉を使うなよ。シスターに聞かれたらまた叱られるぞ」
シスターの叱りは鉄拳だからな。
「あ、今のなしなし。シスターいないよね?」
きょろきょろとリスのように当たりを見渡す自称美少女。
まあ、振る舞いを正せば見た目はいいんだが。
見た目だけは。




