女神様の使徒と各種訓練、特に算盤
「くそっ、すばしっこい奴め!」
「うえ、全然あたりません」
「一発でいい、打撃を与えたいぜ……グエッ」
俺達はいつもの訓練場で訓練をしていた。
いつもと違うのは実戦形式。
女神の使徒である黒猫たち相手の対戦だ。
これがおそろしくすばしっこい。
当たるとか当たらないとかのレベルじゃない。
まるで当たらない。
それに、たまに攻撃をしてくる。
手を抜いているんだろうが、カウンター気味で入ってくる。
今もジャイニーがアゴに決められた。
訓練場の隅で目を回してひっくり返っている。
俺達だけじゃないんだ。
「クソっ」
「馬鹿野郎!」
「ちょこまかと!」
領軍兵士、それに父ちゃんズでも延々と手こずっている。
「ハアハア。ありゃ駄目だ」
「ハアハア。目で捉えるのも難儀だぜ。まるで気配がないんだ」
訓練後は黒猫たちは澄ました顔で脚をナメナメしてたりする。
黒猫たち。
かなりの戦闘力の持ち主である。
おそるべき瞬発力と反射神経、聴覚。
そして、彼らの真骨頂はスキル。
影移動スキル 影に潜り込んで移動できる
録音スキル 聴覚情報を保存
録画スキル 視覚情報を保存
スパイ活動に特化したようなスキルを持つ。
債務者探しでも活躍したように人探しも得意。
ただ、普段は猫そのもの。
特にスィーツが大好きだ。
今、俺達は教会にきてスィーツを並べている。
ゲレオン特製のお菓子は教会で食べることにしているのだ。
伯爵邸だといろいろバレそうだ。
使用人たちもここでならのびのびできるからね。
まず、全員にタルトとフライドポテトを配布。
その上で
「わー、私、これにする」
キャラメルをとる子。
「俺はこれだ」
水飴をとる子。
「ウニャウニャ!」
リンゴ飴をとる猫。
猫の顔とリンゴのサイズが同じなんだけど。
女神教会には孤児院が併設されてある。
総勢十五名ほどが在籍している。
「おかげさまで孤児院運営も一息つきました」
俺達は、金銀鉱山を取得したおかげでいきなり財産持ちになった。
俺達個人に使うことはない。
すべて、みんなのために放出している。
その最たるものが教会だ。
食事情が改善したおかげか、シスターはじめみんなの顔色がいい。
「これも女神様のご加護のおかげですね」
まあ、そのとおりだ。
金銀鉱山を見つけたのは黒猫達なんだ。
あんな特殊な場所での鉱山なんぞ、何千年たっても見つけられないだろう。
「子供たちはどんな感じですか」
少し前から孤児院で算盤を取り入れてもらった。
講師は俺である。
俺は小六のときに算盤二級。
ただ、それでやめてしまったから今では四級も怪しい。
だから、子どもに教える前に道具屋に算盤を作らせ、それで猛練習をした。
その結果、スキルに『算盤』も発現した。
「みんな、注目。今から凄いのを見せるからな」
俺はフラッシュ暗算を孤児たちに披露した。
フラッシュ暗算はコンピュータ画面にフラッシュ式に出てくる数字を足し算するもの。
この世界では当然PCはないから、紙に数字を書いて高速紙芝居のように表示する。
数字は一桁、子どもたちに記入してもらった。
一桁なのは、あとで皆で検算するためだ。
「「「うぉぉぉ!」」」
騒然となった。
「魔法で計算ができる!?」
「これは魔法じゃないぞ。スキルだ。いいか、訓練すれば誰でもできるようになる。俺は三桁の数でも暗算できるぞ」
そして実際に三桁の計算をみせてやった。
子どもたちは目を白黒している。
三桁になると僕以外正解を知りようもないけど。
「ぼくたちでも?」
「そうだよ。一桁の数が数えられるのなら、年が低くても問題ないぞ。ゲームみたいなもんだからな」
「ゲームみたい? どうやるの?」
オレは算盤を取り出した。
「いいか、こうやって動かすんだ……どう?」
足し算・引き算を披露してみた。
「それだけ?」
「今のはゆっくりやったけどな、慣れてくるとこの通り」
パチパチパチ。
「うぉっ、手の動きが見えない!」
「じゃあ、算盤やりたい人」
「「「はーい!」」」
「上達したら、褒美あげるぞ」
「「「あ、オレもやる!」」」
ということで、週二のサイクルで
俺は子供たちに算盤を教えている。
子供たちは四歳以上から始めることにした。
数字の概念を理解し始める年齢だ。
俺に算盤スキルが発現していたから、彼らにもスキルを授与してある。
ただ、伸びるかどうかは彼ら次第の面がある。
スキルをつけたからと言って、すぐに上達するわけではないからだ。
訓練が必要だ。
最初は不器用そうにやっていた。
ところが、すぐにパチパチできるようになった。
明らかに上達速度が早い。
少なくとも俺の子ども時代よりも。
それに、一日中練習しているらしい。
いつでもパチパチうるさいという。
あれだな。
本当にゲーム感覚で遊んでいるんだろう。
俺達がプレス◯とかやる感覚で。
俺の算盤技術は小二から初めて
小六のときに算盤・暗算共に二級をとった。
その時が全盛期だ。
そのあと辞めちゃったからな。
二級は結構な技術だ。
ちゃんと実用性のあるスキルとなる。
欲を言えば一級をとりたかった。
が、俺には才能がなかったようだ。
暗算一級をとる奴らはすごかった。
俺は暗算をするときに頭に算盤を思い描く。
しかし、奴らはいきなり正解を出してくる。
しかも速度も猛烈だ。
孤児たちはどうか。
はじめてから一ヶ月もたつと、そろそろ五級レベルが出始めた。
五級と馬鹿にするなかれ。
王国では多くの人々が一桁の加減算に苦労する。
大人でもマジで指折り算をするんだ。
そんなレベルの中、五級は四けたの加算および加減算に、二~四桁の掛け算・割り算が出題される。
この時点で王国的には圧倒的にチートなんだ。
(小数の掛け算・割り算はやってない。
王国では小数はまだ使われていない)
もちろん、子供たちも一桁の加減算で指を折りながら、掛け算・割り算なにそれ? おいしいの? というレベルから始めた。
それがこの有り様だ。
二ヶ月たつと全員が五級レベルになり、そろそろ四級レベルが出始めた。
「おいおい、才能があるなんてレベルじゃないぞ」
確かに彼らは練習量も並じゃない。
でも、これがこの世界のスキルの威力なのか。
圧倒的なスピードで実力が向上している。
算盤に引っ張られて、彼らは言葉の取得も早い。
「これならいけるか?」
俺は魔法を授与してみることにした。
魔法は才能がないと授与しても発現しないし、発現しても伸びがない。
◇
「では、皆さん。魔法訓練を始めますよ」
シスター、シスター見習いの二人、二十人の子供たちが孤児院のリビングで俺を中心にぐるりと囲む。
俺は孤児たちとも契約魔法を結び、魔力増強訓練をすることにしたのだ。
「あ……」
「気持ちいい……」
この訓練を始めると柔らかい春の風のような雰囲気に包まれる。
そして、どんどんとリラックスしていき、大気に同化していくような感じになる。
「おおお! ファイア! できた!」
「私はウォータ!」
魔力が向上してきた子供には、属性魔法を根付かせる。
ガッキーズのように四属性魔法ではない。
その子の得意と思われる属性を根付かせる。
得意な属性は根付くのも早く簡単だ。
だから、得意属性がすぐにわかるのだ。
子どもたちは幼児から十五歳ぐらいまで。
魔力増強訓練は六歳以上を対象とする。
幼いと効果がないとされるのと、まだ知性が整っていないので、混乱してしまうことがあるからだ。
魔法レベルも初級の初級だ。
今後訓練を重ねると魔法レベルも上がっていくだろう。
そして、朝方はシスターのグル指導である。
きっとぐんぐんと伸びていくだろう。
◇
使用人には改宗を迫ったわけじゃないが、できる限り女神教会に行くようお願いしてる。
もちろん、餌は各種スィーツとかだね。
孤児のみんなと同じ食べ物を出している。
みんなが一斉に教会に来ることはできないが、お祈りの日は週に一回認められているから、ローテーションを組んで教会参りをしている。
ああ、この世界は一年三百六十日、一ヶ月三十日、一週間七日、一日二十四時間。
月曜日から日曜日まであるけど、勿論、それは日本語になおした言葉。
この世界独自の曜日名称になっている。
度量単位もこの世界独自のものがあるが、それを日本の単位に換算している。
実は俺は孤児院の子供達にかなり肩入れしている。
前世でのあるエピソードなんだが、明治初期だかに渡米してとある金持ちに仕えた日本人少年がいた。
他にも働いている少年たちは何人かいて、その金持ちは少年たちをチェックするために机の上に小銭をおいて部屋から出ていき、その部屋を一人ずつ少年たちに掃除させた。
で、その日本人の少年だけがその小銭を盗らなかったという。
それで金持ちはその少年を重用したという話だ。
作り話かもしれないが、俺もその真似をしてみた。
すると、孤児院の子供達は誰一人として小銭を盗らなかった。
シスターはかなり厳格な教育をしているようだ。
この件で俺は子供達をかなり信用するようになったのである。
ちなみに、館の使用人でこのテストにパスしたのは料理人のゲレオンだけだった。




