エレーヌ
エロ豚の屋敷でセクハラを受けた私。
お尻の痛みと熱で私は1週間ほど寝込んだ。
熱はなんとか収まった。
でも、痛みが残る。
ベッドにうつ伏せになりつつ、私は邂逅する。
私の過去。
私は小さい頃から立ち回りが上手かった。
絶えず多数派にいた。
多数派をコントロールするのも上手かった。
何をするか。
私の気に入らない子をハブするのよ。
私より可愛い子。
男の子に人気のある子。
成績のいい優等生。
先生のお気に入り。
そういう女子は私のターゲット。
密かに噂をばら撒き外堀を埋めていく。
そして、何かしらの小さなミスをしたときに一気に畳み掛けていく。
こうして私は何人もの女子を引きずり下ろした。
何人もの女子を引きこもりにした。
小学校、中学校、女子高、短大。
ずっと私のターンだった。
私は女王様だった。
私は一部上場している会社に就職した。
そこで私は女性の多い職場に配属された。
よしよし、ここも私色に染めてやる。
できなかった。
強力なお局さんが何人もいた。
中でも、女性の課長。
全く私の仕掛けが効かなかった。
頭の固い冷たく融通の効かない女。
周囲ではとても優秀な人物だと褒める人が多かったけど。
みんなどこに目をつけているのよ。
職場に私の居場所はなかった。
むしろ、孤立した。
私は陰口の多い人物とされた。
正当な評価を口にしただけなのに。
理不尽な毎日が過ぎていく。
私の癒やしはゲームだった。
シャルマンオブフォーチュン。
略称COF。
私がほぼパーフェクト攻略した乙女ゲーム。
恋愛シミュレーションゲームの世界だ!
そこでは私が100%自分を発揮できる!
私は望んだ。
この無味乾燥な毎日から脱出することを。
そして、このゲームの世界に転生することを!
毎日、いえ、どんなときでも私は祈った。
祈りの日々をずっと続けたある日。
私が目覚めると。
「ああ、私は転生した!」
私はほんの少しの躊躇いのあと瞬時に理解した。
ここが私の望んだ世界であることを。
そう気づいたときの私の喜び。
心臓が破裂するかと思った。
周囲がバラ色に輝いていた。
でも、そんな喜びはすぐに収まった。
私はすぐに冷静になった。
転生したことは当然のことなのだ。
ここは私の本来いるべき世界。
◇
そこからの私はイージーモードだった。
私には確定的未来がわかる。
多少の分岐があっても。
私はCOFの世界を隅から隅まで堪能したんだ。
面白いように私の望む世界が展開していく。
「あれ?」
ほんのちょっぴりの違和感だった。
それはエロ豚との婚約破棄。
エロ豚をドツボに叩き込む重要なイベント。
完璧に推移していた。
あのエロ豚の反応がほんの少しおかしかった。
勇者候補との決闘。
本来ならば、泣きわめいて私にすがるはず。
「負けを認める。すまなかった」
レナルドの口から信じられない言葉が。
そこにいた全員が驚いた。
あの気位ばかり高いクズ、レナルドが謝罪の言葉を口にしたのだ。
私達は唖然としていた。
レナルドは1人で辺境伯邸の中に消えていった。
次の日、私はイヤイヤながらレナルドのもとに急いだ。
レナルドの様子をみる必要がある。
「おはようございますぅ」
偶然出くわしたかのような顔をして挨拶をした。
完璧だ。
どんな男もこれでコロリと顔を破顔させる。
ところが、醜い豚は私を怪訝《けげn》な顔で一瞥しやがった。
「(え、なんで。まさか、蠱惑がかかっていない?)」
「大丈夫ですかぁ?」
私はいつものように甘ったるい声で
優しくレナルドに声をかけた。
私の必殺スィート話法を畳み掛けた。
どうだ! これで心もとろけただろ!
私は癒やしを与える世界一の美少女だから。
「ああ、ありがとう。まだちょっと頭がフラフラしていて」
ありがとう?
再び、レナルドの口から聞いたことのない言葉が。
婚約を破棄したばかりの私に対して?
私は面食らって、蠱惑を何度もかけ直した。
絶対におかしい。
レナルドは婚約破棄で嫉妬に狂っているはずだ。
頭を叩かれてピントがはずれてしまったのか。
一瞥したあと、レナルドは私を一度も見なかった。
それどころか、なんだか嫌そうな顔をしている。
「なんだっていうの……」
私には猛烈な違和感が襲っていた。
こんな事態、ゲームでは一度も経験していない。
レナルドを私にぞっこんにさせ、ディオンとの三角関係で嫉妬心を燃えさせ、ディオンと衝突させる。
そして何度も何度もレナルドに敗北を植え付け、そのプライドをへし折り、さらなるクズに貶めていく。
それが『正しい』作戦のはずだ。
「(私の蠱惑が効かない?)」
そんなはずがない。
私の蠱惑は強力。
しかもいつでも使っているからますます強力になっている。
◇
次の違和感は大きいものだった。
エロ豚の家からゲットするはずだった三つの聖女魔導具セット。
中級回復魔法魔導具、中級清浄魔法魔導具、中級マジックバッグ。
獲得できなかった。
それと天界言語巻物中級編も。
辺境伯邸図書室の天空書、読めない。
「あっ、まだ救済措置があった!」
がっくりと肩を落としていたんだけど思い出した。
このイベントを失敗した場合、次の手は教会本部の大書院、その地下の隠し部屋。
辺境伯邸図書室の蔵書のバージョンアップしたものと天界言語習得の最終マニュアルがあるはず。
これで手に入れられなかった魔導具の分までカバーできるはず!
パニックになりすぎていた。
こんな基本的なことを思い出せなかったとは。
でも、そこに行くには教会の上層部をたらしこまなきゃ。
ちょっと面倒だけど、COFのルートでは必修イベントになるのよね。
私の最終形態になるための。
でも、まだその時期じゃないわ。
その前にやることは。
子爵を焚き付けて、魔鋼鉱山に侵攻すること。
そこには隠し部屋があって三つの神器が隠されててある。
でも、門番がいる。
子爵が侵攻する前にこっそり訪れなきゃ。
夜いけば見つからない。
ここもディオンをつれていって活躍してもらわないと。
多少の違和感はある。
でも、まだまだ修正可能。
なんといっても、私はこの世界を遍く照らす大聖女になる存在。
こんなところでつまづくわけにはいかない。




