料理をどうにかしたい2 使用人を籠絡中
「レナルド様、これが水飴って奴ですかい。砂糖よりは優しい甘味ですな。でも、ペロペロが止まりませんな」
そういうつつ、水飴をネリネリして口に運ぶのは
料理人のゲレオン。
ドワーフらしく、短躯でヒゲモジャだ。
だから、この調理場は彼の身長に合わせてある。
ちなみに、彼はエールも作るし鍛冶にも精通している。
館の武器や金属道具は彼の担当だ。
「これさ、使用人たちにも配って欲しいんだけど」
「いいですぜ」
「俺の名前は出さないようにね」
「へ? なんでですか?」
「そりゃ、俺の名前出したら食べない人もいるんじゃないか?」
「苦笑」
俺達ガッキーズは使用人たちにまるで信用がない。
俺が提供したなんて知られたらどうなるか。
下剤が混ざってるとか、何か裏があるとか勘ぐるに決まってる。
「あとさ、くれぐれも両親にはばらさないように」
「ああ、そこはまかせてくれ。こっそりやるし、みんなにも徹底させる」
「ばれたら取り上げられるかもしれないからね」
◇
「うわー! あっまーい!」
この世界では甘味は果物からしか味わえない。
砂糖とか蜂蜜とかは超高価なのだ。
その果物にしても、酸っぱいものが多い。
俺はゲレオンに頼んで水飴を使用人に配ってもらった。
「みんな、これ十点満点で何点かの?」
「勿論、十点!」
「私、二十点! だから、もう一つ頂戴?」
「え、じゃあ私三十点」
「私は百点!」
水飴には俺もいい思い出がある。
小さい頃、俺の街には駄菓子屋があった。
学校から帰ると自転車に乗ってその駄菓子屋集合が俺達の毎日だった。
駄菓子屋での俺の一番の楽しみが水飴だった。
甘いお菓子なぞたくさんある。
なのに、俺は水飴が大好きだった。
俺には衝撃的なお菓子だったのだ。
「水飴、またもらえるんですか?」
「また一週間後にな」
「えー。待てない」
「それとな、お館様には内緒じゃぞ」
「あー、ばれたらまずい?」
「そりゃ、間違いなく取り上げられるじゃろ」
「だよねー。あれだから」
「そうそう。あれ」
ケチってことなのだろう。
「あとな、甘味とか新メニューを色々考えてる。いろんな種類を試してもらえると思うぞ」
「わー、嬉しい! でも、突然どうしたんですか?」
「ちょっとな、料理のレシピ本を発掘してな。昔の人の本なんじゃが、目新しいものが多いんじゃ」
俺はゲレオンに伝えてある。
今後、どんどんと試作を行っていくと。
◇
次の試作品は、フルグラ。
グラノーラの材料は燕麦に蜂蜜・木の実・小麦粉。
それら混ぜてオーブンで焼いたもの。難しい料理じゃない。
さらにレーズンとか乾燥果物を混ぜ、牛乳などをかけて食べるわけだ。
ここでは蜂蜜の代わりに水飴を使う。
それと、フルグラにかけるのは雑穀茶。
そこにやはり水飴を加えて甘くしたもの。
「これが、燕麦? あの味気ないオーツお粥にする燕麦?」
「すごいわ。あの貧乏人御用達の燕麦がこんなに美味しくなるなんて」
「水飴の甘さに加えて焼いた燕麦のザクザクって食感がいいわね」
「雑穀茶にしても、水飴混ぜるだけでこんなに美味しく!」
「ミルクを使いたかったんじゃがな。ちょっと高価になるんでな、雑穀茶じゃ」
「全然問題ないわ! そもそも、私達の周りに甘味がないんだもの」
砂糖や蜂蜜、牛乳を使えば、超高級品になる。
高級というか高額品となる。
ところが、このグルグラ。
フルーツは若干高いが、それ以外は廉価。
量産さえできれば、あっという間に普及するだろう。
「水飴が量産できるようになったら、毎日提供できるかもな」
「うわ、楽しみ!」
◇
「本日はの、フライドポテトじゃ」
フライドポテト。
前世では別名フレンチフライ・フリット・チップスなど様々な呼称がある。
何かで読んだんだが、フライドポテトは発祥が十七世紀だそうだ。ベルギーが発祥とされるんだが、比較的新しいのは欧州での馬鈴薯の歴史が浅いこと、さらに油が高価であったことで普及しなかったとのこと。
あんな簡単な料理なのに、と思わざるを得ない。
しかし、この世界に来てみると納得できる。
馬鈴薯は上流階級から忌避される。
地下で育つ植物は嫌われているのだ。
下々は金がないから油がない。
ポテトフライが生まれる土壌がない。
「まあ、ほっこほこ!」
「甘くておいしいわ!」
「これって?」
「馬鈴薯じゃよ」
「えー、ただの馬鈴薯?」
「それを油で揚げただけ」
「貧民の代表的な食べ物である馬鈴薯と高価な油の取り合わせ? ミスマッチな食べ物なんですね。でも、とってもおいしい」
この世界での主食ランクは
小麦>全粒粉小麦>大麦・ライ麦>オーツなどの雑穀>馬鈴薯なのだ。
「こんなものもあるのじゃ」
「えっと、こっちはケチャップね。これは?」
「マヨネーズ」
「マヨネーズ? 初めて聞く名前ね」
「儂が考案したからの。まあ、両方つけて食べてみろ」
「……わあ、すっごく味がふくよか!」
「ホントだ。風味が増したのと、コクがすごいのね」
「ていうか、このマヨネーズっての? 単体でも美味しい!」
「わあ、ペロペロが止まらないわ。水飴とタメをはるかも」
マヨネーズは主要原料が卵に植物油と酢。
いずれも高価な素材だ。
前世で開発されたのは十八世紀とかそんなもんだ。
こちらでは当然マヨネーズのマの字もない。
「このマヨネーズはの、たいていのもんにあうぞ。パンでもなんでもいいからつけて食べてみろ」
「じゃあ、次の夕食に出してください」
「そうじゃの。くれぐれもお館様にばれんようにな」
「「「わかってまーす」」」
本来のマヨネーズは卵・植物油・酢なんだが、
これだけだとあっさりして美味しいとは言えない。
また、油にこの世界で主流のオリーブ油を使うとかなり癖の強いマヨネーズになる。
俺の作ったマヨネーズは日本のマヨネーズだ。
油には癖の弱い大豆油を使用。
レモンや辛子、水飴を混ぜて味を整える。
玉子は黄身のみ。
こってりとして輪郭のはっきりした味になる。
できれば、旨味調味料が欲しいところだ。
港で取引できれば、自作の調味料が作れるんだが。
◇
「酒好きの諸君にはこんなものを用意したぞ」
「お、固いが旨味が凝縮されてるような感じだな」
「イノブタの干し肉じゃ」
「干し肉? 全然臭くないぞ」
この世界の干し肉は乾燥が不足している。
それに工程・保存が甘く、半分腐っている。
「きっちりと管理したからの」
「うむ、こんな美味い干し肉を出されると、もう今までのは食えんな」
「これなら、携帯してもいけるな?」
「ああ。ただ、一週間以内には処理しろよ。それ以上は腐るからな」
「おお、これで旅がちょっと楽しみになるな」




