正義厨勇者ディオン
僕は辺境伯領に平民として生を受けた。
六歳の洗礼式で勇者候補に認定された。
王国では一人の勇者が認定される。
その候補の一人となったのだ!
そして、請われて辺境伯家の養子となった。
僕の使命にはっきりと目覚めたのは
エレーヌと出会ってからだ。
僕はこの世界の悪を罰し、正義を広める。
そうエレーヌから諭された。
そんなことは散々言われてきたことだ。
でも、エレーヌから言われると
ストンと腹に落ちた。
正義を広める。
それが僕の使命だ!
王国での正義の実現とは。
魔族の王、魔王を討伐することだ。
魔族とは長年王国と対立してきた。
魔王のやっかいなことは討伐しても何年かすると復活することにある。
その度に勇者が選定される。
勇者は魔王討伐ばかりにかかりきるわけじゃない。
この王国でも正義を実現させねばならない。
その一例が悪人の矯正だ。
この場合は討伐ではない。
彼・彼女を真っ当な存在に矯正する。
それが勇者のもう一つの使命となる。
明らかな悪人が王国にはいる。
フェーブル伯爵夫妻と長男のレナルドだ。
僕の使命とは正反対の存在である。
レナルドは醜く太り怠惰で傲慢、我儘。
プライドは高く、周囲から蛇蝎のごとく嫌われていた。
僕が彼を真っ当な存在にする。
それが勇者の使命だからだ。
その機会がやってきた。
十一歳のときの辺境伯邸での懇親会。
初めてレナルドにあったのだ。
ひと目でわかった。
醜い豚。
みんながそう噂するにふさわしい外見、
それ以上に醜い中身だった。
傲慢で人の話を聞かない。
やたら威張り散らす。
嫌なことがあると泣き叫ぶ。
僕はレナルドを矯正することを誓った。
事細かく彼の行動を正してきた。
正しい貴族たれ、と。
だが、彼は僕の思いやりなど少しも顧みない。
むしろ反発をしてきたのだ。
やれやれ。
頭も悪いようだ。
なぜ、僕の正しさ溢れる忠告が聞けないのか?
十二歳のときの懇親会でも同様だった。
前年と続けて言い争いになった。
なぜ、彼は僕の至言を理解しないのか?
その間に、僕はエレーヌと仲良くなっていった。
エレーヌはレナルドの婚約者だ。
政略的な婚約だという。
エレーヌは当然のように嫌がっていた。
エレーヌは素晴らしい女の子だ。
僕と同年だというのに、考え方が大人で立派だ。
僕の至らないところを導いてくれる。
そして、何よりも外見が非常に美しい。
天女の如しというと怒られるだろうか?
でも、それが少しも言い過ぎだとは思えない。
それほどの美しい外見をしていた。
僕に言い寄る女子は多いが、全く目に入らない。
エレーヌ以上に賢く美しい子がいないんだ。
正直に言えば、僕は初対面からエレーヌに首ったけだった。
その気持ちをエレーヌも受け止めてくれた。
エレーヌはレナルドと婚約を破棄。
そして僕と将来を誓ってくれるという。
舞い上がった。
天下一の幸せ者とは僕のことだ。
辺境伯邸での三年めの懇親会。
そのことをレナルドに直接告げることになった。
レナルドは偉そうに僕に反発してきた。
何かいろいろわめきながら。
どうせ、エレーヌへの愛情はないくせに。
反発は決闘さわぎに進展した。
王国での決闘は命の取り合いというほどのものではない。
結果は明らかだった。
僕は伊達に勇者候補と呼ばれているわけじゃない。
それに毎日の厳しい訓練を欠かしたことはない。
レナルドとの決闘など、赤子の手をひねるかのごとく簡単だった。
実際、僕の決闘用の剣、訓練用の剣が彼の頭を一撃。
ああ、勿論手を抜いた一撃だ。
訓練用の剣とはいえ、僕の一撃を受ければ間違いなく死んでしまうからだ。
「すまなかった」
それは僕とレナルドの決闘で勝者の決定した直後のことだ。
レナルドの口から信じられない言葉が。
「え?」
僕は大変驚いた。
レナルドは無駄にプライドの高い男だ。
そのレナルドが謝るなんて。
もちろん、そんな言葉を初めて聞いた。
「「「え?」」」
ジャイニーとスキニーというレナルドの腰巾着も同様だ。
僕達が唖然としているなか、レナルドは辺境伯邸の中に消えていった。
ひょっとしたら、僕の誠意ある正義の言葉がレナルドに届いたのだろうか。
いや、そうに決まっている。
僕は今までレナルドを矯正しようと心を砕いてきた。
それがようやく実を結んだんだ!
勇者としてようやくひとつの結果を得た。
少し誇らしい気持ちになった。
◇
そんな中、とある噂が流れてきた。
なんとレナルドがスライムにやられたという。
何をやっているんだか。
奴は頭も弱く、魔法も力もない。
それなのに伯爵家の長男というだけで高慢でプライドは山のように高い。
今から伯爵邸を訪れて説教をしてやろうか。
◇
ある日、エレーヌから頼まれた。
フェーブル邸に用があるのだと。
伯爵邸には闇を信仰する噂がある。
エレーヌはその闇を感知していると。
こっそりと侵入してその証拠を見つけたい。
だから、フェーブル邸まで護衛して。
伯爵邸への侵入は一人で魔導具でするから。
僕も同行しようか、というと心配は不要という。
そして迎えた決行当日。
僕はエレーヌの護衛だ。
領境を越え、伯爵邸近くの丘に潜んだ。
「エレーヌ、本当に一人で大丈夫か」
「心配ないって。むしろ、一人のほうがいいのよ。二人だと発見される確率が高くなるの」
エレーヌは隠蔽魔導具を駆使して伯爵邸に入り込むつもりだ。
「なら、いいけど。気をつけろよ」
不安だったが、エレーヌを丘から見送る。
◇
数十分後。
『バウバウ!』
しばらくすると伯爵邸が騒然とし始めた。
犬の吠える声も聞こえる。
いけない、見つかったんだ!
瞬時に僕は伯爵邸に駆け出していた。
『バウバウ!』
案の定だ。
エレーヌが数頭の犬に囲まれ攻撃を受けている!
「スリープ!」
いくら犬が攻撃しているとはいえ、犬は命令を忠実に遂行しているにすぎない。
僕は正義の使者だ。
犬を殺傷するのは本意ではない。
犬が眠ったのを見測り、僕はエレーヌを担ぎ上げた。
逃げなくては!
このときは本当に自分の身体能力の高さに感謝したよ。
あっという間に領境にまで到達した。
証拠は集められたのか、と聞くと残念そうな顔をする。
ただ、彼らが邪悪な勢力を信仰している疑惑はますます深まったらしい。
エレーヌが言うならそうなんだろう。
僕は次にレナルドにあったときは注意深く観察することを心に強く留めた。
「私のニオイを嗅いじゃダメ!」
エレーヌがしきりに自分のニオイを気にする。
確かに、何か匂う。
がエレーヌのニオイだ。
全く臭くもなんともないのだけど。
エレーヌは妙に気にかけている。
僕はエレーヌをおろしてウォータを発動。
簡単に顔とかを洗った。
エレーヌは早くお風呂に入りたいという。
清浄魔法とかあればいいのだけど、二人とも持っていない。




