俺達はスライム級だ/メイド達のおしゃべり
「なあ、実戦やってみないか?」
「実戦?」
「おお。こんなに修行してるんだ。俺達に不足しているのは実戦だろ?」
「まさか、魔物退治か?」
「心配するな。スライムが相手だ」
俺達は魔物との戦闘は固く禁止されている。
しかし、スライムならば子供でも討伐できる、と言われているのだ。
「坊っちゃん、行くか?」
「大丈夫ですか?」
「相手、スライムだ。楽勝だろ?」
スライムは代表的かつ初心者向けの魔物である。
ただ、癖が強い。
まず、あまり魔法が効かない。
初心者レベルの魔法ならば全く効かない。
だから、物理攻撃がメインとなる。
そのかわり動きが遅い。
進行方向の逆をついてスライムの核を突き刺す。
あっけなく勝負が決まる。
スライムが初心者向けと言われる所以である。
が、突然ジャンプして体当たりをかましてくる。
スライムはサッカーボール程度の大きさがある。
重さは数kg程度であろうか。
重さとともに意外と力がある。
それがまともにぶつかってくると幼児レベルでは危険とされるし、十歳ぐらいでも油断しているとやられる。
さらに、酸性の体液を浴びせることもある。
通常はヒリヒリするぐらいであるが、これが目に入るとしばらく目があけられないばかりか、失明の危険がある。
◇
「ここだぜ、坊っちゃん。スライムの群生地の沼」
「おお、確かにウヨウヨいるな」
「坊ちゃま、あんまり群れの中に入らないほうが……」
「だな。はぐれスライムを狙おうぜ」
俺達は群れから離れたところにいるスライムに狙いを付けた。
そーっと近づき、先の尖った木の棒を突き刺した。
スライムの体内は酸性である。
金属製のものでは何度も突き刺していると表面が溶けることがある。
「それっ! あれっ」「ピシュッ!」
核を狙ったつもりが、はずれてしまった。
スライムはブルブルと震えたと思うと、俺達に体液をぶつけてきた。
それは想定内であり、俺達は避けられた。
「うわっ、坊っちゃん、やぱいぞ!」
はぐれスライムが反撃したと同時に、藪の中からスライムが何匹も出てきたのだ。
ポヨンポヨンと近づきながら一斉に俺達に攻撃をしかけてきた。
「ピシュッ!」「ピシュッ!」「ドンッ!」
酸性攻撃そして体当たり攻撃の連発だ。
俺達は思わぬ反撃にパニクってしまった。
「あっ!」
スキニーはその一匹の体当たりを受けて転倒。
地面に頭をぶつけて脳震盪を起こしてしまった。
「スキニー、大丈夫か!?」
「坊ちゃん、スキニーを助けなきゃ!」
「ジャイニー、スキニーを引きずってくれ! 俺はスライム攻撃をかわしていくから!」
「よっしゃ! 坊っちゃん、気をつけろよ!」
その後もスライム攻撃はしつこかった。
どんどんと沼からスライムが湧き上がってくる。
数えきれないほどにまで膨れ上がっているのだ。
「ピシュッ!」「ドンッ!」
相変わらずの酸攻撃と体当たり攻撃。
俺達の魔法攻撃は効かない。
剣と盾で攻撃を防ぐのが精一杯だ。
俺達は必死に逃げた。
◇
「ふう」
なんとか、スライムをかわしきれた。
スキニーを助けるオレたちも遅いが、それ以上にスライムの移動が鈍かった。
離れた場所でスキニーを寝かせ、川から汲んできた水をかけてみると、
「ううう」
「おお、スキニー、気がついたか?」
「大丈夫か、スキニー!」
「うー、あれ、僕、どうなったのですか?」
「スライムの体当たり攻撃で気を失ったんだよ!」
「うわあ」
「とにかく、館に戻るぞ」
◇
俺達は父ちゃんズたちからマジ怒りされた。
魔物への攻撃は厳禁である。
俺達はそれを破って被害を受けたのだ。
俺は泣くしかなかった。
怒られて泣いたのではない。
スキニーが無事だったのでホッとしたのもある。
それと自分の未熟さに対する惨めな思い。
その二つがごちゃまぜになって襲ってきたからだ。
俺にはレナルドが混ざっている。
とはいえ、中身二十八歳の大人の部分が大きい。
確かにこの世界は俺には未知なことばかりだ。
それでも、俺のおごりで俺と少年二人を危険にさらしてしまったわけだ。
とそこまで考えてふと気がついた。
俺ってこんな性格だったっけ。
他人を心配する?
前世ではあんまりなかったような。
前世ならば、スキニーを罵倒はしないだろうが、からかっていたんじゃないか。
転生したからか。
それとも、レナルドの気性が俺に混ざったのか。
だとすれば、レナルドには意外な一面があったということか。
◇
この件はすぐに領民の噂となった。
スライムの危険性はみんなが知っているので、スライムによって気絶した俺達のことを過剰に揶揄する領民はいなかった。
もちろん、いけ好かない俺たちがやられてざまーみろと思った領民は多かったと思うが。
「俺達、ちょっと奢ってたか?」
「坊っちゃん、ちょっとまずかったな」
「坊ちゃま、そんなことないですよ! 今回は僕のせいで怒られてしまって……でも、ほんの少し頑張れば、スライムなんてあっという間ですよ!」
スキニーは健気なやつだな。
俺とかジャイニーといった悪童とつるんでいなけりゃ、それなりに評価されているだろうに。
「そうだな。俺達はまだまだスライム級なんだ。とにかく、特訓だ!」
「「オー!」」
スライム級というのは、冒険者ギルドの言い方だ。冒険者ギルドでは冒険者のレベルをF~S級で分類している。
【F】スライム級
スライムを討伐できる
【E】ゴブリン級
ゴブリン等を討伐できる
他にアルミラージ、スケルトン、ケイブバット等
【D】オーク級
オークを討伐できる
他にグレーウルフ、ラージボア等
というように魔物討伐実績によってクラスを決めているのだ。王国では強さの指標とされて一般に普及している。あくまで、実戦結果に基づいているのがポイントとなる。実戦の伴わない強さに信をおかないということだ。
そのうち、俺達はスライムレベル。
つまり、駆け出しのペーペーなんだ。
いい気になりすぎてた。
魔力だけではない。
根本的に体力をつけなくちゃいけない。
そうじゃないとスライムでさえも脅威となる。
俺達は未熟さを噛み締めた。
【メイド達のおしゃべり】
「ねえ、聞いた?」
「坊ちゃまの話? 今、館でもその話で持ち切りよ」
「スライムに負けるなんてねえ」
「お館様はあの通り、王国有数の大魔導師なのに」
「ハラスメント大王の面だけ似たのね」
「でもさ、坊ちゃま、最近変わったよね」
「あー、それは認める。婚約破棄以来かしら」
「私達に『ご苦労さま』とか『ありがとう』なんて言葉を投げかけるなんて、多分坊ちゃま史上、初めてのことよね」
「すぐに元に戻るって思ったんだけど」
「でもね、最近真面目に剣の修業とかしてるよ。あの悪ガキたちと」
「あとさ、森とかで魔法訓練もしてるって」
「え? いつの間に? 坊ちゃまって魔法使えなかったでしょ?」
「例の二人組も魔法使えるらしいよ」
「はあ。急展開ね」
「そういえば、二人組も大人しくなったわ」
「そうそう。まあ、私はいまだに身構えるけど」
「そうよ。簡単には警戒を解けないわ」
「まあ、少し様子見ね」