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エレーヌへの断罪

 内々にブランシェが王城に呼ばれた。

 そして、呼ばれた数名の要人に対して清浄魔法をかけた。

 要人たちは、まるで霧が晴れるように意識が明瞭になっていった。


「おおお、本当に王国の中枢が汚染されたのか? その蠱惑とやらで。まさか、我々がそのような術にかかっていたとは」


「信じられん。だが、この清らかな感覚は偽りようがない」


「陛下、私も信じられませんが、こうやって浄化されるとはっきりとわかります。今までの私はなにかに操られていたと。自分自身が遠いところにあったと。まるで夢うつつの中にいたかのようです」


「陛下。こうなれば、陛下を含む城全体いや、王都全体も急いで浄化せねば。一刻も早く対処すべきかと」


「ああ! 早急にやってくれ! 王国の安寧のためにも」


「畏まりました」


 ブランシェは王都を見下ろせる城のテラスに立った。

 そして彼女の全力をもって王都全体を一気に浄化した。

 彼女の放つ清浄な光は街の隅々まで染み渡り、蠱惑の汚染を洗い流していった。


 ◇


 さて、次は学院。

 教職員の大部分と生徒の多くが汚染されている。

 校庭に集められた生徒・教職員たちは、不安げな表情を浮かべていた。


「「「ザワザワ」」」


「蠱惑? 魅惑の強化バージョンですか! そんな恐ろしいものが」


「そうだ。通常の魅惑とは比べものにならない強力な精神支配の術だ」


「そして、蠱惑を使用した人物も判明している。すでにこの学院は王立騎士団により包囲されている。逃げ場はない」


「「「!」」」


「それは誰なんですか! まさか私たちの知っている人物では?」


「それはすぐにわかる。今から、君たちの蠱惑を解呪する。では、よろしくお願いいたします」


「はい、わかりました。お任せください」


「「「え! ブランシェ様! あなたがここに!」」」


「皆様、お久しぶりでございます。今から、私が清浄魔法を皆様にかけさせていただきます。それで汚染内容は解呪されます。どうかご安心ください」


「王室以下関係者及び王都は彼女によって清浄化された。それは王国鑑定士の私によって確認されている。効果は確実だ」


「では、みなさん。気持ちを楽にしてください。深呼吸をして」


 ブランシェは両手を前にかざした。

 すると、手のひらを中心に眩い光が放たれた。

 その光は純白で、見る者の心を洗うかのよう。

 やがて、その光は校庭にいる人々全てを包みこんだ。

 光に包まれた者たちの表情が、次第に穏やかになっていく。


「ああ、なんて穏やかなんだ。まるで心が洗われるようだ」


「確かに、心の片隅に何かトゲのようなものが刺さっていた感じがある。それが今、すっと抜けた」


「ああ。実に晴れやかな気分だ。今まで心が曇っていたことが実感できるぞ。まるで目の前のベールが取り払われたかのよう」


「でも、本当に蠱惑が解除されたのか? これだけで」


「皆さん。周りを見渡してみてください。そして、雰囲気を大きく変えた人物がいることに気づきませんか? よく観察してください」


「「「?」」」


「あ、そういえば! おまえは誰なんだ! 見覚えのない顔が」


「え? あ、本当だ! こんな女性、いたか? 今まで気づかなかった」


「まさか、あなたはエレーヌ? でも、まるで別人のよう」


「は? エレーヌ? いや、まるで面影がないぞ! これが王国の華と呼ばれた彼女?」


「エレーヌは王国一の美少女だぞ! こんな庶民顔じゃない! どこにあの気品ある美貌があるんだ?」


「いや、確かにそこにエレーヌがいた。衣装も同じだ。間違いない」


「そうだ。僕はずっとエレーヌ様を眺めていたんだ。彼女はずっとそこにいた! なのに、まるで別人のよう」


「皆さん。蠱惑スキルを使用したのは、まさしく、そこのエレーヌです。ご存知の通り、蠱惑スキルは国家的反逆スキル。禁断のスキルだ。当然、王国では使用には厳しい処断がなされる。では、今からエレーヌを蠱惑スキル使用により逮捕する。『バインド』!」


「う、嘘! 違うわ! なにかの間違いよ! ああ、身動きがとれない! こんなの絶対に間違ってる!」


「え。本当にエレーヌなのか。ただの田舎娘じゃないか。あの気品ある美貌は幻だったのか」


「僕達は蠱惑で目をごまかされていたのか。これが彼女の本当の姿なのか」


「信じられん。これほどまでの欺瞞を」


「違うわ! みんな、ブランシェにたぶらかされているのよ! 私こそが本物なのに!」


「ブランシェ様の清浄魔法は、我らが王国鑑定士によりその正当性が確認されている。偽りなどない。さあ、しょっぴけ!」


 校内になだれ込んできた王立騎士団によりエレーヌは逮捕され校外に連れ出された。

 彼女は最後まで抵抗を試みたが、騎士団にはとても太刀打ちできなかった。



「なんということだ。僕達はエレーヌにより心を操作されていたというのか? こんな恐ろしいことが」


「すると、とんでもないことをブランシェにしたことになるぞ! 我々は何という過ちを」


「嘘だろ。信じられん。だが、これが真実なのか」


「第1王子様。その件に関しましては王室より沙汰がなされております。しばらくの間は王室別館に待機していただきます。お付きの者がご案内いたします」


「え? いや、認めないぞ! 彼女はエレーヌじゃない! エレーヌ、どこへ行ったんだ! これは何かの間違いだ!」


 ◇


 この件はあまりにも王室には痛手であった。

 対立する陣営の長女を追い落としてしまったのだ。

 いろいろな思惑の渦巻く中、カールマン王は潔かった。

 ブランシェは王室から謝罪を受けたのだった。

 言い逃れの効くものではなかった。

 誠意を見せないと、王国が2つに分かれる可能性があった。


 ブランシェは学院からも謝罪を受けた。

 そして、復学を請われることとなる。


 しかし、彼女はそれを固辞。

 そこで学院側は彼女を特別に卒業生と認める。

 そもそも彼女の成績は非常に優等で、今更復学する意味がなかった。

 

  ただ、王室のたっての願いでしばらくは蠱惑解除のために王都にとどまることになった。

 精神的被害を受けた人は多数に及ぶため、その手当をする必要があった。

 何しろ、ブランシェ以外にエレーヌの蠱惑を解除できる人物がいなかったのだ。

 彼女の清浄魔法は、この事態に対するほとんど唯一の解決策だった。



「ブランシェ様の能力をもってしても、根絶はなかなか大変そうですね。被害の広がりが予想以上です」


「ええ。まず、非常に広範囲に汚染されました。次に、彼女と接触の多かった人物のうち、非常に深く汚染されたものがおります。そうした場合の根治はかなり困難ですね。時間をかけて丁寧に浄化していく必要があります」


 厳密にいうと、その任にふさわしい人物は他にもいる。

 女神教会のシスターであった。

 『女神の加護』により、その影響を周囲に及ぼすことができるのだ。

 シスターのそばにいさえすれば、蠱惑は瞬時に解除されることになる。

 近距離であれば、その効果はブランシェの清浄魔法以上だった。


 ただ、それは真実教会的によろしくなかった。

 だから、シスターは前面に出ることを控えたのだ。

 表立って関与することは避けねばならなかった。



『にゃあ(この蠱惑スキルは、悪魔の呪いと同レベルであの娘に根付いております。尋常な術ではありません)』


「(つまり、エレーヌは悪魔に呪われているということ? それほど重症なのか)」


『(といってもよろしいかと。通常の解呪スキルでは対処できないほどの)』


「じゃあ、解除するには。何か特別な手段が」


『(レナルド様の母上の件で施した方法が最上ではないかと思われます。あの時と同じ手順で)』


「(エレーヌをリジェネするということか? そこまでする必要が)」


『(ですね。それ以外に完全な浄化は望めません)』


「(うーむ。ではなにか。彼女は悪魔とほぼ同じ存在ではないか? それほどまでに堕ちているのか)」


『(そこまでは言い切れるかはわかりません。悪魔的な何かに変容しているのか、背後に悪魔的な何かがいるのか。状況は複雑です)』


「いずれにせよ、彼女は火炙りの刑に処せられると思うのだが。それが通例だろう」


『(火炙りしても肉体は滅ぶだけで、魂は悪魔的な何かのままの可能性が強いですね。ですから、やはりリジェネで解呪してから火炙りの刑という流れになるかと。そうでなければ、根本的な解決にはなりません)』


「なんだか、もって回ったやり方になるな。まあ、どっちにしても同情する気にはなれんが。自業自得というものだ」


 ◇


 エレーヌは地下牢に収監された。

 彼女は最後まで自分の正当性を主張し続けた。

 しかし、その主張は誰にも届かなかった。


「私が間違っているはずがない! ブランシェこそが悪魔よ! 私を陥れようとしているの!」


 彼女の叫びは、冷たい石壁に無情に拒まれた。

 地下牢の暗闇の中で、人々を魅了した彼女の美貌は完全に失われていた。

 それは、まるで仮面が剥がれ落ちたかのよう。

 いや、それが真の姿なのだ。


「私の美しさは本物なのに……なぜ、誰も信じてくれないの……」


 エレーヌの独り言は、次第に弱々しくなっていった。

 そして、やがて完全な静寂が訪れた。


 彼女の裁判は、既に結論が出ていた。

 王国への反逆罪。

 禁断の術の使用。

 そして、多くの人々への精神的危害。


 判決は、火炙りの刑。

 ただし、その前にリジェネによる浄化が行われることになった。

 それは、彼女の魂を救済するための最後の慈悲だった。


 こうして、エレーヌの物語は終わりを迎えようとしていた。

 彼女が追い求めた美と権力は、すべて幻想に過ぎなかったのだ。



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