エレーヌ、とある学院生徒たちの会話
ふふ、新入生がやってきた。
この一年で私はパワーアップした。
学院の新2年生や職員は私の虜としたわ。
次は新入生よ。
全員、私の虜にしてあげるわ。
もちろん、レナルドも虜にしてあげる。
前回では私の体調も悪かったのよ。
今回は万全。
フェーブル領の回復薬も定期的に手に入れてもらっている。
あの薬、本当に体調が良くなる。
毎日飲むことで、肌のツヤも良くなってきたし、髪の毛もサラサラになってきた。
これなら、誰も私の魅力から逃れられないはず。
でも、1年と2年の校舎は少し離れている。
わざわざ1年の校舎を訪れる機会はないし。
ということで、しばらくは1年との接触はなかったわ。
それがかなったのは、新入生歓迎会の時だった。
全学年が集まる貴重な機会。
私にとっては絶好のチャンス。
そして、そのレナルド。
ああ、ますます美少年に成長した。
もう、第1王子といい勝負ね。
いえ、第1王子はいいとこのボンボンまるだし。
でも、レナルドは男の顔をしている。
前線で戦う男の顔。
その引き締まった顎線、鋭い眼差し、たくましい体格。
そこに少年らしいキラキラする繊細さが加わっている。
すっごい。
1年女子の間でも評判なのはもちろん、2年女子の間でも話題性ナンバー1。
廊下ですれ違うだけで、女子たちがキャーキャー言って騒ぐほど。
もちろん、ルックスも最高なことはもちろんだけど、それ以上に彼の上げている業績が伝わってきている。
伯爵家の領主代理を努め、領政をどんどんと向上させている。
数々の発明品で領民の生活を向上させている。
女神教会の最大の後援者。
特に、新しい農業技術の導入で、収穫量が倍増して、餓死者がいないとまで言われているとか。
領民からの支持も厚いらしい。
先年のスタンピードの活躍も伝わっているわ。
武力的にも申し分ない。
本当の勇者は彼なんじゃないかって話もでているぐらい。
婚約破棄したのは私のミスだったわ。
でも、あのときは誰も想像もしなかった。
彼が醜いアヒルの子だったなんて。
いえ、醜い豚の子だったなんて。
あの時の彼は、不格好で怠惰狭量で、まるで別人だった。
ああ。
レナルドを発見!
廊下の向こうから歩いてくる姿は、まさに王子様そのもの。
「レナルドさまぁ」
私は最高の笑顔で声をかけた。
「あ"? ああ、エレーナか」
彼の声は低く渋い。
なんだか反応が冷たいわね。
でも、私がこの1年間鍛えに鍛えた魅惑スキル。
マックスで彼に浴びせるわ!
私は、目を潤ませ、首を傾げ、最も魅力的な表情を作った。
「あのさ、エレーヌ。前から言おうと思ってたんだけど、本当にレディに言うようなことじゃないんだけど」
彼は眉をひそめながら、少し距離を取った。
ええ、何なの?
私の心臓が高鳴る。
「君、お風呂入っている?」
彼の言葉は、まるで氷の矢のように私の心を貫いた。
ええ!
言うに事欠いて!
レディに対して!
こんな侮辱的な言葉を!
「なんだか、おかしなニオイがするんだけど」
さらに追い打ちをかけるような言葉。
まさか!
私のスキルが醸し出すフェロモン。
このことを言ってるの?
私が丹精込めて作り上げた魅惑の香り。
私は一気に羞恥心がマックスになった。
頭が真っ白になってその場から逃げてしまった。
廊下を走る足音が、自分の耳に響く。
まさか。
最大値化した魅惑スキル。
それが仇となった?
私の誇りだった魅力の源が、実は不快な臭いだったなんて。
そう言えば。
今年の1年には違和感を感じた人がいる。
特に、女神教会に入信している生徒たち。
私の魅惑が決まったときは必ず目が輝く。
称賛する目で私を見つめるのよ。
これまではそうだった。
でも、なんの反応も示さない人がいる。
というか、嫌なものを見るような目で私を見る。
鼻に袖を当てる仕草をする子まで。
気の所為じゃないわ。
レナルドが度々あの目をしていた。
そして、まさしく、今、レナルドがその目で私をみた。
軽蔑と嫌悪が混ざったような目。
◇
そのショックから立ち直る暇もなく、私にはおかしな事態が押し寄せてきた。
魅惑のかからない人だけじゃなくて、魅惑のとける人が出始めたのよ!
まるで、目が覚めたかのように。
前日まで称賛していたのに、ころりと態度を買える人が。
私の周りを取り巻いていた信者たちが、次々と離れていく。
手のひら返しをする人に共通すること。
女子生徒。
髪の毛がサラサラになっている。
いい香りをほのかに振りまきながら。
清潔感あふれる姿で。
あれは、この学院女性に噂の石鹸とリンス。
フェーブル領が開発した。
あれを使って髪の毛を洗うと、髪がサラサラしっとりとなる。
学院中の女子が現在もっとも欲しがる製品。
そのためには女神教会に入信しなくちゃいけない。
でも入信を拒否される。
ああ、私も拒否されたからわかる。
なんかイチャモンをつけられて断られるのよね。
「あなたの心が純粋でない」だとか。
でも、入信できる子もいる。
その子たちは決まって私の魅惑が解除される。
まるで、呪いが解けたかのように。
わかった!
あのブサイク転生者が何かしているわけね!
私の魅惑をキャンセルさせる何か。
そういう魔法かなにかが私が転生してからゲームに実装されたんだわ。
きっと、私の力を妬んでいるに違いない。
どうする?
このままじゃ、私の影響力が完全に失われてしまう。
◇
おかしい。
学院女生徒に急速に女神教会信徒が増えている。
だって、サラサラしっとりヘアだらけになっている。
廊下を歩けば、甘い花の香りが漂う。
信徒になれていない女性は差別だなんて怒っている。
私もそう思う。
でも、そういう彼女たちも信徒になりたくてたまらない。
いえ、あの製品を使いたくてたまらない。
だって、美しさが数ランクアップするんだもの。
ブサイクな女子だって、髪の毛だけで美人とみられるようになる。
学院の美人ランクに大変動が起きている。
これまでの序列が完全に崩れている。
もちろん、私が1位なのは不動だけど。
先日生徒主体で行われたミス学院を決める投票。
当然、私が1位だった。
でも、去年と比べると状況は全然違う。
去年は私がダントツの1位だった。
今年は去年と比べて投票数がガタンと落ちた。
その分、投票が分散するようになった。
特に、女神教会の信徒たちの間で人気の子たちに。
なんてこと!
私は世界一の美少女なのに!
その事実をシャットアウトする何かが女神教会の信徒契約に紛れ込ませてあるんだわ!
これは明らかな陰謀よ!
今のところ、2年生男子は私の味方よ。
でも、2年生女子の一部は切り崩されている。
1年生は半分以上が私の魅惑をスルーしてしまう。
男子にも効かなくなっている。
日に日に、私の影響力が失われていく。
異常事態だわ!
このままでは、私の地位が完全に覆されてしまう!
◇
「ねえねえ、先日行われたミス学院投票。私にはすっごく疑問があるんだけど」
「何が?」
「あのさ、好みは人それぞれだって知ってるし、尊重してるつもりよ。でもさ、1位になった2年生。どうしても納得できないんだけど」
「ああ、私も同感。王国で美人で言われる人ってたいてい傾向が似てるよね。でもね、彼女は絶対にそんなタイプじゃない」
「そうなのよ。かといって、個性的な美人って感じでもない。訴求力にかけるっていうか」
「そうそう、あの顔は農民顔よね。ごくごく一般的な」
「農民顔が悪いってわけじゃないし、農民にも美人さんはいるけど、彼女はどこにでもいそうな普通の顔なのよね。ブサイクでさえないって感じ」
「一言で言えば、個性のない顔?」
「そうなのよ。なのに、めちゃくちゃ圧倒的に高得点。男子に聞いてみたらさ、評価は真っ二つだった。私達のように無個性っていう人と、あんな美少女みたことがないっていう人と」
「美少女? ないない。モブだと思うんだけど」
「あれ、マリアじゃない」
「あ、先輩。お久しぶりです。あ、紹介しときます。同じクラスのリリーです。リリー、こちらは私の領の先輩。ソフィア男爵家の長女なのよ」
「よろしくお願いします」「こちらこそ、お目にかかれて光栄です」
「ねえ、先輩。いい機会だから聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「ミス学院投票で1位になった人いるでしょ?」
「ああ、エレーヌ様ね」
「あの人が1位になるのが信じられなくて」
「(しっ。大きな声出しちゃダメ)」
「(えええ?」
「(彼女には熱狂的なファンがいるのよ。それこそ職員にもね。推しをバカにされたとわかると、彼らに何をされるかわからないわよ)」
「(ええ、どんだけ)」
「(気持ちはわかるわ。実はね、私も最近まで彼女のことをすっごい美少女だって思ってた)」
「(そうなんですか?)」
「(そうなのよ。でもね、いつの間にか彼女を綺麗だと思わなくなってたわ。なんていうか、すっごく平凡な顔に見える)」
「(ああ、私達と同じ)」
「(実はそう思う2年生が増えていいる。去年のミス学院投票では彼女がぶっちぎりの1位だった。学院の生徒ほとんど全員が彼女に投票したんじゃないかしら)」
「(ほとんど全員? 凄すぎる)」
「(でもさ、今年は学院の半数ぐらいでしょ?)」
「(それでも凄いけど)」
「(だから、私も不思議に思っているわけ。なんであの顔を美しいと思っていたのか)」
「(なんだか、憑き物が落ちたみたいですね)」
「(ホント、その言葉通り。でもね、人の好みは人それぞれだし、私のように変化する場合もある。それとさっき言ったように、彼女には熱狂的なファンがたくさんいる。だから、この話題はあんまり話さないでおこうよ?)」
「(はい、わかりました)」「(そうですね、気をつけます)」