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広まるサラサラヘア

「◯さん、どうしたの、その髪。とても綺麗に輝いているわ」


「ほら、フェーブル領出身の◯さんがいるでしょう? あの子、いつも髪の毛が絹のように美しくて羨ましかったから、秘訣を教えてもらったのよ」


「え、それって最近みんなが注目している件でしょ? 私も気になっていたわ」


「ええ、彼女に聞いたら、石鹸で洗って、それからリンスっていう不思議な液体をつけるんですって。それを使うだけで、こんなに髪が綺麗になるのよ」


「それ、私も欲しいわ。どこで手に入るのかしら?」


「フェーブル領の留学生用の宿舎があるじゃない? そこの浴場には常備されていて、宿舎の住人なら誰でも自由に使えるんですって」


「ええ? ちょっと待って。宿舎にお風呂場が? まさか冗談でしょう?」


「彼女の話では、フェーブル領ではお風呂は当たり前の設備なんだって。驚くべきことに」


「あ、当たり前だって? そんなことあり得るの?」


「彼女が言うには、身分の上下に関係なく、各家庭員常備されてるレベルの設備なんですって。金持ちでも貧乏人でも関係ないって」


「まさか。それは大げさな話じゃないかしら」


「でもね、◯さんって孤児院の出身だって聞いたわ。それを考えると、本当なのかもしれないわ」


「まあ、そうだったの?」


「そう。その石鹸とリンスっていうものにしても、フェーブル領では本当に一般的なものみたいなのよ」


「えええ、私も是非使ってみたいわ!」


「私もよ!早く手に入れたいわ」


「◯さんの話では、女神教会の信徒になれば使えるようになるんですって。それが条件みたい」


「ああ、それは困ったわ。私の家は代々、真実教会を信仰しているのよ」


「大丈夫よ。両方の教会の信者になっても問題ないって聞いたわ」


「そういうことなら、私にもチャンスがあるわね!」


「でもね、ただ契約すれば良いってわけじゃないの。本気で信徒になる覚悟がないと、契約自体を認めてもらえないんですって」


「じゃあ、髪を綺麗にしたいだけじゃ……」


「絶対に信徒にはなれないって、きっぱり言われたわ」


「あああ、でも諦めきれない! 私、挑戦してみるわ!」


「教えてもらったんだけど、教義は主に祈りと掃除が中心だそうよ」


「それだけ? そんなの簡単じゃない? 何も難しいことはないわ」


「あら、掃除って簡単に言うけれど。あなた、自分で掃除したことがある?」


「私たちは上級貴族じゃないわ。田舎の騎士の家の娘よ。だから、掃除は家族全員でするのが当たり前なの」


「ああ、うちも田舎の男爵家だけど、掃除は全部メイドさんたちの仕事なのよ。正直、私、一度も掃除したことがないわ」


「自分で掃除しなくちゃいけないって、結構ハードル高いかも」


「私も悩ましいわ。どうしたものかしら」


「◯さんが強調していたけど、自分で掃除ができない人は即座に女神教会から拒否されるんですって」


「厳しそうね」


 

 学院に通うような人の大部分は自分で掃除をしたことがない。

 たとえ庶民階級であっても、たいていは富裕層なのだ。

 お嬢様として育て上げられている。

 

 そんな彼女たちは掃除など下々のすることと見下げている。

 女神教会の教義の一つが掃除と聞いて、内心では蔑むわけだ。

 当然、信徒契約は結ぶことができない。



「ああ、やっぱり無理だわ。髪のケア用品が欲しくても、毎日掃除なんて私にはできそうにないわ」


「私は頑張って克服したのよ。ほら、見て。この腕輪が信徒の証なの」


「まあ、それは何なの?とても素敵な腕輪ね」


「信徒契約を結ぶと、これをもらえるの。これで毎日の掃除をきちんとしているかどうか、確認されるみたいなのよ」


「ああ、そこまで厳密に管理されているの? 大変そうじゃない」


「でもね、お金の寄付は一切求められないのよ。そういう面では全く強欲さとは無縁ね」


「まあ、真実教会とは正反対じゃない。うちの教会はいつも寄付を求められるもの」


「それにね、最初は我慢して掃除してたんだけど、不思議なことに続けているうちに心まで清らかになってきた気がするの」


「本当に? 無理して続けているんじゃないの?」


「これは実際に信徒にならないと分からない感覚かもしれないわ。それに、教会の回復薬が素晴らしいのよ。効果が抜群なの」


「ああ、私も噂で聞いたことがあるわ。女神教会の回復薬は、真実教会のものと比べて値段は百分の一なのに、効果は比べものにならないほど高いんですって。高級な薬だと、失った体の一部も再生できるし、死者さえ蘇らせられる可能性があるとか」


「蘇生まで? それは少し誇張されすぎているんじゃないかしら」


「私もそう思うわ。まるで伝説のエリクサーみたいでしょう? でも、女神教会のシスターたちは現代の聖女様だって評判なの。死者を蘇らせることができて、荒れ果てた大地を美しいお花畑に変えてしまうなんて、まるで女神様のような存在だって」


「私ね、そのシスターを見る機会があったの。映画館という不思議な建物でね。そこでは動く絵、動画というものを見られるんだけど、そこに映っていたシスターが信じられないほど美しかったの」


「動く絵?」


「あれも実際に見ないと理解できないけど、現実の見えてる光景ってあるじゃない? それが壁に映像として展開するわけ。本当にリアルだし、現実のように映像が動くのよ」


「まあ」


「そして、シスターの傍らには、まるで天使のような可愛らしい二人の侍女が控えていて、三人で花々が咲き乱れる庭園に佇む姿が映し出されていたわ。そこには天上から降り注ぐような神秘的な音楽が流れていて、まるで天国を見ているような気分になったの」


「その映画館って、どこにあるの?行ってみたいわ」


「私の領地の隣がフェーブル領なの。前から女神教会の噂は聞いていたから、先週、学院を休んで家族全員で女神教会本部を訪ねたのよ」


「ああ、そういえばあなた、先週ずっと休んでいたわね」


「実はね、お父様が女神教会の回復薬を使って以来、教会に深く興味を持つようになって。それで、家族みんなで信徒になりに行ったのよ」


「貴女のお家は◯◯子爵家よね?」


「ええ、そうよ。それでね、女神教会の本部が素晴らしかったの。まるで空に突き抜けそうな高さの壮麗な建物が教会で、その前には門前街という賑やかな商店街が広がっているの。そこに映画館というとても面白い施設があって、様々な動画を見ることができるのよ」


「どんな映像があったの?詳しく聞かせて」


「本当に驚くべきものだったわ。『天国と地獄』という作品では、シスターたちが登場する天国の場面が映し出されるの。それと対照的に、地獄の描写があまりにも恐ろしくて、今でも夜中に目が覚めることがあるわ」


「えー、そんなに印象的だったの?」


「これは実際に見ないと、その衝撃は伝わらないと思うわ。それに、食事が信じられないほど美味しくて! 宿泊施設の設備も、今まで見たことがないような贅沢なものばかり。細かいことは契約で話せないんだけど、とにかく素晴らしかったわ。もちろん、信徒契約はすぐに承認してもらえたわ!」


「私も行ってみたいわ」


「グッドニュースもあるわよ。このところ、学院の生徒関係者とか学院街からも興味を持つ人が増えてきているので、学院街に女神教会の出張所ができるそうよ」


「本当なの?」


「神官とかは常駐しないけど、『天国と地獄』他の動画は毎日上映するって」


「ああ、絶対、見に行く!」


 ◇


 女神出張所ができたのが5月末。

 それ以来、学院の生徒にもサラサラしっとりヘアをなびかせる人が増えてきた。


 その反面、信徒契約を結べなかったものも大量に生まれることになった。

 そのためもあり、学院の中には怨嗟が積み上がることになった。


 掃除ができないという理由で契約を拒否された者たちは、女神教会を「差別的だ」と非難し始めた。

 特に上級貴族の子女たちからの反発は強く、「身分の上下を無視した教会など認められない」という声も上がっていた。


 しかし、そんな批判の声も、女神教会の提供する製品やサービスの素晴らしさの前では、徐々に弱まっていった。

 むしろ、掃除を学ぼうとする動きが、学院内で密かに広がり始めていた。


 女神教会の信徒になれなかった者たちの中には、こっそりと掃除の練習を始める者も現れ始めた。

 彼女たちは、深夜に人目を避けて自室の掃除を試みるようになっていた。


 そして、しばらくすると、再挑戦して信徒契約を結ぶことに成功する者も出てきた。

 彼女たちの髪が美しく輝き始めると、さらに多くの生徒たちが掃除の練習に励むようになった。


 学院の雰囲気は、少しずつ変わり始めていた。



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