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私たちが新市街地に着いたとき、時計塔の針は十四時を過ぎたところであった。

休憩を少し挟んだので、歩いていたのは丁度二時間位だろう。


均整のとれた旧市街地の街並みは、歩いていて飽きることがなかった。

少しガタついた石畳の道、上下重なるように並ぶ建物、そしてその平らな屋根など、人間の街との違いはたくさんある。

異国の景色で目を喜ばせながらの道程はあっという間で、とは言うものの、足は少し疲れてしまった。


「どこかで休む?」

「あ、いえ。大丈夫です」

「じゃあ飲み物だけ買ってくるから待ってて」


魔王は、私の頭をポンと触るとそのまま、往来の中へと消えていった。

残された私は大人しく、通りのベンチに腰掛ける。


新市街地に入ると、雰囲気がガラリと変わる。

たくさんの商店で賑わいがあるのはもちろん、建物の様式自体が違うのだ。

ここで見られる、暖色系の三角屋根は、人間の住居で広く使われているものに似ている。


この世界に生まれたのは魔族が先か、人間が先かという議論はよく聞く。

『人間が先』というのが人間側の定説なのだが、旧市街地はもちろん、この新市街地ですら、人間の街よりも歴史を感じてしまう。


魔族はどう考えているんだろう等と考えていたとき、どこからか、猫の鳴き声のようなものが聞こえた。

猫の喧嘩だろうか。

気になって、音の発生源を辿る。

おそらく向かいの路地からだ。

周囲の雑踏に混じって聞こえてくるのは男性の声と猫の…?

いや違う、猫じゃない。

女性の声だ。


それに気が付いたとき、私は反射的に立ち上がっていた。

胸騒ぎを覚えながら、通行人をかき分け、一直線に道を横切る。

そして建物と建物の間に顔を覗かせたとき、


「えっ?何して…」


見えたのは三人の男性と、倒れ込んだ一人の女性。

普通ではない雰囲気に、思わず言葉を失った。


「構うな、行くぞ」


男たちが、倒れた女性を担ぎ上げた。

そして路地の奥へと歩き出す。


「ちょっ、ちょっと待って!待ちなさい!」


私の大きな声に、男の一人が舌打ちをする。

そして、こちらにぐるりと踵を返した。

やばっ…い。

咄嗟で出せる神聖魔法は持ち合わせがない。

だから逃げるしかないというのに。

次の行動に対する一瞬の躊躇が、男との距離をみるみると縮める。

もうダメだと踵が地面を擦ったとき


「何してんの?」


後ろから、気の抜けた声が聞こえた。


「じょ、女性っ!奥の女の人、助けてください!」

「女性?」


両手に飲み物を持った魔王が、首を傾け、路地の奥を覗き込む。

そして「あぁ」と、得心したように息を吐いた。

すると次の瞬間、こちらに向かってきていた男が


「えっ」


音もなく、消えた。

わずかに遅れて、奥にいた二人の男も姿を消す。

支えを失った女性は、地面にぶつかる直前で小さく跳ね、ふわりと落下した。


「これでいい?」


事もなげに微笑む魔王。


「えっ、いや、あの男の人たちって?もしかして死ん…?」

「まさか。街の外に飛ばしただけ」

「そ、そうですか」


ま、まぁそれなら過ぎた罰ではないだろう。

この魔王、悔しいが意外と常識的である。


襲われた女性は、気を失っているようだった。

ただの失神ならそっとしておいてもいいのだがと思いつつ、私は彼女に手を翳す。

そして


「飢満たる恩寵、離れ難き孤児に注ぐ」


簡単な回復呪文を唱えた。

ミモザの花のような光源が、宙にぽんぽんと発生する。

それらは薄暗い路地を仄かに照らしてから、吸い込まれるように、女性の体へと消えていく。

すると、彼女の顔や腕についた小さな傷は、立所に消失した。

こうしておけば、ちょっとした毒を飲まされていたとしても大丈夫だ。

魔王からは、「綺麗なもんだね」と呑気な感想が聞こえた。




女性を衛兵に任せてから、私たちは街歩きを再開した。

左右に露店の並ぶ、目抜き通りを歩く。


「ああいうのって、よくあるんですか?」

「ああいうの?人攫い的な?」

「そうです」

「あるね。最近多い」

「取り締まったりはしないんですか?」

「んー、捕まえてるよ。捕まえてはいるけど、まぁ、ちょっとやりにくいんだよね」


その理由を尋ねる代わりに、私は小さく首を傾げた。

それを見た魔王が、


「あれ、人間側の組織だから」


と続ける。


「人間が、魔族を攫っているということですか?」


先ほど女性を襲った三人は、いずれも魔族だったように思う。

襲われていた女性も、魔族だったが。


「いやごめん、ちょっと違うな。元は人間の組織で、でもそこに手を貸す魔族もいたから、規模が拡大したっていう話。あいつら賢くて、魔界で魔族攫っては、人間界で奴隷として売るんだよ。逆に攫ってきた人間は、魔界で売る。そうすれば、奴隷に足がつきにくい」

「人間も、攫われてる?」

「人間界の方が多いらしいね。都会だと、人気のないところに女の子一人で立っていればすぐだって聞いたけど、実際はどうだろう」


人間界の治安がそんなに悪いとは初耳だった。

しかも人間のせいとは。


「そんな訳で、魔界側だけ潰したところでっていうのもあるし、人間の絡む話に下手なことしたくないっていうのもあって、手、焼いてるんだよね」

「そう、ですか」


魔王なんぞの話し全てを鵜呑みにする訳では無い。

それでも、教会暮らしでは知り得ないことがたくさんあるのは事実だろう。

現にここの露店で売られているものも、見たことのないものばかりである。

そう思いながら、道端に並ぶ商品にちらりと目を移した。

ユニークな形のランプに、色彩豊かなフルーツ…わぁ、あの一人掛けのスツール可愛い。


「あ、買おっか。それなに?椅子?」

「だ、大丈夫です!」


興味の対象を目ざとく見抜かれ、私は慌てて目を逸らした。


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