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翌日、城下への外出の日。
めかしこんだ私を見た魔王は、開口一番
「ええー。可愛い」
と言って、私の頭をなでた。
すくみ上がる体をなんとか押さえつける。
今日の私は、さながら商人の娘のような出で立ちだった。
用意されたワンピースは、身軽ながらも華のあるデザインで、街歩きには申し分ない。
「これ誰がやったの?」
「私とシジでやりました!」
アシナが魔王に胸を張った。
その傍らで、シジも控え目に微笑む。
褐色の肌に、美しいシルバーブロンドの髪を持つ彼女も、私の専属メイドである。
「最高じゃん。ボーナスあげる」
アシナとシジが、顔を見合わせ喜んだ。
ボーナス、是非とも渡してあげてほしい。
彼女たちは本当によくしてくれる。
「じゃ、行こっか」
「…はい、あの」
「ん?手、繋ぐ?」
「違う、違います。魔王さま、けっこう目立ちますけど、そのままで外出して大丈夫ですか?」
服装こそローアンバーのジャケットを羽織った地味な姿だが、魔王の長身の体躯と整った顔立ちは、嫌でも目を引くだろう。
魔王は、その名の通り、魔界を統べる王であるはずだ。
魔王であることが周囲に知られると、危険があったり、意図せぬ噂が
「ん?それってどういう意味で?僕がモテ過ぎると困るっていう
「あ、ごめんなさい、大丈夫です、大丈夫だったみたいです。行きましょう」
どうやら魔界には、外出時に身分を隠す文化が無いらしい。
そのことに気づいた私は、魔王のあらぬ誤解を早々に遮った。
アシナの『格好いい魔王様を他の誰にも見られたくないんですね♡』という視線が痛い。
その視線から逃れるように、私たちは魔王城を出発した。
魔王城は、高低差のある街の丁度てっぺんに建っているそうだ。
正面からは、街が一望に収まる。
城下に並ぶ、薄っすらと青い屋根を掲げた白壁の建造物郡が美しい。
「城から続く大通りの東側は、公共施設が集まる地区。道を挟んで西側は、文化施設の多い地区。ここら辺をまとめて旧市街地と呼んでいて、主に貴族が住むエリア」
差し出されてしまった魔王の手を借りて、石段を降りる。
前に大きな門が見えるので、ここはまだ魔王城の敷地内なのだろう。
「通りを横切る川を挟んで向こう側が、新市街地。市民の住居と商店が混ざったエリア」
「…広いですね」
ここからでは、その新市街地の端が見えない。
人間の王都よりも大きいと思う。
「そう?まぁ、住む人が増えるにつれて、奥に広がってるだけかな」
その展望に目を奪われつつ、城門まで下りてきたところで魔王から
「新市街地に行こうと思うんだけど、馬車でいく?」
と尋ねられた。
きっと馬車で行くのが正しい。
新市街地はかなり遠くに見えていた。
しかし
「歩いてでも行けますか?」
「行けるよ、二時間位かな。歩きたい?歩こうか」
「いいですか?ゆっくり街並みを見たいです」
この素敵な街を、馬車の小さな窓越しに見物するというのはあまりに味気ない。
あとなんなら、今日これから何をするつもりなのかがわからず不安であった。
散歩で出来るだけ時間を使っておきたい。
面倒なことを言ったと思うが、魔王は嫌がる様子も見せず「もちろん、仰せのままに」と微笑んだ。
「疲れて歩けなくなったら、僕におぶらせてね」
「体力には自信があるんです。聖女って、意外と重労働なんですよ」
実際に重労働なのは聖女でなく、聖女の替玉たる私なのだが。
この際いいだろう。
美しい彫刻が施された白亜の門を通り、私たちは旧市街地へと繰り出した。