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窓から見える空はいつも曇り無い。

そしてそこから見える庭には色とりどりの花が広がっている。

足元に目を移せば、磨き抜かれた大理石の床が眩しく、部屋の至るところに施された金の装飾が美しい。


ここが死後の世界なのだと言われれば、納得してしまう人は多いだろう。

しかし私は、ここが天国でないことを知っている。


「庭の小川に、ホタルを放そうかと思っての」

「…ホタルって」

「知らんのか?尻の光る虫じゃ」


なんだそれ。


「…それは自由にしていただいたらいいんですけど。いい加減、元の世界に帰してくれませんか」

「しつこいの。ダメじゃと何度も言うておろうが」


紅茶を飲むアースリットは実に優雅だ。

私はそんな彼に、冷ややかな視線を送った。

いくらダメだと言われても、諦められる訳がなかった。


「お前を元の世界に戻せば、我はお前を生かしておけん。ここに置いてやってるのが優しさじゃと何度言えばわかる」

「私の魔力が『悪い』溜まり方をするからだって、この前言ってましたよね」

「厳密に言えば、お前に溜まるのは魔力じゃない。あの世界にあってはならない『何か』じゃ。我の創造しておらんものを認めるわけにはいかん」


アースリットが「魔王の存在と同じじゃ」と付け足した。

ここに来てしばらく経ち、アースリットが何を言っているのか漸くわかってきた。

私の魔力はもう無い。

それでも死んではいない。

魔力の代わりに、アースリットの嫌がる『何か』を持っているからだそうだ。


「また、それが溜まらないようにしてくれたらいいじゃないですか」

「だからそれが無理なんじゃ。あのけったいな黒魔法のせいで、お前の『容れ物』は底が抜けとる。こっちの世界でお前の体に神聖力を入れ続けることでしか、『それ』が溜まるのを防げん」


そう、今の私には神聖力がある。

この世界からの脱出を試みる際に何度か怪我をしたものの、いずれも直ぐに治ってしまった。

久しぶりの感覚である。


「いずれにせよ、神の世界と人の世界を繋げられるのは我だけじゃ。お前の自力じゃ戻れん。諦めてここで暮らせ」




アースリットが紅茶を飲み終え、私の部屋を後にした。

ここでの暮らしは実に退屈で、生産性のないお茶会一つでもイベントになってしまう。

再び訪れた暇を持て余し、私は散歩に繰り出した。


ここに来てすぐの頃は、元の世界に戻る手がかりを探して、散々歩き回ったものである。

用途のわからない施設は色々とあるものの、しかし元いた世界との繋がりを見つけることは出来なかった。

そもそも私の行動が制限されていないのだ。

私の自力ではどうやっても、元の世界に帰ることは出来ないということだろう。


いざ希望を捨てて歩いてみれば、この世界は散歩にもってこいの場所である。

美しい植物に溢れ、多様な生物が息吹く。

ここに尻の光る虫が住むのかと、庭園を流れる川の側をブラブラと歩いた。


あてもなく暫く歩き、もうそろそろ引き返そうかと思っていたとき。

視線の先に、人影を認めた。

そして思わず、自らの目を疑う。

生活感のない世界だが、人を見かけること自体は珍しくない。

『知っている』人がいたから驚いたのだ。


すぐに見切れたその姿を追って私は、入ったことのない建物に立ち入った。

この世界ではありふれた白塗りの外観ながら、その内部を見て、息が止まる。

円形の吹き抜け、それを取り囲むようにびっしりと並べられた書物。

そしてそこにいる


「…マナエル、さん?」


薄緑色の髪の司書。

既視感なんてものでは無い。

そこは魔王城にある図書館そのものであった。


「あら、お姫さま」


こちらに気付いた彼女は「…これ、アースリットに怒られるのかしら」と困ったように笑った。




「皆さんには内緒ですけどね。あちらの世界の記録を取るのが私の仕事なんです」

「…記録を取る?」

「はい。お姫さまのことも、生まれたときからずっと存じ上げてますよ」


アースリットが神であるならば、マナエルもそれに近い存在ということだろう。


「…いくつか聞いてもいいですか?」

「はい。お答えできることなら」

「魔王と勇者はどうなりましたか?」


マナエルは「うーん」と視線を外し、


「ごめんなさい。私からは言えません」


と眉尻を下げた。


「…元の世界に戻る方法はありますか?」

「アースリットの力があれば、戻れると思います」


それはわかっている。

どうやら核心に触れるような情報は教えてもらえないらしい。


「あの、じゃあここってどうなってるんですか?魔王城の図書館そのものですけど」

「あぁ、ここは…」


マナエルはおそらく、答えるかどうかを少しだけ悩んで


「私自身と、ここにある本だけ、お姫さまの元の世界と繋がってるんですよ」


と言った。


「繋がっている?」

「はい。同じものっていう意味です。お姫さまが気に入られていた歴史の本もありますよ」


同じもの?


「…見てきていいですか?」

「もちろん。ここも図書館ですから、どの本を読んでいただいてけっこうですよ」


それは嬉しい。

これで退屈な時間を潰すことができそうだ。

それでは早速三階に行ってみようと動き出した足を、はたと止める。


「最後にもう一つだけ」

「はい?」

「私のこと、なんで『お姫さま』って呼ぶんですか?」


そういえばマナエルは、私が伴侶になるより前から、私のことを『お姫さま』と呼んでいた。


「それは十代目魔王が…あ、でも、うん。怖い話は止めておきましょう」

「こわ、怖い話?」


十代目魔王というのはロイのことだろう。

しかし怖い話というのは何なのか。

釈然としない表情をした私を


「それじゃあ、ごゆっくり。書物への書き込みは厳禁ですのでお気をつけくださいね」


マナエルは笑顔で送り出した。




本棚の奥にある狭い階段を使って三階に登った。

やや薄れてしまった記憶を頼りに、本棚に並ぶ本の背表紙に目を滑らせる。


「あ」


飾り気のない分厚いその本は、そこにきちんと収まっていた。

歴代魔王について記した本である。

読んでいたのは一年半ほど前だろうか。

そのずっしりとした本を引き抜き、立ったままパラパラとページをめくった。

見覚えのある記述が懐かしい。

そして本の終わり近く、最終章に差し掛かったところで、折れたページを見つけた。

私は、このページの折れた理由に心当たりがある。

魔王が、夜更かしした私からこの本を取り上げたときに折れたのだ。


「本が元の世界と繋がってるって…」


そういうこと?

状態すら同じ?


それなら、本に伝言を書けば、元の世界で同じ本を読んだ人に届くのかもしれない。

しかしマナエル曰く、書物への書き込みは厳禁とのこと。

たくさんの本に書き込みをすれば直ぐにバレてしまうだろう。

じゃあどの本に、何を書き込むべきか。


実は、元の世界に戻る方法には一つだけ、心当たりがあった。

こちらの世界にいる私一人ではどうしようも無く、諦めていた方法だ。


私はそれを、少しだけ悩んで、この伝記の最初のページに書き込むことにした。




書き込みをしてから、二日後。

ぼうっと庭園を眺めていた夕暮れ前。

私の後ろ襟が突然、強く引き上げられた。

息が詰まり、内臓の浮く感覚。

そして次の瞬間、私は、木張りの床に打ち付けられていた。


「エディ〜〜〜!!!心配したんだよ〜〜〜!」


すかさず聖女さまから抱き締められる。

ここが大教会であることは直ぐにわかった。

神が人間に与えた術式によって、私は元の世界に呼び戻されたのだ。


「一体今まで、お前どこにいたんだよ」


正面には、呆れた表情を浮かべたジークが立っていた。

戻ってきたのだとじわじわ実感しながら、


ジーク?

勇者?


ジークにこうして声を掛けられた状況への違和感を感じる。

でもあの伝言を見つけられるのは魔王だけであるはずだ。

「聖女さま、魔王は」と言いかけて


「アメリア」


後ろから聞こえた魔王の声に、私は口を閉じた。


「僕、話したいことあるんだけど。先にいい?」

「あ、レオ、ごめんなさい。私、つい」


聖女さまが「じゃあまた後でね。ごゆっくり♡」と私に耳打ちし、立ち上がる。

ここに魔王と勇者と聖女さまがいるというのはどういう状況なのか。

そして魔王の声色は全然『ごゆっくり♡』というテンションではなかったと思うのだが、その辺り聖女さまはどう考えているのか。

恐る恐る振り向き


「ごめんなさ」

「あぁ、いいよ。謝らなくて」


先手を取ろうとした私の謝罪は、僅かに微笑む魔王に遮られる。


「僕、これからキミにすることを謝る気無いから」


私は腕でも折られるのかもしれない。

『ここに置いてやってるのが優しさ』というアースリットの言葉が、ふと思い起こされたのだった。

これで一先ず完結です。ブクマやご評価、ご感想などなんでも頂けると嬉しいです!読んでいただいてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
マナエルさんの言う『怖い話』がすごく気になりました!展開に引き込まれすぎてここに来るまで気付けなかったのですが、循環する三つの魂のお話から、十代目=十三代目で、アシナちゃんに七代目・十代目がお気に入り…
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