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決戦の日まで、私と魔王はろくに話すことがなかった。

きっとお互いに避けていたのだろう。

死んでしまえば、もっと話しておけば良かったと後悔するのだろうか。

いまいち実感が湧かなかった。


決戦の場は、魔王城から少し離れた位置にある古跡に決まったらしい。

かつての二代目魔王が、勇者と戦った場所であるそうだ。

付いて来たい人だけ来ればいい。

それが、魔王軍の中でもそこそこ戦える者たちに向けて出された、魔王からの指示だった。

それでかなりの人数が付いていったというのだから、魔王は幸せ者だろう。


魔王の死後を預かる『伴侶』が、決戦の場に呼ばれることはない。

その役割を考えれば当然のことである。

そうでなくても私なら、実力不足で呼ばれなかったかもしれないが。


ということで私はこうして、こっそり隠れてやって来た。

視界にかかるフードをずらそうとしたところ


「アカンて。キミ、今死んだらシャレならんから」


ウーリィに頭ごと押さえつけられる。

「見ても面白ないで」と釘を刺され、大人しく下を向いた。

私の着ているこのローブ、ウーリィの強化がかかっている。

これで体感、七、八割の攻撃は防げるとのこと。

その言葉を信じ、魔王軍と神聖軍による交戦の最中を突っ切っている訳なのだが、なるほど確かに無事である。


「おっ、いたいた。おーい」


騒乱の中を暫く進んだところで、ウーリィが目的の女性を見つけた。







「戦場には連れてったってもええけど、そっからどうすんの?」

「…そこで魔王を探して」

「んで近付くって?無理やで。勇者とバチバチに戦ってるとこに突っ込んでったら、巻き込まれて死んでまうわ」


正直、その辺りは深く考えていなかった。


「…なにか、ありますかね。近付く方法」

「無いやろ。ボクでも嫌やわ、近寄るの。キミなんてただでさえ出来ること少ないのに」


一瞬の間を空けて、ウーリィが「あ」と口を開いた。


「…魔王ってな、天才やねん」

「天才?」

「そう。魔力操作の天才。めーっちゃ遠くの針に糸通せ言われても楽勝やろし、その魔力出力にも一切無駄がない。性格もそうやけど、繊細やねん。キミと違って」

「ん?」

「そこで、や。魔王よく、空間を飛ばすやろ」


空間を飛ばす?


「空間を移動するやつですか」

「そう。空間を『飛ばしてる』らしいで、よーわからんけど。でも、あれ、ほっとんど魔力使ってないねん。キミでも出来るくらい」

「あ、じゃあ私も、空間を飛ばして?近付いたらいいっていう」

「アホ。あれできんの魔王だけや」


アホと呼ばれたことに対する不満を顔で示す私に、「でもな」とウーリィが付け足す。


「真似は、出来るかもしれん」

「…まね?」

「あのタヌキちゃんの趣味悪〜い魔法の中にな、一個、面白いのがあんねん」


そう言ってウーリィは、自らのキツネ顔を嬉しそうに歪ませた。







「上手くいくとは思えないんだけどォ」


ディーバが口を尖らせる。

彼女の周りには、神聖軍の兵士がいくつも転がっていた。


「わからんで。この子、運ええから」

「…私って運いいんですか?」


ウーリィが言うには、ディーバの使えるデバフの中に『ミラー』というものがあるそうだ。

これは、指定された相手の魔法行動の『真似』しか出来なくなるデバフであるという。

ただもちろん、魔力出力の足りないものは真似が出来ない。

真似をするものは、自分の出力で再現可能なものに限られる。

しかし、出力さえ足りていれば、本来は使えないはずの魔法も真似をしてしまうらしい。

つまり私が魔王の『真似』をした場合、高出力の通常魔法は真似をしないものの、低出力の空間移動は真似が出来てしまうということだ。

苦戦を強いられた魔王が、勇者から距離を取ろうとすることはまぁあり得るだろう。


「…でも、これ未だに疑問なんですけど、魔王の空間移動を私が真似できたとして、同じ場所に移動するんですかね?」

「だからそこは運やって!」


運でなんとかなるものなのか。

それでも、これしか方法が無いのだから仕方がなかった。


こちらまでやって来たディーバが、私の額を中指で弾く。


「今、かけてあげたけどォ。五分くらいで切れちゃうから。それで無理なら諦めてね」


私は、おでこを擦りながら


「…ありがとうございます」


とお礼を言った。

デバフの実感は何もない。

しかし「ふん」と鼻を鳴らした彼女が、嘘をついているようには見えなかった。


さて、チャンスは五分だけであるらしい。


「それじゃあ、もう少し近付いてみますね」


私は「本当にありがとうございました」と言い添え、その場を立ち去ろうとした。

しかし


「ちょ、ちょっと待って!」


ディーバが、私のフードをぐいっと引っ張った。


「このローブなに?こんなのでここ歩ける訳ないじゃん!」

「えっいや」


これは体感、七、八割防げる優れたローブであると聞いている。

説明を求めて、ちらりとウーリィを見た。

彼は「そんな酷ないと思うけどぉ?」と言いながら、見事に目を逸らした。


「そんなん言うんやったら、キミやったってや」

「はァ〜???」


ディーバが大きな声で呆れ返る。

そして「ほんっと知らないからね」と言い捨てた彼女は、私の背中をパシリと叩いた。

その瞬間、私のローブがふわりと温かくなる。


「ほんじゃ気ぃつけて。時間無いで」


私は、顔だけで半ば振り返り、二人に向かって小さく頭を下げた。




ロイは私に、『力を使うということがどういうことか全く理解していない』と言っていた。

今の私は、その意味が少しだけわかる。

力を使うとはきっと、物事の結果を変えるということなのだ。

そのとき『諦めない』などという精神論に意味はないのかもしれない。

そこでロイは、自らが死ぬ結果を選んだ訳なのだが、今となってはその理由にも思い当たることがあった。

もしまた会えたら、合っているか聞いてみようと思う。




魔王と勇者が戦っているであろう砦のすぐ近くまでやって来た。

この辺りはまだ、かつての建造物の名残りを多く残している。

その中で、手近な瓦礫に背中を預けた。

爆発音と振動はひっきり無しに続いている。

どこが崩れたということでもないのだが、周囲には砂塵が零れ続けていた。


デバフがかけられてから、もう五分は経ってしまった気がする。

しかしまだ一度も、魔王の『真似』らしき行動は取っていない。

何らかの見込み違いで上手くいかなかった可能性もあるし、そもそも魔王が空間移動をしていない可能性もあるだろう。

幸い、魔王と勇者の戦いはまだ続いているようだ。

魔王に会う別の方法を考えなければならない。


良案の浮かばない中、一際大きな、まるで地鳴りのような音が聞こえた。

それに少しだけ遅れて、地面が激しく揺れる。

これまでとは明らかに異なる様相。

戦いの決着がついてしまったのかもしれない。

私の心臓がバクバクと動いた。

とにかくもう少しだけ近付こう。

そう思って身を翻した、そのとき。

私の後方から


ドサリ


と音がした。


「…ぁ」


振り向くとそこに、崩れた石壁にもたれかかる魔王がいた。

全くもって無事には見えない。

肩で息をしているし、体の至るところに傷がある。

左上腕の刀傷は特に深そうだ。

それでも私を見て、「…は?」と驚く余裕はあるらしい。


魔王の反応からして、彼がここに移動したのは偶然であるのだろう。

どうやら私は、本当に運が良いようだ。

魔王に会えたらどうするか。

それはもちろん決まっていた。


魔王に近付く私の足取りは、思ったよりもしっかりとしていた。

それに私自身が励まされる。


「なにし…」


もう魔王は、目と鼻の距離にいる。

その胸倉を引き寄せた私は、魔王の口を、自らの口で塞いだ。

そして魔王の唇に歯を立てる。

わずかに苦い、鉄の味がした。

少しだけもったいぶって、口を離す。

瞼を開けると、茫然とした魔王と目が合った。


「…『私の魔力』を、『好きな人』に」


『譲り渡す』。

私の思考が、声に先行する。

そのせいで、最後の言葉を言わないまま、私の魔法が発動した。


譲渡する魔力量は目で調節出来るそうだ。

しかし私には、そんな上等な目など備わっていない。

私が渡すなら『全部』ということになる。


それでも魔王を助けたいと思ったのだ。

これが私の選んだ結果だった。

その結果を見届けないのは責任逃れになるのかもしれない。

でもそれは、自ら死を選んだロイも同じだろう。


魔力を全て譲り渡した私の意識は、そこでブツリと途切れることになる。



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― 新着の感想 ―
魔王様繊細な性格だったんですか?!最初の寝顔を見ていたところからずっと、逃げ出したり戻ってきたりなエディに何を思っていたんだろうと掻き立てられました!以前に「ずっとここにいてくれる?」と尋ねて二度と口…
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