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しばらく続いた入軍研修も終盤に差し掛かった。
ここ一週間は、第四師団の一部隊に入り、魔物討伐などを経験している。
拠点は、人間界との境界付近にあり、こういった地方には、上級の魔物が沸きやすいそうだ。
魔王とはすでに顔を合わせてしまったので、もう勤務地に拘る必要は無い。
しかし、カーブのような村の助けになるのであれば、変わらず地方で従軍したいと考えていた。
昨日から続く仕事を終え、拠点に戻ったのは夕方のこと。
魔物の生息調査も兼ねてということで、丸一日以上、森に籠もっていたのだ。
流石に疲れてしまった。
夕飯の手伝いを諦めた私は、大部屋で寝転がっていた。
そのとき、拠点内に警報音が鳴り響いた。
警報を聞いたのは初めてではない。
拠点に魔物が入ったときに作動するのだそうで、三日ほど前にも鳴っていたのを覚えている。
しかし、そのときと今日とは音が違った。
「これ、魔物ですか?」
同じ部屋にいた先輩に尋ねる。
「いいや。多分、神聖軍だね」
思わず「え」と言葉が漏れた。
神聖軍って直接殴り込みに来るものなのだろうか。
田舎の村のみならず、魔王軍の拠点に?
色々とわからないまま、先輩に付いて外へ向かった。
外では既に全面戦争なのだろうかと思いきや、そういう訳では無いらしい。
表には人集りが出来ており、神聖軍もかなりの数が居る。
ただ、その中央では話し合いが持たれているようだ。
「エディ!中、戻って!」
「へ?」
そこで見知った仲間から声をかけられた。
「エディを連れ戻しに来たって!」
「神聖軍が?」
「違う、勇者だよ」
「え?」
勇者?
思ってもみない名前を聞き、私は言葉を失った。
そんなの自分で確かめざるを得ない。
静止されるのを振り切り、私は人混みの中に身を差し入れた。
人々の間からまず見えたのは、こちらに背を向けるイライ部隊長。
そしてそれと向き合うのは、匂やかな金の短髪に、水色の目をした男。
間違いない。
そこにいたのは勇者であった。
二人の会話は聞こえない。
しかし、イライが何らかの説得を試みているのだとしたら、それは無茶だ。
あいつは人の、あまつさえ魔族の話を聞くような奴ではない。
案の定、勇者がイライに向かって聖剣を向けたのは、直ぐのことであった。
そのまま見ていられるはずもなく、私は最後の人垣をかき分けた。
「おいっ、エディ!」
イライの怒声が響く。
それに被るように、私は「ジー、久しぶり」と言った。
ジーは、勇者ジークハルトが子どもだった頃の愛称だ。
近頃はジークとしか呼んでいなかったのに、我ながら稚拙な媚の売り方だった。
私を見たジークは「お前、ほんとに…」と小さく呻き、苦々しく顔を歪めた。
そして構えていた剣を、地面へと突き刺す。
「お前、自分が何してんのか、わかってんのか」
「…わかってるよ」
「わかってないだろ!」
その大きな声に、思わず肩が跳ねた。
ジークの身体は以前より大きくなったように見える。
「魔王に味方するってことは、魔物がこれ以上増えてもいいって言ってんのか。大勢の人間が死んでもいいって?」
「でも、それ、魔王のせいとは限らないでしょ」
「現にこれまで、魔王が死ねば、魔物が減ってんだよ」
「…魔王が死ねば、聖剣だって折れるじゃない。その聖剣が折れれば、魔物が減るんじゃないの」
「はぁ?!お前、本気で言ってんのか?!」
ジークとはよく言い争いをしたものだ。
往々にして私たちの意見は交わらず、私がジークを怒らせて終わるのが常であった。
しかし今回ばかりは、これで終わりというわけにはいかないようだ。
ジークは大きく溜息をつき、
「エディ、帰るぞ」
と言った。
「…帰るって」
「決まってんだろ。教会に帰るんだよ」
「それは絶っ対、無理!」
教会なんぞに帰ったら、今度こそタドラ大司教に殺されてしまうだろう。
「俺も一緒に謝ってやるから」
『してやる』という勇者の言いぶりが気に食わない。
むしろ、こちらが教会に謝ってほしい方だと言うのに。
「とにかく私、帰らない。もういいでしょ」
「ダメだ。帰るぞ」
「出ていって」
「ディー」
ディーは、私が子どもだった頃の愛称だった。
ジークはきっと間違っていない。
今回だって、魔王が倒されれば、この世界は上手くいくのだろう。
それでも私は、魔王が悪い奴じゃないと知ってしまったのだ。
一人くらい、魔王の味方をする人間がいてもいいじゃないか。
「…放っといて」
そう言ってジークに背を向ける。
すると、地面から剣の引き抜かれる音がした。
諦めて帰ってくれるのだと思った。
「いいや、連れて帰る。無理矢理にでも」
しかし聞こえてきた物騒な言葉に再び振り向くと、そこには聖剣を構えたジークの姿があった。
周囲の空気も俄に変わる。
ジークの率いる神聖軍が態勢を整え、それに応えるように魔王軍の面々が身動ぐ。
「ま、待って待って!」
私なんぞのために、皆を戦わせるわけにはいかなかった。
何よりジークは強い。
彼はもう三本の『柱』を倒しているのだ。
本気でやりあえば、この部隊は壊滅してしまう。
「エディ、これが最後だ。帰るぞ」
ジークから、刺すような視線を向けられる。
そんなのもう、従うしかなかった。
「…わかっン゙
「わかってない」
意を決した私の言葉が、遮られる。
後ろから回された手で、私の口が塞がれた。
声と、そしてふわりと漂うその匂い。
私の背後に立つのが誰なのかは、直ぐにわかった。
「魔王ッ…!」
ジークの顔に憎悪が滲む。
頭上から「どうも」という声が聞こえた。
「テメェ、エディを返せ!一体なに吹き込みやがった!」
「なにも。むしろ、出てったり戻ってきたりで、こっちが迷惑してるくらい」
二人の会話に割り込みたいのだが、私の口は押さえられたまま。
私の抗議の声は「ンンッ」と意味のない音になって、魔王の手の隙間を抜けていった。
「っていうか君には、先に連れ戻さないといけない人がいるんじゃないの?」
「ッ黙れ!エディが戻れば、アメリアも帰ってくるんだよ!」
「…あっそう」
それはどうだろうか。
「まぁ、近い内にどうせ戦うことになるんだ。今日は見逃してくれよ」
「うるせぇ!ここで終わらせてやる」
「でもまだお互い、攻撃通らないじゃん」
勇者は、魔王と戦うまでに四本の『柱』を倒す必要がある。
正確には、柱に眠る四体の聖獣の封印を全て解かなければならないという決まりがあるのだ。
それが終わるまで、勇者と魔王は『干渉』することが出来ない。
お互いの攻撃が通じないどころか、おそらく握手すら出来ないはずだ。
「んなもん、やってみねぇとわかんねぇだろ」
しかしジークは、聖剣を構え直した。
「君、話通じないね」
魔王が小さく息を吐き、「ここは僕たちが引こうか」と言った次の瞬間にはもう、周囲の空間が切り替わっていた。
私だけではない。
あそこにいた魔王軍の一部隊まるごと、魔王城に併設された軍のグラウンドに移ったようだ。
魔法を習いたての私には、その原理が一切わからなかった。
私の口元から、魔王の手がやっと離れる。
けれども魔王から
「君、人間界との境界側に近付かない方がいいよ。もう面倒見れないから」
こんなに突き放されてしまうと、何の言葉も出てこなかった。
魔王にも、こちらと会話をする気はさらさら無いようだ。
城に戻るであろうその背中を、私はただただ見送った。
『君』って、せめて名前で呼んでくれたっていいじゃないか。
ディーバのことは名前で呼んでいたくせに。
「そういえば、ちょっと名前、かぶってるし」
魔王の姿がすっかり見えなくなってから、私は一人呟いた。
配属の希望は、第四師団で出した。
勤務地は、人間界から最も離れた、魔界の端っこを希望した。
カーブと同じく地方と呼ばれるところだが、こちらであれば勇者の立ち入りは難しい。
第四師団と地方勤務にこだわったのは、自分でも上手く説明できないプライドがあったのだと思う。
しかし結局、本配属として言い渡されたのは第二師団だった。
第二は、魔王城に張り付きの部隊である。
第四であれば希望が通りやすいっていう話はどこに行ったんだろう。
五日くらい更新お休みします。




