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魔族の魔法とは、有効な対象に、有効な指示が出されたときに初めて発動するものであるらしい。
何が有効であるかは使用者によって異なるそうで、またその有効にも程度がある。
つまり、ど真ん中の指示が出せれば威力が大きく、やや外れた指示だと出力が小さい。
私には『あっちに行って』が一つ有効な指示であるのだが、しかし果たしてこれが百点満点中何点ほどの指示なのかは判然としない。
「じゃあ、十分休憩ー!」
教官の声を聞き、私はその場にバタリと倒れた。
軍の訓練に参加するのにはもう慣れた。
しかし魔法を使うのには全く慣れない。
少し練習をしただけで貧血のような目眩に襲われる。
先輩曰く、魔法の精度の問題で、つまり的を得ない指示で無理に魔法を使うから効率が悪いのだそう。
そうは言ってももうけっこう練習している訳で、もしかして
「キミ、才能無いなぁ」
空を映していた私の視界に、見たことのない男が顔を覗かせた。
そして私の思っていたことを言った。
服装からして、魔王軍の先輩だろう。
「それは、どうも」
「あ、褒めてないで?」
そんなことはわかっている。
目を逸らすように、横向きに体勢を変えた。
「…なにかコツとかあれば、お願いします」
「コツなぁ。ボク、あんま教えんの上手ないねん」
何しに来たんだコイツ。
「でも、魔力量は正義やで。キミ、えげつない量持ってるやん」
「わかるんですか?」
「わかる。ボク、目がいいねん」
誰かも同じようなことを言っていた。
上体を起こし、男の顔を確認する。
その目は切れ長で、何色の瞳かよくわからなかった。
「どれだけ魔力があっても、使えないと意味ないじゃないですか」
「それはそーやけどなぁ。でも例えば魔力120の防御と、魔力100の攻撃がぶつかったらどうなると思う?」
どういう単位なんだろうと思いつつ、
「攻撃が通らない?」
と答えた。
「そう、正解。通らへん。じゃあ、120の攻撃と100の防御がぶつかったら?」
「…攻撃が20通る」
「いいや、攻撃が120通るねん」
魔力100が魔力120と戦ったとき、魔力100の攻撃は一切通らず、逆に相手の攻撃は全て貫通する?
「つまり、魔力100は、魔力120にどうやっても勝てへん。だから、魔力量はいっちゃん大事」
「…魔力量に差があれば、戦うまでもない?」
「いやキミみたいに、魔力量と出力にエライ差があったらちょっと話変わるよなぁ。まぁ第一、魔力量を見れる奴がそうおらんからな」
たしかに私には、自分はもちろん、相手の魔力量がどの位かなど一切わからない。
その場合は結局、戦ってみるしかないということなのだろう。
「にしても」と言って、男がこちらに顔を近づける。
「キミの魔力、ホンマ変わってんな。量がエグいのはもちろんやけど、タチが全然合ってへん」
タチ?
質?
「それに、それ、普通の魔力ちゃうやろ。なぁ、もうちょっと見」
「ウーリィさん!」
目の前の男性に、声がかかった。
ウーリィといえば第二師団の団長の名前である。
「何?」
「呼ばれてます」
「は?誰に?」
「魔王様です」
「は?誰って?」
「魔王様です」
「…は?」
「だから、魔王様です」
「そんなんボク、今まで呼ばれたことないねんけど」
「じゃあ今初めて呼ばれたんでしょ。早く行ってくださいよ」
ウーリィは「なんかめっちゃ嫌やわ」と言い残すと、私の近くを離れていった。
一体何をしに来たんだろうと思いつつも、余計な詮索をされずに済んで一先ず安心した。
程なくして訓練が再開された。
後半は、武器の強化から。
木剣を手に色々と念じてみるものの、いまいちしっくりくる指示が無い。
上手く強化できた木剣なら、目の前の金属鎧くらい軽く叩き割れるそうだ。
しかし私の魔法では、傷すらつかなかった。
ふとウーリィの話を思い出す。
『魔力量の少ない者は、魔力量の多い者にどうやっても勝てない。』
それであれば、魔力量を増やすことのできたロイが、史上最強と呼ばれる理由もわかる。
では神聖力が相手でも、『量』が絶対という話は変わらないのだろうか。
ロイには、勇者の神聖力が見えていて、それで絶対に勝てないと思っていた?
でもそれなら、勇者の神聖力以上に魔力を集めれば良かったのに。
そうこうしている間にも先輩達は、試し切り用に置かれた鎧をどんどんと壊していく。
かたや私の鎧は、無傷のままだ。
これだとまた、教官から目をつけられてしまうだろう。
教官があちらを向いている内にこっそりと、鎧の胴体部分に手を重ねる。
そして
『あっちに行って』
と願った。
すると鎧は、べコリと音を立て、大きくへこんだ。
こういった単純な魔法であれば、そこそこコントロールが出来るようになった。
木剣で切った傷には見えないが、まぁバレることはないだろう。
正攻法にこだわる必要はないのだ。
そう思った。




