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朝食から程なくして、魔王城の中の図書館に向かった。

円形の吹抜けを囲み、四階までびっしり書物が並ぶその光景はどこか異世界のようで、何度見ても圧巻である。


「こんにちは」


まずは、入口近くに座る司書へと声をかけた。


「あら、お姫さま。いらっしゃい」


薄緑色の髪を緩く束ね、伊達にしか見えない黒縁眼鏡をかけたその女性は、マナエルさんというそうだ。

彼女は私のことを『姫さま』と呼ぶ。


「本探し、お手伝いしましょうか?」

「ありがとう。でも、この前と同じ本を読むから大丈夫」

「そうですか。それじゃあ、ごゆっくり。書物への書き込みは厳禁ですのでお気をつけくださいね」


マナエルに緩く見送られながら、書架の列へと足を踏み入れる。

忽ち、紙とインクの、どこか埃っぽい匂いに包まれた。

書庫の淀んだ空気は、不思議と悪い気がしない。

お目当ての本は三階だ。

本棚の奥の、狭い階段を登った。

私が読んでいるのは、これまでの魔王の戦記、つまりは勇者によって滅ぼされた歴代魔王の記録である。

その分厚く、飾り気のない本は、数日前と同じ本棚にきちんと片付けられていた。


ここに書かれていることは、人間側で残された史実と大きく異なる。

毒殺したはずの七代目魔王は自殺したらしいし、最弱の十代目魔王は史上最強と讃えられている。

そんな記録の隔たりを味わいつつ、ただひたすらに文字を追う。

そうしている時間は、ここが魔王城であることを意識せずに済む気がした。


引き抜いた本を胸に抱え、隅のソファにボスリと腰を沈める。

膝を背にページを開きながら、顔にかかる髪をしっかりと耳にかけた。




本を読み始め、おそらく数時間。

四代目魔王の最期の記述に差し掛かったとき、


「君って本当、魔王の死に様を書いた本が好きだよね」


と声をかけられ、思わず肩が跳ねた。

後ろから覗き込む魔王に気付き、咄嗟で本を閉じる。


「そ、そそそういう意味で見てるんじゃありません」


悪意があって読んでいた本ではないのに、変に動揺してしまう。

そんな私を誂うように、魔王は「ふーん」とニヤついた。


「じゃあ、どういう意味で読んでんの」

「…伝記を読むのは、いいですよ。どうしようもないときの手掛かりが見つかったり」

「その本に載ってるのは、どうしようもなくて死んだ奴らばっかりだけどね」


それはそうなのだが。


「まぁなんでもいいけど。今日の読書はこれで終わりね。大好きな魔王様とお茶しよう」

「あっ」


魔王が私から本を取り上げる。


「あの、もう少しだけ」

「ダメ。昼食も食べてないんでしょ」

「お腹空いてないので」

「ダーメ。本はまた今度」


その『今度』がもう来ないだろうから粘っているというのに。

しかしもちろん、そんなことを口に出せるわけもない。

諦めた私は、差し出された魔王の手を遠慮がちに取って、ソファから立ち上がった。


「ごめんね。僕、本に妬いちゃって」


そんな器用な奴がいてたまるか。

悪びれる様子のない魔王に、胸中で文句を言う。


「…お仕事って、終わったんですか?」

「あー、いい質問するね」


実に終わってなさそうな返事である。

この様子なら、お茶の後じきに解放されるだろう。

それならばまだ気が楽だ。

歩き出した魔王の後に続き、私は図書館を離れた。




紅茶を一杯付き合ったところで、魔王は執務室へ強制送還となった。

想定通りの早いお開きに安堵する。

そのまま自室に戻ると、なんだか嬉しそうな顔をしたアシナに出迎えられた。


「聖女さま、こちら魔王様からです」


そう言って、さっきまで読んでいた本を手渡される。

「つい先程、魔王様が置いていかれました」とのこと。


「これ、部屋で読んでいいの?」

「はい!ただし、一時間に一回適度な休憩をとるようにとおっしゃってました」


私のこと、子どもだと思っているんだな?

まぁなんだっていい。

せっかくの好意は有り難く受け取ろう。

椅子に座り早速、本を開き、読みかけのページを探した。


「聖女さま、お気に入りの魔王様はおられますか?」

「お気に入り…」


この本をそういうテンションで読んでいると思われるとは心外である。


「まだ途中までしか読んでないけど…うーん、十代目とか七代目とか」

「ですよねー♡」


アシナがにっこりと微笑んだ。

なにが『ですよね』なのかわからない。

もしかしたら彼女の押し魔王と一致したのかもしれない。




そこから断続的に読み進めたその本は、就寝後のベッドで最終章を迎えた。

そして、夜更かししていることを見咎めた魔王によって、無事没収されたのだった。

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