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部屋の扉が閉まったとき
「…珍しいこともあるもんだな」
オーストがポツリと呟いた。
「まぁ、でも良かったじゃないか。念願の魔王が見れ…は?」
「なんで泣いてんの?」と言われたところで、理由は自分でもわからなかった。
わかってたまるものかとすら思っていた。
「…魔王さま、出てこないって言ったじゃないですか」
「え?それは」
「来訪者も、殆ど来ないって、言ってたじゃないですか」
「…いや、それはまぁ、すまん」
八つ当たりにも程がある。
それなのに謝ってくれたオーストに、私は少し笑ってしまった。
それからオーストは、暫く黙っていた。
そして、私が落ち着いたのを見てから、色々と話をしてくれた。
魔王は、勇者との戦い前に、伴侶を決めることが一般的であるそうだ。
魔王の死後は、その伴侶が魔界の政治を引き継ぐ。
無用な権力闘争を避けるため、その伴侶には、そのとき最も『強い』女性が選ばれるのが通常だという。
そこで今、魔王の伴侶の候補筆頭が、あのディーバなのだとか。
こんなことを教えてくれたのだ。
きっとオーストは、私の泣いた意味を薄々理解したのだろう。
魔王とディーバに泣き顔を見られなくて、本当に良かった。
途中休憩は取りつつも、警備をしながら待つ夜明けはあっという間だった。
我々と入れ替わりとなるメイドがやって来たとき、その傍らに、見たことのある男性を見つけた。
オーストが乱暴に、その男性の肩を組む。
「おい。ディーバが入ったっきり、出て来てない」
「ディーバが?魔王様の部屋に?」
「そう」
「いつから?」
「いつ…昨日の晩の十時くらいからじゃないか」
「え?は?それで出て来てない?魔王様が部屋に入れたんですか?」
「そうだよ。なぁ?」
オーストが私に話を向ける。
そう、私もオーストも、ディーバが出てきたところを見ていない。
私は、大きく一度、縦に首を振った。
「そんなこ…え?は?というか、貴女って」
私の顔を見て、男性はその眼鏡の奥の目を丸くした。
魔王はきっと今日も、書類仕事を溜めているのだろう。
魔王の部屋が開かれるところなど、見ていられるはずもなかった。
私は逃げるように、警備の仕事を切り上げた。
宿舎に戻り、シャワーを浴びる。
そしてベッドに倒れ込むと、いつの間にか眠っていたらしい。
次に私が目を覚ましたのは、部屋のドアを叩く遠慮がちな音が聞こえたときであった。
「エディさん、おられますか?」
宿舎の管理人の声だ。
こうして部屋に来るのは珍しい。
寝起きの見た目を気にしながらも、
「はい、なにか…?」
とドアを開く。
「あ、すみません、エディさんのお知り合いだという方が表に来ておられてて」
「知り合い?」
「はい、アメリアさんという方。ご存知ですか?」
「っすぐ、行きます!」
そこら辺に置かれた上着だけを引っ掛けて、私はすぐに部屋を出た。
アメリアなんて知り合いは一人しかいない。
エレベーターの開閉にも焦れる程に急いだその先には、
「聖女様?!」
「エディ〜!久しぶり」
夢にまで見た聖女様がいた。
「な、なんでこんなところに?ここ、魔界ですよ」
「あら、そういうあなたもここに居るじゃない。住んでるんでしょ?」
「いや、そうなんですけど」
この飄々とした様子が懐かしい。
会うのは一年以上ぶりだというのに、見た目もほとんど変わっていない。
いやこれで既婚者だというのだから驚…
「…聖女様、もしかして」
「なぁに?」
「勇者と、上手くいってないんですか?」
勇者はまだ、ここに来ることはできない。
『柱』を倒し終えていないからだ。
聖女様は、にっこりと微笑んだ。
「さすがエディ、よく分かるわね」
「っていうことは」
「そう。私ね、逃げてきたの。勇者様から。もう無理かも?」
未だかつて、勇者と離婚した聖女はいない。
勇者と聖女は聖婚なのだ。
「…それって、深刻なやつですか?」
上目遣いで尋ねる私に、
「そう、深刻なやつ!」
聖女様は嬉しそうに答えた。




