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「魔王さまは、本当に出て来られないんですよね」
「お前、しつこいな。出て来ないって言ってるだろ」
オーストが「これだから女は」と、眉根を潜めて付け足した。
オーストは、魔王軍の先輩兵である。
二メートルはあろうかというガタイの、さらに強面の男性だ。
しかし意外と恐くはない。
彼が私に、魔王の私室警備のいろはを教えてくれるそうだ。
警備は、二人一組で行う。
そして、夜番のメイドが下がったときから始まり、朝番のメイドが来たときに終わる。
その間、我々がすることと言えば、部屋の前で専ら立っているだけであるという。
魔王から何か言われることはまず無いし、来訪者が来ることも殆ど無いらしい。
「ポイントは寝ないことだな。寝てさえいなけりゃ、ここで起きる大抵のことには気付ける」
オーストから中身のない助言をいただいたところで、私の初めての警備任務が始まった。
僅かに明かりの落ちた廊下を見ながら、ただ立っていること暫く。
それは、まだ足の疲れも感じていない時分だった。
「こんばんはァ。二人とも、お疲れさま」
殆ど来ないと聞いていたはずの来訪者が現れた。
肩にかかる紺色の髪に、薄っすら赤い目をしたその女性は、魔王軍の制服を着崩していた。
「オースト、通して」
彼女がその甘い顔を傾ける。
その仕草に思わずドキリとした。
しかしオーストは、にべもなく頭を振る。
「だからダメだっつってんでしょう。何度来ても同じです」
「え〜」
「ここを通したところで、どうせ追い返されますよ」
女性は、私とおよその年齢が同じに見える。
それなのにオーストが敬語を使うのだ。
魔王軍の中での地位が高いのだろう。
二人の会話はテンポ良く続く。
「でももしかしたら今日は、魔王さま、ご機嫌良いかもしれないじゃない?」
「あのね、機嫌悪かったら俺らも怒られるでしょうが。そんな賭けに巻き込まんでください」
「え〜。ほんと頭固いなァ」
女性の口が小さく尖った。
しかしすぐに「あ」と口を開くと、
「じゃあ、新人ちゃん。通して?」
彼女は私に、顔を向けた。
オーストが駄目だと言っているのだ。
だから通せるはずもないのだが、
「あ、えっと…」
急に振られた話に、私は思わず口籠った。
それに付け込むように、
「私ね、けっこう顔効くの。君、まだ配属決まってないんでしょ?ここ通してくれたら、どこにだって口利いてあげる」
彼女はスラスラと話を進める。
「口利きとかは、特に」
「ね、どこ志望?教えて?」
「いや、志望も…」
むしろ、今ここで彼女の不興を買い、変な配属先をあてがわれることの方が怖い。
どう対応すれば良いのかわからず、私はオーストにチラチラと視線を送った。
彼の表情に『お前そんなのも対応できなくてこの先どうすんだよ』という言葉が浮かぶ。
それなら予め『寝ないこと』以外の助言も欲しかった。
オーストが、呆れたように一つ、溜息をついた。
彼は渋々、何らかの助け舟を出してくれようとしたように見えた。
丁度そのとき
「何?誰?」
魔王の部屋の扉が開いた。
ややのんびりとした言葉に続き、部屋の主が姿を見せる。
見上げるほどの長身。
そして思わず息を呑む顔立ち。
私の記憶がぶわりと蘇る。
会わないようにと思っていたはずだった。
それなのにその顔から、視線を逸らすことができなかった。
そんな私を、魔王の目が映す。
しかし
「ディーバ、また来たの。懲りないね」
「魔王さま、こんばんはァ」
何も、起きることはなかった。
「何か用?」
「ちょっと、お話しに」
ディーバと呼ばれたその女性は、品を作り、魔王にニコリと笑顔を見せた。
「話ねぇ」
「すみません、ダメだって言ってんですけど」
オーストが、魔王よりも大きなその体をわずかに丸める。
「…いや、いいよ。少し話そうか」
「え?」「え〜!やったァ」
オーストの声に、ディーバの弾んだ声が重なった。
「どうぞ、入って」
魔王が、彼女のために部屋の扉を開く。
ディーバは小さく「お邪魔します」と言って、そして私とオーストに向かって笑顔で手を振った。




