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あんなに諦めの良かったカーブの村人達でさえ、どうしても諦められないものがあったのだ。
私にはそれが眩しかった。
ロイがぽつりと尋ねる。
「…そういった諦めない人と自分は、何が違うと思いますか?」
何が違うか?
性格だと言えばそれまでだろう。
しかし、神聖力があったときには『こんなこと』で悩むことはなかった。
「私、聖女だったそうです」
「へぇ?」
「でも、神聖力が無くなってから、なんというか、自分に自信が無くなっちゃって」
「…それなら力が戻れば貴女も、困難な状況を諦めなくなるんですか?」
そう言われると、『これ』と『それ』とは話が違う気もする。
その一方で、自分に自信が持てないから、何事も諦めてしまうのだとも思える。
私が答えられずにいるのを見て、ロイが声を殺すように笑った。
「貴女、浅はかで可愛いですね」
「あさは…え?なんて言いました?」
「聖女だったのに、力を使うということがどういうことか、全く理解していない」
ロイは、私の問いを無視して立ち上がり、
「それなら、僕の魔力をあげましょう」
焚き火のこちら側まで歩いて来ると、私の隣に腰を下ろした。
思わず少し離れようとした私に、ロイが上体を傾けさらに距離を詰める。
「僕の能力は知っていますか?」
「…能力は、『譲受』だと」
十代目魔王には、『譲受』の能力があったそうだ。
彼は、他の魔族から、魔力の譲渡を受けることが出来た。
つまり、ほぼ無限に自らの強化が可能なのである。
これこそ、人々が彼を史上最強と呼ぶ所以であった。
「そうです。でもこの『譲受』、契約があれば逆に、僕の魔力を譲り渡すことも出来るんですよ」
「譲り渡す…」
「貰った魔力は、自分本来の魔力に混ざると消えてしまうので、ほんの一瞬しか保持出来ません。でも貴女は、元の魔力が何らか封じられているようですので、もしかしたら持ち続けられるかも」
ロイの大きな目から、視線を外すことが出来ない。
私は今、真っ暗な森の中、唯一の光源たる焚き火の側で、魔王と二人きりなのだ。
この状況がなぜだか急に、怖くなった。
「も、貰えません」
「どうしてですか?」
「どうしてって。明日、勇者と戦うんですよね?私に魔力渡してる場合じゃ…」
「いいんですよ。どの道、勝てませんから」
「でも」
「あ、それなら、お礼に僕の言うこと一つ聞いてください」
一つ言うことを聞く。
そのとき、ふと、『あの』魔王の顔が浮かんだ。
「な、何でも一つっていうのはダメです」
「あれ?そう言えって誰かに教わりました?」
ロイが面白そうに口端を持ち上げた。
「まぁ、そんなに難しいことは言いませんよ。貴女に力があれば、困難な状況でも諦めないんだっていうところ、僕に見せてください」
「見せ…」
見せるって、どうやって?
そんな私の気持ちは、彼の笑顔で黙殺される。
「一つ注意ですが、もし僕の『譲受』が引き継がれても、使わないようにしてくださいね」
「…使える気がしませんけど、どうしてですか?」
「どれくらい貰うか、どれくらい渡すかは『目』で調節するんですよ」
ロイが自らの目を指差した。
その灰色の目は、焚き火の色を映して、わずかに赤みがかっている。
「目?」
「魔力は神聖力と違って、無くなると死んじゃいますからね。貴女が使うと、量の調整が出来ずに、殺しちゃいますよ」
「僕、目がいいんです」ではない。
そんなに恐ろしい力なら、気軽に分け与えないでいただきたい。
「あの、やっぱり私、遠慮し
その言葉を遮るように、ロイが、私の頭の後ろに手を回す。
「じゃあ、また会いましょう」
そう言って彼は、私の顔を引き寄せると、そこに唇を落とした。
何も考えられなくなった私の頭が次に知覚したのは、唇のわずかな痛み。
身をよじった私を宥めるかのごとく、その傷口にロイの舌が押し当てられた。
すっかり力の抜けた私の体は、そのままゆっくりと押し倒される。
上体が地面についたそのとき、私は『元の』野営地で目を覚ました。
同じ地平に、見知った村人達が見える。
空の色は僅かに白み、夜明けが近いようだ。
なんて言うことはない。
いつの間にか寝ていたのだろう。
その間に、唇を切ったのだろう。
何百年も前に死んだ魔王が、私に魔力を渡すなんて荒唐無稽な話だ。
魔力を得た実感も無い。
それなのに
『困難な状況でも諦めないんだっていうところ、僕に見せてください』
この言葉だけが、不思議なほどに現実的だった。
のそのそと起き上がる。
そして、ふらふらと歩き出す。
気付けば私は、村へと続く下り道を走っていた。




