22
村の外れには、小さい山がある。
そこには昔からの野営地があって、今でも猟師の間では使われているそうだ。
老人と子ども、そして女性の避難場所として選ばれたのは、その野営地であった。
大人が一様に落ち着かない中、状況を理解出来ずに燥ぐ子ども達もいた。
中央に作られた焚き火の周りを走っているのはダンとミークだろう。
二人はいつもふざけ合う。
一方で、大人達の雰囲気を察して不安げにしている子も居れば、おそらくこの状況をきちんと理解している子もいる。
『子ども達の先生』を自称しておきながら、そんな彼らにかける言葉も見つからず、我ながら呆れてしまう。
村の大人に混じることも出来ない私は、大きな木を背もたれに、山に響く夜鳥の声に耳を傾けた。
「せんせ」
その小さい声に気が付くと、前にカリンが立っていた。
熊の縫いぐるみを抱きしめた彼女は、目を伏せ、口をもごつかせている。
「どうしたの?」
努めて普通の声色で尋ねた。
しかし彼女は答えない。
「どこか痛いの?」
それでもまだ彼女は俯いたまま。
カリンが言いたいのは、そんなことではないらしい。
この年の子が、あえて私に言いに来たのだ。
そう考えると彼女は、『母親に言えないことを言いに来た』もしくは
「…お母さんは?」
『母親のことを言いに来た』のだろう。
「…来てない。お父さんと、お家に残るって」
私の考えは当たったらしく、カリンの丸い双眸がちらりと持ち上がった。
「来てないって、じゃあここまでどうやって来たの?一人?」
「おばさんと、いっしょにきた」
カリンの母親はどんな人だったか。
そんな私の思考は、彼女の「ねぇ」という可愛らしい声で遮られる。
「なに?」
「『おばさんの言うこときいて、みんなから好きになってもらえる人になりなさい』って、どういういみ?」
「…お母さんに言われたの?」
「そう」
それがどういう意味か。
村と人の価値さえ測りかねた私に、わかるはずもない。
「それは、お母さんが迎えに来るまで、おばさんの言うこと聞いて、お利口にしてなさいっていう意味でしょ?」
「…そっか」
彼女の目が、再び地面を映す。
きっとそれは、彼女の求めていた答えではない。
村は疎か、一人の少女にさえ出来ることの無い自分に、ほとほと嫌気が差す。
それを詫びるような気持ちで、立ち去る気配の無いカリンに「あのさ」と声を掛けた。
「先生、一人でちょっと寂しいな。ちょっとだけ、お話ししない?」
「…うん」
私の隣に、カリンがぽすりと座る。
距離を誤ったのか何なのか、カリンの腰が私にピッタリとくっついた。
子ども独特の体温を感じながらポツポツと、短い言葉を交わす。
一人じゃないことだけを確認するような、取り留めのない会話。
遠すぎる夜空の下、この繋がりに縋ったのはきっと、私の方だった。
夜が増々と深まった。
中央の火が落とされたことも相まって、辺りの温度が一段下がる。
うつらうつらとしたカリンは、彼女の叔母に手を引かれ、私の元を離れていった。
少ない明かりの中、目を凝らして見えた人影の多くは、まだ寝付けないでいるらしい。
私の重い頭も、眠る気はさらさら無いようだ。
それでも、目だけは閉じていよう。
そう思ったそのとき。
気付けば私は、『知らない場所に立って』いた。
反射的に周囲を確認し、いや、全くの見知らぬ場所ではないと思い直す。
ここはきっと、私がさっきまでいた野営地だ。
避難した住民もいない。
キャンプサイトとして整えられた部分も狭い。
それでも、木の生え方や土の色、そして遠くに聞こえる夜鳥の声は、あの野営地とそっくりであった。
夢を夢であると知覚できるのは才能だ。
もう少し支離滅裂なことが起こってくれないと、私には夢と現実の判断がつかない。
その『何か』が起こるのを、小気味良い焚き火の音を聞きながら、ただ待っていると
「あれ?君、誰?」
その『何か』は意外と直ぐにやって来た。
ほんの一瞬、魔王に声をかけられたのかと思った。
それなら、すぐに夢だと気付けたことだろう。
しかし振り向いた先に立っていたのは、大きな灰色の目が印象的な、線の細い、色白の男であった。
「いや、違うか。僕が呼んじゃったのか。でもそんな契約したっけ、人間と」
スラスラと独り言を言いながら、その男はこちらに歩いてくる。
その手には枝が集められており、この焚き火を起こしたのが誰であるかを物語っていた。
私の近くで立ち止まって、男は言った。
「わかりますか?僕のこと」
わからない。
年は私よりもやや上だろう。
男の顔を見たまま黙っていると、
「僕はロイベ・アダンって言いまして」
「…ロイベ・アダンって、もしかして」
「あ、ご存知ですか?そう、僕、魔王なんです」
男は人当たりの良い笑顔を浮かべながら、三百年前に倒された魔王の名を名乗ったのだった。
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