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集会所に一人の男が駆け込んできた。

膝に手をつき、肩で息をするその男は、


「村長を、呼んでくれ!」


と絶え絶えに声を上げた。

読んでいた本を閉じ、恐る恐る男に近付く。

少し離れたところから、「大丈夫ですか」と声をかけた。

男は、カーブでは見ない顔だった。

年は四十そこそこに見える。


「いいから、村長を、早く!」


別の部屋にいた村人達も、この騒ぎに気付いたようだ。

入口ホールに、ちらほらと姿を見せ始めた。


「私、村長、呼んできます」


男のことは他の人に任せることにして、私は村長の元へと向かった。




村長の家は、集会所から比較的近い場所にある。

運良く家にいた村長を連れて戻るのに、それ程時間はかかっていないはずだった。

それなのに集会所にはもう、それなりの人数が集まっていた。田舎とはこういうものである。


先ほどの男が、人集りの間から出てきて、村長の前に立った。

他の村人達もまだ、この男が何のためにやってきたのか教えてもらっていないのだろう。

カーブの住人は皆、不安と緊張の混じった表情で、男の言葉に耳を傾けた。


「俺はタミヤ村のもんだが、明日の朝、この村に神聖軍がやってくる」


周囲にぶわりと動揺が広がった。

神聖軍は、教会お抱えの軍隊であり、その戦力は王国軍を凌ぐ。

勇者の成長を支えながら、魔族の戦力を削ぐというのが彼らの役目である。


「一体、何をしに」


村長が苦々しく問う。

表敬訪問でないことは明らかだった。


「この前、勇者が二本目の柱を倒したのは知っているか。あいつら、その帰りの道すがら、村を襲撃して回ってる」

「…じゃあ、タミヤの村は」


僅かに瞳を揺らした男から「もう無い」と聞こえた。


カーブは、魔族側の戦力になり得ない田舎の村である。

神聖軍にとって、潰しておく意味は無い。

それでも、相手が魔族であるというだけで、彼らの襲う理由にはなってしまう。

それが、教会側から見える景色だった。


「ベッツもダメだ。間に合わなかった。火をつけられて、もう見る影も無い」


ベッツは、カーブからそう遠くない村だ。

歩いて半日と少し程度だろうか。

私もお遣いで行ったことがある。

あそこが襲撃され、燃やされたというのは想像できることではなかった。


「魔王軍は呼んだのか」


周囲の誰かが言った。


「呼んだ。でも、明日の朝に間に合うかはわからない」


だから逃げろ。

そう言い残して男は、カーブを出ていった。




男が去った後、カーブの住人達による話し合いが持たれた。

人々の話は、すんなりとまとまった。


「村を守るって、どうやってですか?!」

「エディ、落ち着きな」


私の肩に手を置いたツェリさんに、「だって」と食い下がる。


「神聖軍は、『上級の魔物を一人で倒せる』程度の力が無ければ入れないんです。つまり、私たちみたいな村人が束になったところで敵う相手じゃないんです!」


上級の魔物に襲撃されれば、田舎の村など一溜まりもない。

神聖軍と我々には、それ程の力の差がある。


「そんなこと、わかっている」


それにも関わらず村長は、いや周りの住民たちは皆、この村を守るために戦うのだと言う。


「わかってるなら、なんで…?」


縋るような私の言葉が、


「…余所者には、わからんさ」


村長に届くことはなかった。

そしてその後に続いた村人達の沈黙が、この村の意思を物語った。


この村のことだ。

私が口を出すことでないのはわかっていた。

それでも、こんなときになって初めて余所者扱いをするなんてあんまりだった。




集まった村人達が、『準備』のため、各々の家へ戻っていく。

ツェリさんも、私の肩をぎゅっと抱きしめ、集会所を後にした。

彼らの背中を見送る私に


「皆、この村が好きなんだよ」


と誰かが声をかけた。

年上の女性だろう。

世話好きの多い村なので、声だけでは誰か判断がつかなかった。

それでも、今の顔を見られたくなかった私は、振り向かずに応えた。


「じゃあ私は、この村の、皆が好きです」

「…だから、仕方ないよねぇ」


仕方ないわけがあるか。

村を諦めればいい話じゃないか。

それを口にすることがどれ程無神経なことであるのか計りかねた私を、腰の少し折れた女性が、ゆっくりと追い越していった。

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