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カーブは、小規模な農業と畜産で自給自足をする長閑な村である。
村で採れたものは須らく、村民で分かち合う。
分配を取り仕切る者はいないが、取りすぎる者もいない。
余ったものがあれば、近くの町まで売りに行くが、その売上金を分けるときですら、決まった分配ルールは存在しない。
各自が必要なときに、必要な分だけ、取っていく。
そんなやり方をしているくせに、私のような余所者にも寛容で、心配になってしまう。
ということで、この村に住み始めて一年が経った。
働かずとも暮らせてしまうのがこの村の恐ろしいところだが、いつまでもご好意に甘えている訳にもいかず、朝はこうして村のパン作りを手伝っている。
夜明け前から発酵を重ねたパン生地も、そろそろ焼き上がりだ。
カーブで毎日作られる固めのパンは、小麦の味がしっかりしていて、とても美味しい。
「エディ、見てなくてもいいんだって」
後ろから声をかけられた。
作業部屋からツェリさんが出てきたようだ。
「見てるの、好きなもので」
あと、甥っ子との結婚を勧めるダーナおばさんから逃げたかったもので。
それを誤魔化すように、ツェリさんに軽い笑顔を返した。
「もうそろそろですかね?」
「そうだね。もういい頃かな」
ならば取り出す準備を、と思ったら
「「せーんせーぇ!」」
今度は外から、弾んだ声が聞こえてきた。
もう九時であるらしい。
今日はパンの成形に時間がかかってしまった。
「もうちょっと待ってて」と言いながら、外で待つ子ども達と目を合わす。
窓越しに数えた子どもの数は、全部で十人。
「あれ?カリンは?」
「仔牛が産まれたんだってー!」
「そっか」
迷子でないなら、なんだっていい。
仔牛が産まれたからなんなんだというのは、さして気にならない。
「エディ、もう行っていいよ」
「え、でも」
「いいから。今日は人も足りてるからさ」
窯からパンを出すのは、意外と骨が折れる。
それでもここには、面倒な仕事を嫌がる人も、面倒な仕事を押し付けられて怒る人もいない。
「それじゃあ…、後はお願いします」
ツェリさんの申し出に甘え、私はエプロンの結び目に手を回した。
子ども達と一緒に、村中央の集会所に向かって歩く。
パン作りを手伝ったあとは、集会所で子ども達に勉強を教えるのが日課だ。
彼らが迎えに来てくれるのは、集会所への行き方を覚えられていなかった、まだここに来て間もない頃の名残であった。
民家と畑、牧草地が不規則に混じるこの村は、意外と広い。
「せんせぇ、今日はなにするの?」
「今日はね、重さのはかり方かなぁ」
「おれ、はかれる!」
子ども達から、「わたしも」「おれも」という賑やかな声が上がった。
私が彼らに教えられることは多くない。
文字の読み書きと、簡単な算数、あとは一般的な生活常識といった程度である。
しかしそれらは、この村で暮らしていくには十分な知識であるそうだ。
さらにタイミングの良いことに、先生代わりを長らく務めていた村人は、都会へ引っ越してしまったらしい。
そのため私は、『子ども達の先生』という私だけの仕事にありつくことが出来た。
おかげでやっと、地に足のついた心地がした。
授業を昼前に終えると、午後は集会所で、分配の手伝いをすることが多い。
と言っても、村人が勝手に取っていく物品の帳簿をつけるだけである。
ただし時々は、倉庫の中を探す手伝いもする。
「見つからないですね」
帳簿上、葡萄酒は三本残っているはずだった。
しかし、酒類の棚でも、飲料の棚でも、そして調味料の棚でも、それらしきものは見当たらなかった。
帳簿の数はたまに合わない。
台帳の書き忘れ、あるいは書き間違いなのだろうが、感覚的に酒類の数は合わないことが多い。
酒の足りなくなった酔っ払いが持っていくからだと思っている。
「エディ、ありがとう。無いならいいの」
「持ってそうな家に聞いてきましょうか。ミジさんのところなら余ってそうですけど」
「あはは、そうねぇ。でも、大丈夫。麦酒にするわ」
「…そうですか」
しょんぼりした私に、カリナさんは「一緒に探してもらってごめんね」と言って目尻を下げた。
カーブの住人は、欲しいものをすぐに諦める。
無いのだから仕方がないと言えばそれまでだが、彼らは欲しかったものへの未練さえも覗かせない。
カリナさんが探していたものだって、ただの葡萄酒ではなかった。
数年ぶりに突然帰って来た息子と飲むための葡萄酒だった。
それでも彼女は、気持ちよく諦めることが出来る。
そんな生き方を傍目で見ていると、心が宥め賺されるような、むず痒い気持ちになった。
それにもやっと慣れてきた、ある日のことだった。




