17
魔王城は地上五階、地下一階の巨大な建物である。
使用人の立ち入りを制限されている場所はいくつかあり、私のような下級メイドであれば、魔王の私室がある五階に入ることは出来ない。
のだが、物理的に阻止されている訳ではなく、魔王の部屋の前と思しきところまでは普通に行けてしまう。
そして
「お前、誰だぁ?」
「ここ、来ちゃダメだろ」
デカい近衛兵二人に止められるのだ。
「ま、魔王さま、にお話があって」
「話ぃ?こんな夜に?」
「夜這いか?そんな体で?」
男達が声を上げて笑った。
めげそう。
「ちょっとだけ魔王さまに、聞いていただけたり…あの私、私は」
名前を言う自信が出ない。
魔王とは、名前を伝えたら通してもらえるような関係である気がしなかった。
「私はなんだぁ?」
「まぁなんでも、事前に話が通ってないとダメだ。早く帰れ、捕まえるぞ」
「あとお前、それ何持ってんだぁ?危険なもんじゃねぇだろうなぁ!」
バスケットに入っているのは危険なものじゃない、危険な状態の猫である。
不審者として捕まる前に、そして近衛兵達の圧がこれ以上強まる前に、正直に話してしまった方がいい。でも果たしてこの男達が
「どうしたの?誰か来た?」
そうウダウダと考えていたところで、扉から魔王が顔を覗かせた。
寝ていたのか、寝るところなのか定かではないラフな姿の魔王が正直、救世主に見える。
魔王は私を見て、「あ」と言った。
「すみませんね、魔王様。この女、急に来たんですけど…知り合いですか?」
近衛兵達から改めて、訝しげな視線を向けられる。
「えー?どうだったかなぁ」
腕を組み、ニヤニヤと笑う魔王。
全然救世主ではなかった。
いじめっ子が三人に増えただけだった。
「なに?困るんだけどな、メイドさんがこんな時間にこんなとこ来ちゃ」
「猫、を」
「猫?それ?」
私のバスケットを、魔王が顎で指す。
「そうです、崖から落ちたみたいで、動けなくて、呼吸も浅くて。診てもらえませんか」
「僕が?」
「魔王さまは、医術に長けていると聞きました。…お願いできませんか」
「猫ねぇ。どうしようかな」
魔王が値踏みするように、「診たら、何してくれるの?」と言った。
何してくれるのも何も、今の私に出来ることなんて高が知れている。
「…私に出来ることなら、なんだって、何でもします。だから助け」
「それ」
「…え?それ?」
「そう。その、『何でもします』っていうの。僕以外に言わないで」
「え?」
「もうそれでいいや。約束してくれるなら、猫くらい診るから」
「もちろん約束します、けど。そんなことでいいんですか?」
魔王は「君の世間知らずは僕に治せないからねぇ」と言って、猫の入ったバスケットを丁寧に受け取った。
馬鹿にされている気がしなくもないが、ここは我慢である。
安請け合いしてくれるなら何よりだ。
「まぁ、大分悪そうだから、助かるかわからないけど。どうする?僕の部屋で待つ?」
「…下の自室で待ちます」
「えー。そこは世間知らずでいいのに」
首を傾げ、目を細めた魔王から、思わず目を逸らした。
「じゃあ、良くも悪くもどうにかなったら、持ってってもらうから」
魔王はそう言うと、私の頭をポンと触り、部屋の中へと帰っていった。
気づけば再び、廊下にいるのは近衛兵二人と私だけ。
「…お邪魔しました」
なんとなく気まずくて、私は逃げるように、部屋の前から立ち去った。
「ねぇ、誰に治してもらったの?」
スヤスヤと寝息をたてた子猫が返ってきたのは、朝早くのことだった。
『一日様子を見てあげたらもう大丈夫』との丁寧な伝言が付いていて、それを見たテネトは休みを取ることにしたらしい。
私が仕事を終えて部屋に戻ると、テネトと共に、すっかり元気になった子猫が出迎えてくれた。
「治ったんだから誰でもいいじゃない」
「え〜。シロもお礼言いたいよねぇ」
安直な名前を付けられてしまった子猫が「ニャー」と小さく鳴いた。
子猫は、この世のものとは思えないほど可愛い。
そのフワフワのおでこに、思わず手を伸ばした。
魔王はどうして助けてくれたのだろう。
意外と慈悲深いから?
じゃあ日中、私に度々会いに来るのは?
私に神聖力があった頃なら、まだわかる。
紛いなりにも人間界トップクラスの神聖力を持っていたのだ。
囲っておけば、勇者のパワーアップを阻止出来るだけでなく、戦力にもなるだろう。
でも、今は?
私にかまったところで、良いことは何一つ無いはずだ。
それなのに気にかけてくれるっことは、それって、それってもう
「エディ、顔、赤いよ」
不審がるテネトと目が合った。
指摘されて更に紅潮する私を見て、
「ほんと、誰に頼んだんだか」
とテネトは呆れたように笑った。
テネトは、本当に良い人だと思う。
いや、テネトだけじゃない。
攫われてきたときからずっとそうだ。
魔王含めて、この魔王城に悪い人など居ない。
いつからだろう、魔王を敵だと思わなくなったのは。
そして、魔王からの好意を悪く思わなくなったのは。




