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「ねぇエディ、もう寝ちゃった?」

「…起きてるよ。どうしたの?」


正確には、今、起きた。

就寝時間から一時間程経ったときだろうか。

同室のテネトが、ぽつりと話しかけてきた。

二段ベッドの上に居る彼女の表情は確認できない。


「猫の声、しない?」

「猫…?」

「そう。あ、ほら」


耳を澄ませば、確かに小さく「ミー」と聞こえる。


「聞こえるけど、これって猫の声?」

「多分、猫の、チャコの声」

「チャコ?」

「城内に住み着いてる野良猫。最近、赤ちゃん産まれたんだよね」


こうして話している間にも、チャコの鳴き声らしき音は断続的に続いている。


「様子、見に行く?」

「え、いいの?」

「いいよ。私も気になる」


テネトは、ベッド上段から嬉しそうな顔を覗かせ、「ありがとう!」と言った。


何も知らない私に、一からメイド仕事を教えてくれたのはテネトだ。

彼女に喜んでもらえるなら、夜のお散歩など、お安い御用であった。




上に簡単なものだけを羽織って、テネトと一緒に外へ出る。

人間界であれば、もうすっかり暖かい時期。

魔界はまだ肌寒い。

夜であれば尚更だ。

体を少し縮こませながら、私たちは、猫の鳴き声の方へと歩き出した。


猫はどうやら、一つの場所に留まっていたようで


「あ、チャコだ」


探し始めてからじきに、私たちはチャコを見つけることができた。

白毛に、茶色いブチが混じったその猫は、野良猫とは思えない幸せそうな体型をしている。

誰がチャコと名付けたのかは知らないが、餌をやっている人がいるのだろう。

そのチャコは、丸いお尻をこちらに向けて、崖の下を見るように座っていた。


なんだか嫌な予感がする。

私達も、崖の下を覗き込んだ。


「わ、」


そこに居たのは、二匹の小さな猫だった。

一メートルほど下に、岩肌の小さく出っ張った部分があって、二匹はそこで折り重なるように倒れていた。

無事には見えない。


「た、助けなきゃ!」

「私が持ち上げるから、私の体持ってて」


慌てて手を伸ばそうとしたテネトを静止する。

これは、彼女より背の高い、私の方が適任だ。

私は腹這いになって、崖の下へと片手を伸ばした。


最初に引き上げた白猫は、まだ生きていた。

下の黒猫がクッションになったのだろう。

次に引き上げた黒猫は死んでいた。

しかしその白猫も浅い息をするのみで、このままではとても助からないように見える。


「…どうしようか。この子」


諦めるしかないのではと思った私の内心が、当てのない言葉になって私の口から漏れた。

私と同じく俯いていたテネトが、すっと顔を上げる。


「…今日って、何曜日だっけ?」

「今日?今日は水曜日」

「じゃあ夜勤、オンダ先生だ。診てくれないかな」


城には侍医がいる。

体調が悪くなれば使用人も診てもらえるそうだが、流石に動物は専門外だろう。

しかし、私のただの想像で、この必死な彼女を止めるべきではない。


「…そうだね。聞いてみようか」


駄目で元々だった。

テネトも強く頷いた。


「チャコ、他にも赤ちゃんいるでしょ。この子は私たちに任せて」


こちらに付いてこようとするチャコを、テネトが止める。

子猫はこの二匹以外にも居るらしい。

チャコが、人語を理解したのか定かではない。

それでも気が付けば、チャコの姿は消えていた。

任してもらえたというなら、どうにかして助けてあげたいが。


私たちは城内の診療所へと急いだ。




オンダ先生はとても良い人だった。

中性的で柔らかな印象の男性で、年は四、五十といったところだろう。

彼は、猫を連れてきた我々使用人を、実に温かく迎え入れてくれた。


ただ


「猫は専門外なので…それに子猫かぁ。うーん」


無理なものは無理だった。

私に抱えられたままの子猫を見ながら、オンダ先生が首をひねる。

良い人なだけに、困らせて申し訳なく思う。


「無茶言って、ごめんなさい」


テネトもぽつりと謝った。


「明日の朝、城下の動物病院に連れて行こっか」

「うん…」


この子猫の様子、そんな悠長なことを言っていられないというのは、素人目にもわかった。

それでも、神聖力の無い私が、この子猫にしてやれることは無かった。


「そうですね…、朝を待つしか。兵士の中には治せる人も居そうですが、この時間から探すのは難しいですね」

「兵士の中に?魔法で治すっていうことですか?」

「そうです。僕も少しは使いますが、外科なら正直、彼らにやってもらった方が出来がいいですね」


外科云々ということは、神の奇跡で怪我や病気を無かったことにする神聖魔法とは、まるきり原理が違うのだろう。


「…例えば、誰が治せるんですか?」


テネトがおずおずと尋ねた。

彼女はここで働いて二年だそうだ。

兵士にも知り合いが居るのかもしれない。


「うーん。第一のペルシカ副団長は治せると思いますし、他に第二のクィアムさんとか。第三ならディーバ団長と、他にも居そうですね」


聞いたことのない名前が並ぶ中、オンダ先生が最後にしれっと「あともちろん魔王様も」と付け足したので、私は思わず聞き返した。


「魔王さまも?」

「はい、もちろん。ご存知ないですか?今の魔王様は医術の特性をお持ちなので」


ご存知なさそうな私を見て、オンダ先生がさらに説明を加える。


「魔王様は、三つの魂と、七つの特性を順番に繰り返しながら生まれてくるんですよ。今の魔王様は十三代目ですから、六番目の医術の特性をお持ちです」


三つの魂と、七つの特性?

人間界では聞かない話だ。

しかしその内容をきちんと理解する前に、


「やっぱり偉い人ばかりですよね。朝まで待つしか無いかぁ…」


というテネトの嘆息によって、私の意識は今この状況に引き戻された。


さて、どうしよう。

夜中に突然、野良猫の子どもの治療を頼みにいくなんて、迷惑この上ない話だろう。

夜勤の医者ですら困らせてしまったのだから、他の人であれば尚更だ。


しかし


「私、お願いしてみる」

「え?」


テネトが目を丸くした。

彼女からの「誰に?」という問いかけには、「ちょっと、治せる人、知ってるかも」と曖昧に答えた。


子猫のために、我が身をかえりみずという気持ちも、確かにあった。

でも、それだけでは無かった。

この状況を使って、試そうとしたのだ。

私が、魔王にとって、『特別な存在』なのかどうかを。

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