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魔王城で働くメイドは、上級・中級・下級の三種類に分けられる。
最も待遇の良いメイドは上級メイドと呼ばれ、貴人の身の回りの世話を担当する。
所謂侍女であり、アシナやシジのように、貴族の子女がほとんどだそうだ。
一方、中級メイドと下級メイドを分けるものは、身分階級ではない。
これは技能の差による分類だ。
メイドとして雇用された者はまず、掃除と洗濯、その他雑用を担当する下級メイドからスタートする。
そこから、給仕や接客、主だった部屋の清掃を担当する中級メイドに『出世』するのだ。
さて、ここで下級メイドとして二週間程度働いた私の見立てを述べよう。
おそらく私は一生、下級メイドである。
十日そこそで向き、不向きを言うつもりはないが、それにしても同僚達は皆、優秀であった。
よく働き、よく気が回る。
これから掃除をする所だって、私がサボッても誰かが掃除をするだろうし、なんならその人の方が上手くやるはずだ。
そんなことを考えながら、今日の持ち場、兵士の更衣室へ向かう。
別に腐っているわけではない。
神聖力を無くした自分に、まだ良いところを見つけられていないだけである。
重たいバケツを持ち運べるというだけでも、良いところに数えていいのかもしれないが。
この時間、兵士達は皆、朝練に出ている。
「失礼します」
形だけ声をかけて、更衣室の中に入る。
生乾きの布のような臭いがする部屋だが、兵士の中に気にする者は居ないのだろう。
彼らが戻るまでに終わらせようと、私は早速、仕事に取り掛かった。
まずは、散乱した兵士の私物を一箇所にまとめることから。
その後、掃き掃除で床の土やら砂やらを集め、ゴミ箱のゴミと一緒に回収する。
目についた汚れを雑巾で拭き取れば、最後にモップ掛けだ。
モップの水を切ったところで
「お疲れ」
後ろから『雇用主』に声を掛けられた。
「…おはよう、ございます」
魔王は、少なくとも二日に一度、こうやって私の様子を見にやって来る。
「あの、この前もそうでしたけど、私の場所ってどうやって把握されてるんですか」
「この部屋さ、初めて入ったんだけど、なんか臭うね。なんで?」
私の発言は一切無視されている訳だが、下級メイドなどそんなものだ。
「ここ、男性更衣室ですし。それに窓も無いので、換気も悪いんじゃないですか?」
魔王が小さく「男性更衣室」と呟いた。
それに「?男子更衣室です」と答える。
なんだこの人、わからず入ってきたのか。
「…あー、窓ね。この部屋、窓ないんだ」
「まぁ、更衣室ですから」
すると魔王が、手近な壁に、徐ろに近付く。
そしてそこに手を当てながら
「 ここ、裏なんだっけ?」
と訊いてきた。
「裏?壁の裏ですか?多分外ですけ
パァーン、という小気味好い爆発音に遅れて
「え?は?」
魔王が手を当てていた壁の一部が吹き飛んだ。
分厚い鉱物の壁に、丸い、車輪程度の穴が空く。
「じゃあこれで換気が出来るね」
魔王がその目を細めた。
その極めて短絡的な発想に、言葉が出てこない。
この魔王に常識があるなどと誰が言ったのだろう。
「さて、それで何してたの?モップ掛け?手伝おうか」
『さて』で片付けられる話ではないはずなのだが。
呆然とする私の肩を包み込むように、魔王が後ろから腕を回した。
それでやっと正気に戻る。
「あの、手伝いは大丈夫なんで、離れてもらえますか」
下級メイドになってからというもの、身体的接触がやたらと多い。
魔王の腕から抜け出そうと体をよじるが、全然動けない。
「いいじゃん。誰も見てないんだし」
「誰も見てなければいいってものじゃないんですけど」
さらに言うと、先ほど自分で、覗き見るにはもってこいの穴を開けただろう。
「つれないよね。この前まで相思相愛だったのに」
「う」
それを言われると辛い。
私が偽物だといつ気付いて、どう思ったのか等ということはまだ聞けていなかった。
「ねぇ、ちゃんと食べてる?」
「いつもそれ聞きますね。食べてます」
「寝れてる?元気?」
「寝れてますし、見ての通り元気です」
「そっか」
心配されているような、何かを確認しているようなやり取り。
なんとなく気になるが、違和感の正体はわからない。
それでもそんなことを無視して、魔王にとって自分が『特別な存在』なんじゃないかと勘違いしそうになる。
外に人の気配を感じた。
魔王の腕がゆっくりと離れていく。
「じゃあ、またね」
今日もまた、この程度の会話で、帰っていくようだ。
魔王の背中に、
「…いつも何しに来てるんですか」
と投げかける。
それに魔王は、振り向くことなく、手を振って応えた。
魔王が行ったのを見送ってから、乾いてしまったかもしれないモップを再び水に浸した。
その横目で、壁に開いた穴を改めて確認する。
魔族の使う魔法は、神との契約に基づく神聖魔法とは全く異なると聞く。
確かに神聖魔法は、ここまで物理的に使いやすいものではない。
詠唱の必要も無いし、便利なものだなどと思っていたところで
「あ」
外を歩く人と、目が合った。
ぽっかり開いた穴越しに。
「…いま、片付けるところなんです」
瓦礫ってどこにどうやって捨てるんだろう。
明らかな事故の跡を訝しむ通りがかりの男性に、私は媚びた笑みを返した。




