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「『ここから出してください』、『助けてください』の間違いですよね」
「いや、間違いなどではない。お前、この王城からどうやって抜け出すつもりだ?上がどうなっているか、どこから敷地外に出るか、何も知らんのだろう」
「…あなたは知ってるんですか?」
「もちろん知っている!我は幾度となくここに入っておるからの!」
男が嬉しそうに自らの胸を叩く。
そんな奴、牢屋から出して良い訳がないだろう。
「安心せい。いずれも軽犯罪じゃ!」というなんの意味もない補足が聞こえる中、生産的な会話を諦めた私は先に進もうと、扉の窓から目を外した。
「お、おい、待て!今、階段を上がると見張りの兵士に捕まるぞ」
「…そんなこと言ったって、逃げられるタイミング、あるんですか?」
「ある。見張りは、地下の牢屋に一人、牢屋から続く階段を上がったところに一人じゃ。あいつらは四十五分に一度、ポジションを入れ替える。上の見張りが降りてきたときにすれ違えばいい」
「この一本道の廊下ですれ違うなんて無理だと思いますけど」
「階段近くの牢屋で一つ、扉の壊れた部屋がある。そこに隠れて一旦やり過ごせば、奥に行く見張りとすれ違える」
「…どの部屋の扉が壊れてるんですか?」
「それはこの部屋の扉を開けたら、教えてやろう」
どうしたものか。
この男、浮世離れした雰囲気があって変わってはいるが、そこまで悪い人物には思えない。
ただしもちろん、開けた瞬間に襲いかかってきたとしても不思議はない。
そもそも牢屋に入れられているのだから、善良な市民で無いことは確かである。
その一方この王城から、私一人で脱出することが出来ないというのもほぼ確かな訳で…
キィ
「おぉ流石、懸命な判断じゃ」
背に腹は代えられない。
私の押し開けた扉から、泰然と男が出て来た。
改めて見ると、彫刻のような綺麗な顔立ちをしている。
喋り方はなんだか変だが、どこぞやの貴族の放蕩息子なのかもしれない。
男が、私の肩に乗るネズミ達をちらりと見ただろうか。
先ほどから黙りこくっていたネズミ達が、「チュウ」と人見知りな鳴き声を上げ、その身を寄せたのがわかった。
「名前は?」
「名前か。アースリットじゃ、覚えておれ」
やはり聞いたことの無い名前であった。
腑に落ちない顔をした私を、アースリットが急かす。
「それより早う行くぞ。もうすぐ見張り交代の時間じゃ」
彼はどうやら律義に約束を守り、ここからの脱出方法を指南してくれるらしい。
アースリットが肩を張って歩き出したので、私もその後に続いた。
「扉が壊れとるのはここじゃ」
アースリットは、階段から数えて三つ目の牢屋の前で立ち止まった。
「…あなたが先に入ってみせてください」
「疑り深いの。嘘はつかん」
彼はそう言いながらも、その牢屋に一度入って、そして出てみせた。
確かに扉は壊れていて、内側からも開くようだ。
決して気の進まない薄汚れた部屋の中に、私は再び足を踏み入れた。
こうして牢屋の中で、見張り役が下りてくるのを待つことになったのだが
「ちょっと、近くないですか。もう少し離れても…」
この男、さっきからやたらと距離が近い。
扉とアースリットの間に挟まれた私は、ほぼ身動きが取れない。
部屋が狭いと言っても、ここまでくっつく必要は無いだろう。
「ここの廊下はそれ程長くない。見張りがこの前を通ったらすぐに出る必要がある。そのための最善の位置取りじゃ」
まぁそれはそうなのかもしれないが。
アースリットの涼しい顔には、それ以上のクレームをつけることが出来なかった。
男の体温を背中で感じながら待つことしばらくで、見張り役の兵士が降りてきた。
私の閉じ込めた男が「出してくれ!」と喚くのが聞こえて、兵士は小走りで救出に向かったようだ。
通り過ぎたことを確認してから、我々はこっそり牢屋を抜け出し、地上へ続く階段を登った。
その後も、アースリットの複数回の投獄を裏付けるような細やかな知識に支えられ、雑多な倉庫に隠れ、洗濯物のタオルにまみれ、呆けた守衛に挨拶し…そして今、豪華な服飾品を積んだ台車に乗って、王城の敷地を出るに至った。
「曜日によって最後の脱出方法が違うんじゃ。特に日曜は変装しないことには出れんから、牢屋で一晩過ごすのが無難で
「あの、多分私、次捕まったら諦めると思うんで、もう大丈夫です」
「なんじゃ、つまらんの」
城から少し離れたとは言え、ここはまだ街角で、我々はお尋ね者である。
早く王都を出るべきだった。
「それじゃあ、ここでお別れじゃ」
「はい。ここで」
お礼は…言わなくてもいいか。
あ、いや、気になることが残っていた。
「そういえば、なんで私の名前」
知っていたんですかという言葉の続きを聞くことなく、アースリットは悪戯に笑うと
「またの、エディバラ」
私の頭を雑に撫でつけ、ふいと歩き出した。
「あ、ちょ」
声を上げて呼び止めることも憚られ、私は口を嗣んだ。
まぁもう会うことは無いのだろう。
人混みに混じり、離れていくその背中を、私は大人しく見送ることにした。
さて、これからどうしようか。
あえて確認もしなかったが、ネズミ達はとうに居ない。
アースリットと牢屋に入った辺りで、肩が軽くなっていた。
彼のことを怖がっていたようなので逃げてしまったか、あるいは私が正気に戻ったのだろう。
そんなネズミ達に乗せられた感は否めないが、せっかく脱獄出来たのだ。
聖女様に迷惑がかかる訳でも無し、それであれば先ずはこのまま、逃げ切ってみようと思う。
しかし王都を出たとしても、人間界に居座るのは危険だった。
小さな村にも教会はあるもので、大教会の組織の末端を担っている。
タドラ大司教がその気になれば、人里離れた山中などで暮らさない限り、すぐに見つかってしまうだろう。
それならいっそ、魔界に行った方が安全なのかもしれない。
魔王は、逃げた偽物聖女が魔界に留まっているとは考えないだろう。
魔族は魔族で、魔界に人間が居ようと全く気にならないようであった。
神聖力が無い今、魔界に『入る』のは難しくない。
ただ遠いのは遠い。
乗り物が無いことにはどうしようもないし、かと言ってちゃんとした乗り物に乗ると検問があって、さらにお金もかかる。
「魔界に行く、ちゃんとしてない方法か…」
しばらく悩んで私は、人気のないところに一人で立ってみることにした。




