第8話 ある魔法少女は怒る
巻き起こる爆炎と立ち込める黒煙。
ユメハのロケットランチャーによる攻撃は、異相空間の主――オシラヒメへ炸裂した。
つい先ほどまで『拳銃を二丁召喚する』だけだったはずの魔法少女が、より強力な兵器の数々を無数に展開する――。
1級災獣に対して有効な攻撃手段であるのは確かだが、フウカはユメハの様子に対して形容しがたい違和感を覚えていた。
「なんだユメハ……その姿は?」
「解。【削除済み】の【検閲済み】による制限を一時的に――【情報の開示は許可されません】」
己の内の力の根源を説明しようとするユメハの口から、別人の声が上書きするかのように遮る。
と同時に、脳内に浮かんでいたはずの自らの『正体』の情報もふっと忘却へ消え失せていった。
「……よくわかんねえけど、後でカコに報告しとくからな」
気になることはいくつもあるが、今はユメハのおかげで窮地を脱した。
蚕型災獣の親玉――オシラヒメはどうなったのか。煙が晴れてゆく。
『ァ、アァァァ……』
オシラヒメは、その体の左半分の殆どを喪失した状態であった。
『ぃ、あぁぁぁぁぁっ!!!!!!』
人語ですらない、断末魔めいた絶叫。それと同時に無数の糸が弾幕の如くフウカとユメハへ襲いかかる。ただしその密度は高くなく、魔法少女たる2人ならば難なく避けるなり防ぐなりできるはずだった。
しかし
「ユメハっ!!?」
ユメハの身体から、光が抜けてゆく。身に纏った軍服めいたゴスロリが、光の粒子となって消えてゆく。
「……魔力回路の一時的な焼き切れ、および魔力の不足……」
――魔力切れによる変身の強制解除
魔法少女は常時変身状態ではいられない。変身形態でいるだけで魔力を消費するし、体内の魔力量が一定値を下回ると変身を維持できなくなるのだ。
ユメハは、禁忌とも言える■■■■■■との接続を行ったのだ。その代償として大半の魔力を喪失、その結果が変身の解除であった。
「クソッ、間に合えっ!!!!」
フウカは咄嗟にユメハへと手を伸ばす。しかし、間に合わない。
ユメハも魔力切れにより思うように身体を動かせない。
そして、起きてはならない事態は無慈悲に降りかかる。
バツンッ――
ユメハの身体が倒れこむ。身体を支えようと足に力を込めようとするも、そもそもその足が失くなってしまっていることに気がついた。
「クソッ、クソッっ!!!! 大丈夫か!?」
「解。両脚部の膝下を欠損……」
ユメハの両足は、オシラヒメの放った糸により切り落とされてしまっていた。
異様に綺麗な切断面から出血が止まらない。
「くそがっ! 邪魔すんな!!!!」
ユメハへと駆け寄ろうとするフウカを、何処からか現れた数匹の『蛾』が邪魔をする。
そうこうしている内に、再度『糸』がユメハへ向けて飛ばされた。
間に合わない――
ユメハにはまだ死への恐怖などはない。けれど、『心を知れずに死ぬのは残念だ』と、ただそう思った。
「ごめんね」
舞い上がる土煙の中、ユメハを心配そうにカコが見つめていた。
オシラヒメの放った『糸』。それらは全て『盾』に阻まれ3人へ到達することはなかった。
「ごめんね……痛かったね、よく頑張ったね」
ユメハの先の失われた両足を擦り、カコは悲痛に嗚咽を吐き出す。
ユメハにとって痛覚は信号でしかなく、苦しみを感じることはない。
――何故個体名カコがストレス反応を示すのか。理解不能。
理解に悩むユメハを抱き締めながら、カコはオシラヒメをぎろりと一瞥する。
「たくさんの人を傷つけて、ユメハちゃんをこんなに痛めつけて……よくも、よくもぉっ……!」
半身だけとなったオシラヒメを金色の鎖が縛り上げる。
「フウカちゃん、5発ちょうだい」
「応」
カコが『盾』を構えると、フウカはそこへ腰を据えて拳を振りかぶる。
――薄明の聖騎士が『最強』と呼ばれる真の所以。
『絶対防御』と殲滅能力もそうだが、それだけではない。
「【星の怒り】――!」
カコの構えた槍の先から、光の奔流が吹き出しオシラヒメを飲み込んだ。
――最強の真髄、それは反撃能力である。
カコは『盾』で攻撃を防御すればするほどに、内に魔力が蓄積されてゆく。
そしてそれを『光の槍』に乗せて一気に解放する。
それこそが薄明の聖騎士の最終奥義【星の怒り】である。
星の怒りの攻撃力は、受けた攻撃の破壊力に依存する。つまり、フウカのコンボを盾でわざと受ける事で――その威力は1級災獣を欠片も残さず消滅させるほどであった。
「ごめんね、ごめんねユメハちゃんフウカちゃん……最初からわたしがこうしていれば……あぁ、でも途中にいた人達が……どうすれば、どうすればよかったの……」
「落ち着け」
オシラヒメの消滅と同時に、異相は砕け煌めく破片と共にかき消えていった。
しかしカコは、『もっとできることがあったのではないか』と錯乱気味であった。
「たらればを考えるのは後でいくらでもできる。……ただあえて言うなら、仕方がなかったんじゃねえの」
あまり人を励ますのは得意じゃない。けれどフウカは、それでもカコにせめてもの慰めの言葉をかける。
「……うん。ごめんね、くよくよするのは後にするよ」
「そうしろそうしろ」
両足を失ったユメハを背負い、カコは半壊したショッピングモールを後にする。今はとにかくユメハの治療が最優先だ。
来ているであろう出撃命令の下った魔法少女らと合流して、諸々を報告しなければならない。
やることは多い。せっかく買った食べ物も駐車場の隅に置いたままだ。きっと悪くなってしまっている。
「ユメハちゃん」
「はい」
「また今度、来ようね」
「……はい」
そう、2人は約束するのであった。
「ふーん、なるほどねぇ」
何処か遠くから、一般人に紛れ一人の少女がユメハをじっと観察していた。
「おんなじ〝魔女〟として、はやくおはなししたいなぁ――」
少女はくすりと笑う。
風が赤子のように泣いている。
「――【戦争の魔女】ちゃん」




