第7話 ある魔法少女の小戦争
ユメハの左眼は魔力を見通す。
それにより、身体を魔力で構成する災獣の急所――『核』の場所を看破可能なのである。
「敵性存在の【急所】の位置は腹部です」
「ほお、有益な情報ありがとなっ!!」
フウカは一瞥もせずに『首の無い白馬』へと殴りかかろうとする。
首の無い白馬――この異相空間を支配する推定1級災獣。
一瞬で距離を詰め、拳を握る。
しかし、フウカは攻撃を直前で止めて後方へと飛び退いた。
すると先程までフウカのいたコンクリートの床が、紙のように切り刻まれる。
そして飛び退いた先の床もバツンと音をたて切り裂かれる。
「蚕の親玉らしく糸の刃か。近づけさせねえたあ、オレとは相性が悪い」
白馬の周囲には常に水面の波のように細く白い糸が漂っていた。
『おと、オさン……わた、しおトな、になれ、ナい……』
首もないのに白馬は呻く。
災獣は意味のない戯言を吐き出すものだ。魔法少女たるもの、それをいちいち気にしてはいられない。
「ユメハ、オレが接近できるよう援護しろ。悪いがその間己の身は己で守ってくれ」
「了解しました」
ユメハは銃を白馬へ向けると、『急所』に狙いを定めてトリガーを引く。馬の腹部に3発。しかし効いている様子はない。
それを合図に、フウカは1mはあろうかという瓦礫をぶん投げた。
白馬の意識が一瞬、双方に割かれる。
1発のダメージは大したものではない――しかし、遠距離からの攻撃は厄介。白馬はそう判断し、ターゲットをユメハへと定める。
フウカの投げつける瓦礫に込もっている魔力はさほどでもない。適当に対処しつつ、まずはユメハを確実に仕留め――
「よぉ」
その攻防は一秒にも満たない。白馬が瓦礫を片手間に切り裂いたその時。
フウカは、一瞬にして白馬の懐へと潜り込んでいたのだった。
投擲した瓦礫の死角に重なるように隠れながら、フウカは接近していたのだ。
拳を握りしめ、腰を落としフウカは正拳突きを首の無い白馬の腹部へと放つ。同時にダメ押しと言わんばかりに数発の銃声が響き渡る。
『おど、おトぉさ、ン』
そして、フウカの一撃により白馬の腹部が弾ける。
そのまま白馬は力なく倒れ込むと、動かなくなった。
「さて、カコのヤツと合流しねえとな」
フウカは動かなくなった白馬に背を向け階下へと戻ろうとする。
しかし
「否。敵性存在の魔力反応は消滅していません」
「あ?」
フウカはその一言で、全てを理解した。
違和感――
拳の一撃は確実に当たった。コンボは途切れていない。
だがあの感触は……妙にたわんでいた。
「まさか……」
白馬の体は黒い塵となりつつある。災獣が絶命した際の消滅反応だ。
しかしその黒い塵の中で、〝何か〟が蠢いていた。
『何故、我々ノ、ミライを、奪う?』
それは、真っ白な少女であった。
ただしその頭部は人間のものとはかけ離れ、2つの黒く巨大な瞳と触角は蚕の頭そのものであった。
全身は十二単から全ての色を抜いた純白の和装束のようなものに包まれている。
「馬の姿は〝繭〟だったっつー訳かよ」
『我々は、大人にナりたい、だけナのニ。イツもお前ラは我々から、奪う』
蚕の少女――後に識別名【|絹糸の魔女《オシラヒメ《】と呼ばれる事となる1級災獣――
『コんドは、ワたシが』
オシラヒメは鱗粉を散らし、肉厚な白き羽を広げ空を舞った。
それは、ある種の神々しさすら感じさせる姿であった。
『オマえらカら、奪ってヤる』
オシラヒメの頭上に白い糸が集まってゆく。糸の塊は形を質量を変えてゆく。
「おいおい、なんでもありかよ」
それは10m以上はあろうかという、白き巨龍。
それが、大口を開けて迫ってくる。
「迎え撃つ……!」
フウカは迫る巨龍めがけて飛び上がり、拳を叩きつけた。
が、しかし。
龍は糸で構成されている。故に形状はオシラヒメの意思次第。
拳が炸裂した瞬間、龍の身体の糸が一斉にほどけて屋上全体を包み込む。龍の姿は陽動であったのだ。
巨大なドーム状の糸の結界――遠目で見れば鞠のようなそれは、二人に逃げ場など与えぬよう、ショッピングモールの屋上駐車場を削り砕き瓦礫もろとも巻き込みながらどんどん狭まり押し寄せてゆく。
このままでは二人とも瓦礫に圧し潰されるかサイコロステーキだ。
ドッ……!
ユメハが糸の間からオシラヒメへ向けて発砲する。しかし弾丸は到達する前に幾重もの糸に阻まれてしまう。
「マズったな……一か八かぶっぱなすか?」
フウカのコンボはまだ生きている。それを『糸』に放てば脱出できる穴くらいは作れるかもしれない。だが、オシラヒメの背後にはいくつもの巨大な糸の塊が浮かんでいる。
見たところオシラヒメという災獣には高い知性があるようだ。一度見せた手は2度は通じないだろう。
「……いや、これでいい」
今はとにかくここから脱出しなければならない。その後は不本意だが、カコが合流するまで時間を稼げば勝ちだ。
フウカとユメハでは相性の悪いオシラヒメだが、カコならば相性など関係なく圧殺できるだろう。
「ユメハ、一か八かオレがこの糸の結界に穴を開ける。そこから脱出するんだ」
「了」
フウカは腰を落とすと、迫る糸と瓦礫の壁に向けて踏み込みと同時に拳を突きだした。
「オルァァッ!!!!!」
20コンボものフウカの一撃は、既に当たれば1級災獣すらも仕留めうる攻撃力と化している。
しなやかで頑丈な糸の結界といえど、その衝撃波を受ければ千切れるものもあるだろう。
――それはオシラヒメも分かっている
だから、拳の到達する衝撃の瞬間に、その部分の糸を外部から引っ張り変形させる。
「なっ……!?」
本来災獣に知性は無い。ユメハという例外はあるが、あくまで『獣』なのだ。
しかしオシラヒメには、人間並みの知性と洞察力があった。故にフウカの魔法の効果もある程度は理解している。
この糸の結界はそれを無力化させるがための作戦だったのである。
「クソッ、コンボ切れた!!!」
フウカの魔法【連練暴撃】は攻撃を外さずに当て続けるほどに次の威力が増してゆく。
しかし逆に、一撃でも外した場合はコンボはリセットされ威力は最初からやり直しとなる。
オシラヒメにしてやられた今のフウカに、糸の結界を破壊できる力はない。
「糸相手にもう一度コンボを溜めるか? いやそもそもあの蛾女、それをさせてくれはしないか……」
詰みである。ただでさえ相性の悪い能力の上に、災獣が知性を持っているという例外。
フウカの油断は仕方の無い事であった。
「――了。緊急につき〝■■■■■■〟の制限を一時的に部分解除、承認されました」
「どうしたユメハ――」
ユメハの体がふわりと宙に浮いた。
すると、その背にひし形で透き通った……1対の幾何学的な虫の羽のようなものが出現する。
「……は?」
フウカが呆けたのも束の間……ユメハの周囲を取り囲むように、黒い筒状の物体が無数に現れる。
それは……『アサルトライフル』と呼ばれる銃器であった。
銃に馴染みの無い国育ちのフウカでも、それらが殲滅性に富む武器であることは分かる。それが見ただけで、100丁以上。
「――【殲】」
宙に浮いたライフルどもが、ユメハの合図と共に指もかけていないのに一斉に射撃を開始する。
糸に対して銃弾――
一見して当てる事など不可能なはずだが――しかし、アサルトライフルの放つ弾はほぼ全てが糸を捉え、その伸縮性に打ち勝ち引き裂いてゆく。
「ウッソだろ……とんでもねえじゃねぇか」
目に見えて分かるほどに『糸』が減ってゆく。
だがオシラヒメも開けられつつある穴を見過ごしはしない。糸を追加してすぐさま穴を修復するが……ユメハの銃撃によるダメージの方が大きい。
それだけではない。オシラヒメは気づいていないが、ユメハの周囲に浮かぶ武器はアサルトライフルだけではなく――
「げ、それ見たことあるぞ……」
銃器とは異なる、ピンのついた楕円形の物体。――手榴弾である。
それらは誰も触れていないのに勝手にピンが外れると、糸の結界の縁あちこちへと散開する。
そして――
ドォンッ!!!!
あちこちで火花を上げて爆発を起こした。
さすがの糸といえど、熱と衝撃にはなすすべもなく破られていた。
『ナぜ……』
もはや結界とは呼べぬそこから飛び出したユメハは、今度はいくつものロケットランチャーの照準をオシラヒメへと合わせ――
「滅せよ」
糸による防御も無意味に、オシラヒメを無慈悲なる爆撃が襲ったのであった。
絹糸の魔女




