第6話 ある魔法少女の『力』
巨大な蚕だらけのショッピングモールの中を駆け抜け、屋上を目指すユメハとフウカ。
その道中では、『蛾』や『幼虫』に襲われている人間が数多く居た。
もちろん、原型を留めぬほどに貪られた犠牲者も。
「まっ、魔法少女っ!! なにしてんだ早く俺を助けろぉ!!」
股から温かい液体を垂れ流す小肥りの男を、『蛾』が口を開き貪り喰らわんとしていた。
「了。敵性存在を排除します」
ユメハの魔法少女の姿こと祝福の簒奪者は、無表情のまま銃を放った。
銃弾は男を襲っていた『蛾』の頭部を吹き飛ばし、間一髪人命救助に成功した。
……が。
「遅せぇんだよ無能!! 俺らが何のために高い税金を払ってやってると思ってんだ!!!? あぁ?!」
ごちゃごちゃと何故か偉そうに男はユメハへ食って掛かる。
それをフウカはやれやれと肩をすくめると、男の肩をポンと叩いて諭すように言った。
「あー、わりいな。苦情は後で魔法省が聞くから。さっさと下の階へ逃げてくれ。下にゃ薄明の聖騎士が一般人を保護して回ってるから」
「なっ、なんだ納税者に対して貴様その態度は?! この俺を誰だと」
「――知るか。ここは戦場。オレたちは平等に人を助けなければならない。だからこれ以上救護活動を邪魔するってんなら、お前も災獣と変わらない敵と見なすがいいのか?」
フウカの声は冷たく鋭く――それでいて、平和ボケした人間にはあまりにも刺激の強い殺気を孕んでいた。
「ひっ、ひいぃ?! おぼえてろよぉクソガキがぁ! この私をぶっ、侮辱したことを後悔させてやるっ!!」
捨て台詞にも満たない情けの無い言葉を吐き捨てると、男は顔を蒼白くして大急ぎで下の階へと逃げていくのであった。
他にも生き残りは多数いる。あまり時間はない。
「さてユメハ、よーく見てろよ。オレの戦いかたを――」
――友禅風華 19歳(肉体年齢14歳)
1級魔法少女
黒髪のツインテールにゴスロリ姿という、魔法少女としては王道な服装だ。しかし彼女の戦いかたは、あまりにも見た目とのギャップがあることで有名である。
「オラァッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
そう叫んだ瞬間――フウカの姿が消えた。ユメハの視力でさえ捉えるので精一杯の速度で、周囲の災獣へと襲いかかったのだ。
フウカは、黒いグローブで包まれた手を握りしめ……その「拳」で、蛾や幼虫どもを、殴る。
殴る。
殴る。
殴り潰す。
フウカに殴られた災獣どもは原型すら残らぬほどに粉砕され、後には緑色の霧が漂うばかりである。
――魔法少女名『寂寞の武闘姫』
対応アルカナは『力』。
フウカは圧倒的破壊力を誇る、攻撃力に限れば最強の魔法少女だ。
小細工なし。拳のみ。勝者アリ。
――『連練暴撃』
それが彼女の魔法。効果はいたってシンプル。
『直接攻撃を当て続ける限り、次の一撃の威力が際限なく上昇していく』というもの。
力こそパワー。どんな強大な災獣だろうと、超近接格闘戦へさえ持ち込めばその時点で勝ちが確定する。
『チィィィィィィッ!!!!』
他の個体より一回り大きな『蛾』がフウカへと襲いかかる。ユメハはその災獣を解析し、推定で2級に上る強力な個体だと認識した。
ユメハでは先のカマキリのように撹乱しながら戦う事になるだろう――
「オラァッ!!」
しかし、瞬きする間に『蛾』は木っ端微塵に粉砕されたのであった。
――一発目でもトラックを吹き飛ばし。
――十発目にもなれば海を一瞬割れる。
――そして百発目はまるで隕石が直撃したかのように、街すら砕く。
寂寞の武闘姫の『拳』を受けて無事でいられるものは、薄明の聖騎士の盾を除いて存在しない。
「――さて、この階の虫どもはあらかた片付いたかな?」
「是。敵性存在および救助対象の生体反応はありません」
「そうか。確認ありがとな」
「……【どういたしまして】」
ユメハは何故だかむずつく口角に戸惑いのような感覚を覚えながらも、天井を見上げた。
――いる。
ユメハの漆黒の左眼は、魔力をサーモグラフィのように見通す事ができる。
その眼をして、天井の向こう側……恐らくは駐車場に居るであろう異相の主の巨大な魔力を見通していた。
「……オレはよ、他人の為に命なんざこれっぽっちも賭けたかねえんだ」
「理解不能。矛盾しています」
屋上へのエレベーターへ向かう途中、フウカはおもむろにそんな話を独り言のように切り出した。
「だよな。オレでもそう思う。だが、見ず知らずのおっさんの為に本気でタマ張れる奴なんざ、余程の異常者くらいだと思うぜ。
知らねえ他人の為に自分を殺してまで命を賭けようとして、壊れてった魔法少女をオレは何人も知っている」
「……」
ユメハは黙ってフウカの話を学習してている。
「魔法少女の本懐は人助けだ。手の届く範囲で責任も重責も無しにできることならやるさ。だが〝他人の為〟に命までは賭けたかねえ。
だからこれは『妹の為』なんだ。オレが守る命の中に、妹がいる内は赤の他人もついでに助けてやる」
何のために戦うのか。フウカはそれをしっかり自覚している。
「〝動機〟は大切だ。誰のために戦うのか、何のために力を振るうのか。ご立派な動機じゃなくていい、よーく自分と向き合って考えておけ。それを見失うなよ」
「……理解しました」
ユメハはフウカの教えを胸に抱き、この災いを引き起こしている親玉を倒すべく走る。
――強くなってよ、わたしを守れるくらいに
感情などまだわからない。けれどいつか心を得たその時に、後悔しないために。
ユメハは走る。早くあの人の隣に立てるように、『最強』の魔法少女を守れるようになるために。
*
屋上……駐車場であった場所には、桑の巨木が貫くように伸びて繁っていた。その枝には、いくつもの巨大な白い『繭』がぶら下がっている。
「こりゃあひでぇな……」
繭からは血が滴っており、地面には羽化した後であろう血濡れの繭と『人間』の残骸が散らばっていた。
恐らくこの屋上駐車場にいた人間の成れの果てだ。繭の中で『幼虫』の餌にされたのだろう。
……生き残りはいない。
「さあて、ボスはどこにいるんだかな?」
木々や車が邪魔でどうにも見通しが悪い。おまけにそこらじゅうに繭や人体の一部が散乱しているために、足場もあまりよくはない。
「――敵性存在、発見しました。個体名【フウカ】の11時の方向12mです」
「ほお?」
ユメハの指差した先にいた『それ』を見て、フウカは一目で理解した。
あまりにも圧倒的な魔力。それでいて全身を突き刺すような威圧感。
「親玉は〝蛾〟じゃねえのかよ」
『おト、なになるるるるるるる、タいだけェ、ナノにぃ』
〝断面〟から滴る紅い血が、純白の毛並みを染める――
この異相空間の支配者――
それは、首の無い真っ白な馬であった。




