第5話 ある魔法少女は殲滅する
空は黄昏時のように朱色に滲み、鬱蒼とした巨木の森がショッピングモールの周囲を取り囲むようにどこまでも広がっていた。
ショッピングモールそのものも所々に木々が内から突き破っており、その様子はまるで100年は放置された廃墟のようであった。
しかし、実際には数十秒も前にはこの場所は森でも廃墟でもなかった。突然、映像の場面が切り替わったかのように変貌したのだ。
異相空間――
災獣の中でも特に強力な個体が形成する異界である。
「うわあああああ!!!!」
「キャアアアッッッ!!! 助けてぇぇぇ!!!」
ショッピングモールだった建造物の中では、客として訪れていた人間どもが『それ』の大群にパニックを起こしていた。
我先に、自分だけは助かりたい。悪意も逡巡もなく、彼らはただ生存本能に突き動かされ外を目指す。
そんな彼らの背後から、長さ2mほどの白い筒状の物体が胴をくの字に折り曲げては伸ばしながら迫ってくる。その数は数十に上る。
しかし幸いにも動きは鈍い。誰かが真っ先にショッピングモールの入り口にたどり着く。
「どけ! 俺が先だ!!!!」
そして半開きの自動ドアの間をくぐり抜けて外へと飛び出した。
……地面に付着した先人の血痕にも気づかずに。
「んだよ……どこだよ、ここ?」
あまりにも異様な光景に、彼は一瞬だけ冷静さを取り戻す。しかしそれはすぐに再び恐怖によって絶望へと突き落とされることとなる。
――見る人が見れば、背後より追ってきていたそれらが『蚕』の幼虫であることがわかるだろう。
つまり、『成虫』がいる――
ばさっ――
大きなシーツを風に捲れられたかのような、そんな音がした。
そうして彼らは空を見上げて、再び冷静を失うことになる。
『おしら、おし、くわやくわや、めんこいのう』
翁の面のような顔は笑っていた。
体と大きな羽は真っ白で、6本の脚は人間の腕に酷似している。
――蛾、だった。空を埋め尽くす大群のそれは、トラックに匹敵する巨大な異形の『蚕』どもであった。
*
「なんて数……」
「推定個体数400……等級換算で一個体につき3級と推定します」
一匹ならばこの場の3人の脅威にはならない。しかし数が増えればそれだけ手数や広範囲への攻撃方法を求められるし、何より救助対象たる一般人たちが危険だ。
ならばどうするか。
「わたしは民間人を一人でも多く救助して回ってくる。二人はあの『蛾』の数を減らしつつ、この異相空間の主の捜索と討伐をおねがい!」
「応よ! 死ぬんじゃねえぞ?」
魔法少女に変身したゴスロリ姿のフウカはカコに啖呵を切る。
「了。任務を設定しました」
異相空間は、それを形成する支配者たる災獣を討伐することで消滅する。
この無数の蛾の大群も、親玉さえ倒せば全て消えて無くなるのだ。
つまり、被害を最小限に抑えるには支配者を最短で討伐しなければならない。
カコこと薄明の聖騎士は二人と別れ、自分にしかできない救助作業へと赴くのであった。
「……呼称名:【カコ】の生還確率を算出……データ不足。魔法少女名:【薄明の聖騎士】の戦闘情報が不足しています」
「んだよ、アイツのことが心配なのか?」
二人は一際魔力の濃い場所を目指す。そこに親玉たる災獣が潜んでいる可能性があるからだ。
そんな最中、ふとユメハはカコが『無事に生きて帰れる』可能性を脳内でずっと算出しようとしていた。
「心配……。データに基づく推測の結果、心配に該当するとみられます。【カコ】を喪失した場合、当機が【感情】を獲得する可能性が著しく低下すると予測します」
「お、おう? まあ心配はいらねえよ。だってアイツ、日本最強の魔法少女だぜ?」
「【日本最強】? 初めて聞く情報です」
首を傾けるユメハにフウカは頭を抱える。
「はーっ? マジかよ、アイツ自分のこと全然話してねえのかよ!!?」
「肯定します」
いくらなんでもと、ユメハは抱えた頭が折れそうなほどに首を捻り唸った。
「魔法少女の5段階の等級は知ってるよな? 災獣の等級と同じく、その戦闘能力や制圧力の高さとか諸々で決められるヤツだ。
――オレはその中でもトップの『1級魔法少女』だ」
「把握しています」
「しかしな……カコは1級よりも更に上……〝特例〟たる『零級魔法少女』なんだ」
零級……それは、1級よりも斜め上に位置付けられる等級である。
カコが零級たる所以。それは――
「――絶対に負けねえんだよ」
*
2人と分かれ、薄明の聖騎士は民間人の救助へと向かう。
「やっぱり数が多い……! それでも、全員絶対に守る!!!!」
異相空間は形成されてから2分ほど。そのおかげか、幸いにもまだ犠牲者はそれほど出ていないようだ。しかし、されど犠牲になってしまった人の残骸があちこちに白い糸にまみれて撒き散らされている。
「……ごめんなさい」
カコは……薄明の聖騎士は、誰にも聞こえない小声で力なく呟いた。
「助けてぇ……」
「ま、魔法少女だっ! 助けてくれぇ!!!」
だが、感傷に浸ってはいられない。
死にそうな人はまだそこらじゅうにいるのだ。
怪我をしている人、『蛾』に襲われている人。
しかし、薄明の聖騎士が駆けつけたからにはもう命の危険はない。
「少し雑になっちゃうけど、ごめんね――
――星光盾!!」
その瞬間――カコの視界に映る全ての人間の眼前に、白い星柄の『盾』が出現した。
「おしらぁぁ……あぁぁ?」
〝蛾〟の面の開口部から『糸』のようなものが発射され、地面に踞る男のへ突き刺さらんとした。犠牲者の状態から察するに、さしずめ獲物を繭に包んで幼虫の餌にするのだろうか。
どちらかというと蜘蛛に近い捕食方法である。
……しかし、糸は盾の放つ金色の光に弾かれた。
薄明の聖騎士こと在間カコ。彼女が国家転覆すら可能と云われる、零級魔法少女たる所以。
それは、絶対防御能力にある。
彼女の召喚する『盾』は、あらゆる害から任意の対象を絶対に守る。
それは盾そのもので防御するというより、盾を核にバリアを展開するようなもの。そしてこの『盾』は、1度対象に付与すればしばらくは消えない。
……それだけではない。
「もう好き勝手はさせないんだからね!!! 縛れ!!! 星の鎖!!」
カコが認識している全ての〝蛾〟とその幼虫を、金色の光の鎖が縛り上げた。
それからカコはおもむろに左の掌を掲げると、鎖で縛り上げている全ての災獣の頭上に金色の『槍』が出現する。
「えいっ!」
そして左手を勢いよく振り下ろすと、金色の槍は災獣どもの脳天を無慈悲に刺し貫きその命を奪うのであった。
薄明の聖騎士は攻撃能力が低い――そう言われる事がある。
本人も攻撃は不得手だと公言してはいるが、それはあくまで『比較的』の話だ。
純粋な火力ではフウカの能力には遠く及ばないが、殲滅力は並みの1級魔法少女にも劣らぬ零級に恥じぬものである。
これによりカコは、5分足らずで蚕どもの8割を討伐。同時に全ての生存者に『盾』を付与し、侵入時フウカが開けた穴から異相空間より脱出させる事に成功する。
「――さて、二人はうまくやってるかな。ま、フウカちゃんがいるならなんとかなるでしょ」
カコは僅かに残る蚕どもを蹴散らしながら、ユメハとフウカのいる……同時に『親玉』の待ち構える屋上へと向かうのであった。




