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第4話 ある魔法少女とショッピング

「――という訳で、お前ら買い物に付き合え」


 ある日曜日の朝、食堂で寛ぐカコとユメハにおもむろにフウカがそんな事を言い出した。


「いいけど、どういう訳で? 藪から棒だね」


「情報が不足しています。説明を求めます」


 2人ともフウカの藪棒に戸惑い聞き返した。それに対しフウカは頬をほのかに朱色に染めながら答えた。


「妹の……アカメの誕生日が近いんだよ……。だから誕生日プレゼントを選びたくってな……」


「そういうことねー。それならいいよ。アカメちゃんは元気?」


「まあな。最近はちっとオレに対して過保護すぎるが……」


 フウカは照れ臭そうに頬の絆創膏を人差し指でカリカリと掻いた。


 フウカにとって妹は唯一の肉親だ。最愛の妹の誕生日を今年こそは祝ってあげたい。しかしどうにも照れ臭く自分一人ではプレゼントを選べる気がしない。そこでカコとユメハの二人を巻き込もうとしているのである。


「理解しました。但し此方からも条件を提示します」


「へぇ~?」


「んだよ条件って?」


 ユメハがそんな事を言うのは珍しくカコは興味津々だ。


「一般に【美味しい】と称される食物と引き換えです。それが条件です」


「美味しいご飯を食べたいってこと?」


「その認識で合っています」


 〝美味しい〟とされる食べ物。

 カコと2週間ほど過ごしてきたユメハは、娯楽に興味のようなモノを抱いたのだ。


 大きな進歩だ。ユメハが感情を手に入れるまでの。


「そっかぁ。それならせっかくだし食材も一緒に買っちゃって、帰ったらお料理大会しちゃおー! フウカちゃんもいいよね?」


「いいぜ、楽しみになってきた。ユメハよぉ、カコの料理は店で出せるくらい美味いんだ。楽しみにしておけよー?」


「了。垂涎機能をオンにします」


 楽しみだという感情表現のつもりなのか、ユメハは真顔のまま口から涎をだらだら垂らし始めた。


「ちょっ、ユメハちゃん……ぶふっ……」


「え、これのどこにツボる要素あんの?」


 それを見て、カコは何やらツボにはまってしまったようだ。フウカは呆れつつカコの意味不明な笑いのツボに引き気味だ。


「……外ではそれやるなよ」


「了解しました。垂涎機能をオフにしました」


 そしてフウカに窘められて垂涎機能を停止するユメハなのであった。









 *







 3人が向かったのは施設に比較的近いショッピングモールだ。


 主な目的はフウカの妹の誕生日プレゼントであり、お料理のための食材は傷んでしまうので後回しだ。


「アイツは散歩が好きでなぁ。だからオシャレな靴を買ってやりてえんだ」


「素敵だねぇ。選ぶの手伝おっか?」


「んあぁ、頼む。ユメハもついでに靴や服でも選んでもらえ。女の子たるもの、オシャレにゃこなれてて損はしねぇ」


「……了。【オシャレは女の子の宿命】プログラムを作成……」


「なんかまた変なこと考えてんな」


 ユメハが変なのは今に始まったことではないので置いといて。


 ――フウカのプレゼント選びはカコの手助けもあり順調に終わった。


 実用的かつオシャレで可愛らしい赤いシューズ。きっと妹のアカメは喜んでくれるだろう。

 ドキドキ胸を高鳴らせ、フウカは店員にプレゼントをラッピングしてもらうのであった。


「さて、次はユメハちゃんだね?」


「はい。私には【オシャレ】に関するデータが不足しているため、補助を求めます」






 *








「きゃ~! かわいい~!!!」


 それからユメハは、カコの手により着せ替え人形と化していた。色んな可愛らしい洋服を取っ替え引っ替え試着させては、しっかり網膜に焼きつける。

 ちなみにユメハに羞恥心などという感情はまだ存在しないため、常時真顔である。


 その後は結局10着近くの衣類を購入する事となった。もちろんカコのポケットマネーで。魔法少女はかなーり稼げるお仕事でもあるのだ。


「いやぁ、買った買った……」


 両手に紙袋をいくつも抱え、カコはホクホク顔で満悦だ。このあと食材の買い出しもしないといけないことなど、すっかり頭から抜けている。


「……カコ」


「んー? どうしたのユメハちゃん」


 ふと、ユメハは小さなアクセサリーショップの前で立ち止まった。そしてじっとある髪飾りを見つめている。


「この装飾品は、【四つ葉のクローバー】を模したものでしょうか?」


「そうだね、クローバーの髪飾りだね。欲しくなっちゃった?」


「……はい」


 ユメハはおぼろげながら、四つ葉のクローバーに特別な何かを感じていた。


 それが『好き』という感情だと知るのはずっと後のことである。





「――はい、できた! やっぱり可愛いねぇ~!」


「【ありがとうございます】」


 買ってもらった髪飾りをカコに着けてもらうと、ユメハは手鏡で自分の姿をぼんやりと眺める。


 なぜだか口角のあたりがむずむずするが、今のユメハにその理由はわからなかった。








 †







 それから食材も買わなければならないことを思い出したカコは、ショッピングモール内のスーパーにて苦労しながら色々と購入していた。


 両手が塞がっているというのに、一切の後悔もない曇りなき瞳で食材を買い込んでゆくのであった。


「フウカちゃん悪いね、持ってもらっちゃって」


「別に構わないぜ。元々オレの用事に付き合ってもらったんだからな、これくらいはしなきゃなんねえだろ。それにユメハちゃんみたいな小さい子に重たいもん持たせる訳にもいかねえし」


 カコもフウカも端から見れば十分『小さな子供』なのだが、魔法少女の身体能力は変身せずとも鍛え抜いた成人男性よりも高い。


 とはいえ、両手は塞がるし魔法で浮かせられたりはできない。魔法は万能ではないし、浮かべられたとしても無許可に魔法を使うことは禁止されているのだ。


「あ、もしもしももひー?」


 そんな訳でカコは、桃姫に電話をかけた。


『――薄明の聖騎士(アルバ)さんでしたか。何かありましたか?』


「出先でね、ちょっと買いすぎちゃってねぇ、車出してもらえない?」


『駄目です。駄目に決まってるでしょう? 社会人ナメてるんですか?』


「えー!!!?!?」


「そりゃそうだろ……」


 思わずフウカは桃姫に同情する。カコは最強の魔法少女だが、同時に問題児でもあるのだ。


「……ユメハちゃん、あれが反面教師ってやつだぜ」


「学習しました。【反面教師】をプログラムに追加しました」


 カコのスマホ越しに聴こえる桃姫のごもっともな説教をBGMに、フウカはユメハに余計なことを教え込む。


 それからカコは桃姫に論破され、結局荷物は自力で持ち帰ることになった。当然である。


「しょーがない……帰ろっか!」


 カコはスンと切り替えると、バス停へ向けて歩きだす。

 フウカもその後に着いていく中で、なぜかユメハはショッピングモールを見つめたまま立ち止まっていた。


「ユメハちゃんどうしたの? 買い忘れ?」


「来る」


「え?」


「何か、来る」


 その瞬間だった。


 よく晴れているというのに、雷鳴が轟いた。


 広大な敷地のショッピングモールの屋上に、まるで雷が落ちたようだった。


 その次の瞬間――ショッピングモールのあった場所は、真っ黒で巨大な〝繭〟に覆い尽くされていたのであった。


「……は? おいおいこりゃあ……」


「ウソでしょ……異相空間?!」


 驚愕する二人に対し、ユメハは冷静に現状を把握しようとしていた。


「……【異相空間】の説明を求めます」


「異相空間はね、災獣の中でも特に強い個体が作り出す異界のことだよ――」






 ――異相空間


 災獣の等級の中でも1級以上(・・)もの個体は、空間を歪め独自の小さな世界(テリトリー)を具現化し作り出すことがある。それが異相空間だ。


 内部では異界の主たる災獣の他、それに連なる配下とも呼べる災獣が無尽蔵に湧き出し内部の人間を喰らう。魔法少女にとっては雑魚でも、一般人からすれば万死の怪物だ。


 そして十分に餌を喰らった主たる災獣は、異相空間から羽化を果たし、より強大な怪物となって人類へ牙を剥くのだ。


「おいカコ! 迷ってる時間はねえ! 久々に〝アレ〟やるぞ!」


「うん……! ユメハちゃんも!!」


「了。魔力回路再形成プログラムを起動――」



 フウカは両手の拳を突き合わせた。それが彼女の魔法少女へ変身する掌印(トリガー)なのだ。


「オレに力を――!!」


 続けて二人もそれぞれの掌印を作り出す。


 カコは胸の前で指を交差させて十字を。

 ユメハはこめかみに『銃』を象った指を押し当てた。




「「「――変身!!」」」




 3人は駆ける。


 魔法少女として、責務を果たすために。


 今度こそ護り抜くために。



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