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第3話 ある魔法少女は学習する

 夢を見た。


 ずっと昔の、大好きな『お兄ちゃん』の夢だ。


 わたしの手は隣で歩くお兄ちゃんと繋がれていて、その大きくて温かな感触に懐かしい安心を憶える。


『大丈夫。何があってもカコのことはオレが守ってやるからな』


『うん!』


 わたしは無邪気にお兄ちゃんに笑いかける。

 お兄ちゃんも、どこか儚げな笑みをわたしにくれた。


『えへへ、お兄ちゃん大好き!』


『ありがと。オレもカコのこと大好きだよ』


 懐かしい記憶は夢の中で真新しい感覚と共にわたしをあの頃へと引き戻す。


 ……願わくば、この夢が覚めなければいいのに。




 お兄ちゃん、わたしのお兄ちゃん……。ずっとわたしのことを守ってくれたお兄ちゃん。




 ……嘘つき。



 約束したのに。

 ずっと側にいてくれるって、守ってくれるって言ったのに。


 違う、わたしのせいだ。わたしのせいでお兄ちゃんは――



『ここに居ろ。大丈夫、必ずあとで迎えに来てやるからな!』


 いかないで……。わたしを置いていかないで……。


 けれどもわたしはお兄ちゃんの走り去る背をただ見ていることしかできなかった。守れなかった。



 ……わたしの心に今なお燻る罪が、わたしを現実世界へと引き戻す。



 あぁ、そうだ。今度はわたしが守らなきゃ。



 もう誰も泣かないように、泣くのはわたしだけで済むように。


 今日もわたしは『魔法少女』としてみんなを守るんだ。









 ――――










『何故〝アレ〟に任務を与えたのだ! 桃姫!!』


 薄暗い円形の一室に桃姫は1人立ち、面倒な『小言』を聞き流していた。

 桃姫を取り囲むようにいくつも並ぶディスプレイには、それぞれに全国の『魔法省』の支部長の顔がリモートで表示されている。


 さながら、裁判を受けているかのようだった。


「あの子……ユメハが我等にとって有益であるか否かなんて、何かさせてみなければわかりませんよ。何より魔法少女の側で任務の補助を行わせる事も含めて〝1日四時間の外出〟を許可したはずでは?」


 桃姫は自分の身長よりも大きなディスプレイを睨み付け、淡々と語る。


『万が一アレが暴走して民間人を巻き込んでいたら、キミは責任を取れるのかね?!』


「私の責任は大前提です。その万一に備え、薄明の聖騎士(アルバ)を側に置いているのです」


 責任、責任、口を開けばすぐ責任とやらだ。

 自らも嫌な大人になってしまったなと、桃姫は内心で自嘲しながらもリモートの会議を続ける。


「……今回、あの子は従順であると示せたはずです。想定外の2級災獣出現による被害も最小限に抑え、保護対象も無事です。この結果に何の不満があるというのですか?」


『結果ではない! 可能性の話をしているのだ!!』


『アレの魔力波長は人間や魔法少女のものとは異なる! 災獣に見られるものそのものだ!! アレは人の形をしただけの災獣であり、早急に殺処分すべきで――』


『そもそも魔法少女などという化け物に頼りきっている現状が――』


 確かにユメハの魔力波長は人間や魔法少女のものとはかけ離れているが、所詮それだけだ。

 脳こそ機械だがそれ以外の肉体は完全に人間のものであり、魔力で擬似的に物質のような身体を再現している災獣とはまるで異なる。


 しかしもはやヒートアップしたこの老害(れんちゅう)には何を言っても無駄だろう。


 以前にも、魔力量が通常の10倍もある特異体質の魔法少女に対して濡れ衣を着せ殺処分を行おうとした事もある連中なのだから。


 特例というものを認めたがらない、害悪しかない奴等なのだ。


「……先日の会議で決まったはずの彼女に関する取り決めをお忘れですか? 彼女を殺害する際は、その情報を秘匿することなく世間に公開するという事を。まさか『怖いから』という理由だけであの子を殺処分したとして、世間は納得してくれるでしょうか?」


『……この魔女めが』







 *






 ユメハの収容されている災獣研究施設地下には、職員用に食堂やトレーニングルームなど色々な設備があり存外居心地は悪くない。


 カコとユメハはそんな食堂にて二人でテーブルを囲み、雑談に花を咲かせる……といってもカコが一方的に話しているだけなのだが。


「はあー……聞いてよユメハちゃ~ん? 録画予約してたアニメが延長された相撲中継に乗っ取られてたんだよぉ~……」


「推定される感情は【落胆】『それは災難でしたね』と回答します」


 無機質に機械的にそう答えるユメハ。

 ……ユメハにはまだ機微など備わっていないため、機能的にそう答えるしかない。


「ありがとうユメハちゃん~」


 ユメハに感情はまだ芽生えていないが、感情を求め理解しようとするその姿勢は良いことだと思うカコであった。


 そんな無気力な二人に近づく影が1人。


「よお、辛気臭い面してんなカコさん」


「……あれ、フウカちゃん? どうしてここにいるの?」


 横から現れた気の強そうな少女は、カコに鋭い眼差しを向ける。


 黒く長いツインテールに指を絡ませ、フウカという少女は心底めんどくさそうに自身に課せられた『任務』を脳内で反芻していた。


「個体名【フウカ】についての情報が不足しています。情報の提示を求めます」


「……俺は友禅フウカ、1級魔法少女だ。訳あってお前さんを監視……もとい場合によっては、駆除(・・)するよう命令されている」












 *











 よく晴れた初夏の午前の陽気とそよ風が草の香りを運んでくる。

 三人は川の土手沿いを特に目的もないままにぶらぶらと歩いていた。


 せっかくの日曜日だ。ずっとゴロゴロしているのもいいが、せっかくなら目的もなくとも外を歩いた方がお得だ。


 そうしてぶらぶら歩いていると、ふと困った顔をした幼い少年が目に入った。街路樹を見上げて何やら悩んでいる様子だ。


 どうしたのかな――とカコが呟くよりも先に、フウカはその子供に話しかけていた。


「どうしたボウズ、何か困ってそうだな?」


「えっ、えっと……ボールが枝に引っ掛かっちゃって……」


 ……ユメハは脳内で情報を整理する。


 ――なるほど、この人間(ホモサピエンス)の幼生個体は遊び道具を不注意で手の届かない場所へ引っ掻けてしまったのか。

 ボールを該当個体の干渉可能範囲に入れる……目的を設定。


 樹木の伐採を提案――


 ……等と物騒な事を考えている間にフウカは子供の頭をポンと撫でると、そのまま木の下まで歩み寄った。


「ちょっと待ってろ。よっ……と」


 そしてフウカはぴょんと人間離れした跳躍力でボールの引っ掛かっている枝まで跳び上がり片手で掴まる。

 それから、もう片方の手でボールを掴むと下の少年へと投げ渡した。


「ありがとうおねーちゃん!!」


「おう、次は気を付けろよ!」


 ペコペコ頭を下げる少年を横目に、フウカは二人の元へと戻る。


「相変わらず優しいねフウカちゃんは」


「はっ、こんなの優しさにゃ入らねーよ。魔法少女の本懐は〝人助け〟なんだからな、当たり前の事をしたまでだ」


「真面目だねぇ。わたしフウカちゃんのそういうところ大好きだよ」


「そいつはどうも」



 ……そんなフウカが何故ユメハの〝監視〟もとい〝駆除〟の任務に就くことになったのか。


 簡単に言うならば、上層部はユメハという危険物に桃姫の息のかかっていない監視者を着けたかったのだ。


 上層部に逆らえないかつ、祝福の簒奪者(アナテマ)を一撃で殺害可能な殺傷力(・・・)を持つ魔法少女。それがフウカである。


「……つっても俺だって人を殺したくはねえよ。どうか俺に人殺しなんてさせないでくれよ」


 フウカは……人を殺める事はできる。やったことはないが、やむを得ず人を殺害しても発狂しないだけの覚悟と胆力はある。


 だがそれでも、やりたくないものはやりたくないのである。




 *




「あっ、四つ葉のクローバー!」


「おー、ラッキーだねぇ」


 芝生の一角に群生するシロツメクサの中から、カコは四つ葉のクローバーを発見し摘み取る。


「この四つ葉のクローバー、ユメハちゃんにあげるよ」


「? 理解不能。これは意味のある行為ですか?」


「四つ葉のクローバーはね、見つけたら幸運が訪れるって言われてるんだよ。ユメハちゃんにもいいことあるかもね?」


「意味を理解。根拠なき【ジンクス】の一種と学習しました」


 なるほどとユメハは脳に新たな知識をダウンロードすると、四つ葉のクローバーを受け取り大切そうに懐に仕舞いこむ。


 ――いつか感情を知った時、四つ葉のクローバーとやらの良さもきっと分かるに違いない。

 その日の為に、ユメハは何気ない日常を『学習』するのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 四葉の…クローバー… もうこの時点で泣けるよ…(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`) 【やがて光る星は消えた】 あかん、もうこの2人が幸せそうに楽しそうにするたびに結末を知ってる…
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