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第2話 ある魔法少女の初任務

『何の罪も無い女の子が、大人の『怖いから』って理由で殺されていいはずがないでしょ!?』


 あの子は人間だ。

 初めて出会ったあの時、彼女は〝泣いていた〟のだ。悲しそうな顔を浮かべていたのだ。


――ユメハの殺処分はあくまで〝保留〟だ。一時的に差し止めているに過ぎない。


 カコはこれを『保留』ではなく取り消したいと桃姫に懇願した。


『……彼女に人間への敵意は無く、かつ有益であると示すしかない……つまり実績であのハゲども(上層部)を黙らせるのです――』


 桃姫もカコに同感だった。


 世界に最初の魔法少女が現れた時、人類は彼女を過度に恐れバケモノと迫害し、自死へと追いやった。


 同じ過ちは犯さない。未知を未知のまま排除するのは違うのだと桃姫は考えている。

 未知の霧を知恵の灯火で退ける。それこそが人類を地球の覇者たらしめてきた力なのだから。















 黄昏時。


『KEEP OUT』と書かれた黄色のテープが規制線を張り、普段は閑静な住宅街に物々しく剣呑な雰囲気が包み込む。


「――改めて、今回の任務の概要です」


 人気の無い校門前に佇み、桃姫はカコとユメハに『任務』について解説する。


「人命救助、最悪の場合は遺体の回収及び災獣の討伐です」


 ――本日17時頃、このA高校敷地内に低級災獣が複数体発生。

 当時敷地内に居た242名中、生徒2名と連絡がついていない。


「おっけー! ユメハちゃん初任務! 一緒に頑張ってこーぜ! えいえいおー!」


「了。えいえいおー」


 ユメハはカコを真似て抑揚なく気張っていく。


「それじゃあ……〝変身〟!!」


 カコは胸の前で指を十字に交差させて『変身』と呟くと、白い光に包まれて魔法少女へと姿を変える。


 〝変身〟


 それは魔法少女と呼ばれる少女たちが、各々の『願い』を具現化した姿へと形を変える合図。


 ある者は『力』を欲し、ある者は『正義』を求め、ある者は『愛』を希う。
















 もぬけの殻となった黄昏時の校舎の中に、影法師が二つ。




「クソッ……魔法少女はまだ来ないのか……?」


「リュウくん……ごめんね、あたしのせいで……」


 ロッカーの陰に隠れ、二人の男女は校舎内を徘徊する『災獣』に見つからないよう身を寄せ合って息を殺していた。


「喋るな、傷が広がっちまう」


 女子生徒は腹部に刺し傷があり出血がひどい。

 このままではじきに出血多量で意識を保つのも難しいだろう。長引けば命も危うい。

 一刻も早く治療を受けなければならない。


 しかし、それをできない理由がある。



『お、お、おおあお、もおお、いいかぁい?』



「……っ!」



 教室の外の廊下を、異形の災獣(バケモノ)が這ってゆく。

 気づかれれば命は無い。


 必死に息を止め、それが去るのを待つ。

 数秒だったかもしれないし、何十秒も何分も経っていたかもしれない。


『いな、いい、ない、よおぉぉぉ』


 災獣(バケモノ)の声が遠ざかってゆく。

 ひとまずはやり過ごせたようだ。

 しかし、校内にはまだまだあんな災獣(バケモノ)がうじゃうじゃ徘徊している。一か八か移動するにも危険過ぎるし、窓から逃げるにしてもここは四階だ。


「早く助けに来てくれ……」


 魔法少女が助けに来る事を信じ、彼は目を閉じ祈るのであった。









 *













 二人の少女は学校の敷地内へと足を踏み入れる。

 一歩校門を通り抜けると、明らかに空気の感触が重く粘っこいものへと変わった。


「ユメハちゃんは魔法少女初心者だからねっ! わたしが色々教えてあげるからよーく見ててね!」


 白いドレスアーマーに身を包んだカコは、ユメハを先導して進んで行く。

 在間カコの魔法少女としての姿――薄明の聖騎士(アルバ)


 仄かな星形の光を衣服からキラキラ溢し、彼女は駆ける。


『お、オォぉ、あぁお……みいいぃつけたぁぁぁぁぁ』


 すると校舎へと入ろうという所で、下駄箱の後ろからナメクジに酷似した異形の災獣が現れた。高さだけでも3m近くはあるだろうそれは、粘液を滴らせながらカコへと這い寄ってくる。


「早速出たね。ユメハちゃん、いつでも変身できる準備だけして見ていてね」


 すると、カコ(アルバ)の右手に金色の光の槍が出現する。


『おぉぁぁぁ……』


 ナメクジの人間じみた歯列の並ぶ口から、球体の粘液の塊がカコめがけて吐き飛ばされる。

 カコはサイドステップでそれを回避。粘液球が着弾した金属の下駄箱は、じゅうじゅうと音をたててどろどろに融解していった。




 ――災獣の等級は、危険度や戦闘能力の高さに応じて基本的に(・・・・)5~1の5つに分別される。これは数字が小さいほど上の等級である。


「わたしって実は攻撃は苦手なんだけどさ、このくらいの相手なら」


 カコは金色の槍をナメクジの頭部めがけて投擲した。

 槍はそのままナメクジの頭に突き刺さると、星形の光を撒き散らしながらその身体を焼き尽くした。


 遭遇から僅か5秒のことであった。


「どうよっ?」


 先輩風を吹かしカコは無い胸を張る。

 しかし悲しきかな、感情のないユメハから称賛をもらえることはないのだ。


「人命救助を優先するならば先に進むことを推奨します」


「……何も言い返せないね。ユメハちゃん、校舎に入るからもう変身しちゃって」


「了解しました。魔力回路再形成プログラムを起動――〝変身〟」


 ユメハは自身のこめかみに指で形作った『銃』を押し当て、魔法少女へと姿を変えるのであった。







 *








 ぶちっ


 ぶちちっ


 ぐちゃっ……


 水気のある異様な音が物静かな教室に響き渡る。


 女子生徒を抱え、その男子生徒は床にへたりこんだまま動けなくなっていた。


 少し視線を上げれば、ぎょろりとした大きな4つの眼球と目が合う。


 ぐちゃり、ぐちゃり。その怪物が咀嚼する度に、床に緑色の液体が滴り落ちる。




 ずっと隠れ忍び続けていた二人だったが、やはり血の臭いまでは誤魔化せなかったのだろう。

 人一人丸呑みにできそうなほど巨大な芋虫型の災獣が襲い掛かってきた。


 が、しかし。


 その真横から、更に巨大で素早い災獣が現れそのまま……芋虫型災獣を貪り始めたのだ。


『かごお、おぉ、めぇ……』


 生きたまま喰われている芋虫型災獣が、苦し気に呻いた。


 そんな事を気にも留めず、その『捕食者』は鎌のような両腕で獲物をがっしり押さえ込みむしゃむしゃと貪り喰らう。

 食べることに夢中になっているようにも思えた。けれど、その巨大な両目だけはしっかりと二人を捉えて離さない。


 ――あいつが芋虫を食べ終えたら、次は自分たちの番だ。


 逃げようにも、女子生徒――彼の恋人は怪我のせいでもはや立って歩くのもままならない。置いていく訳にもいかない。



 むしゃむしゃ、むしゃむしゃ




 とうとうあのカマキリは、芋虫を平らげてしまった。


 ゆっくりと、ゆっくりと、カマキリの首が二人の方へと向く。


 巨大な鎌のような両腕が、次の獲物へと伸びてゆく。


「来るな来るな来るなっ……!!」


 後頭部のあたりがさぁっと冷たくなるのを感じた。心臓が張り裂けるかと思うほどにばくばくと鳴りやっている。



 ――ここで終わりなのかという諦念と、死にたくないという生存本能が矛盾し思考をフリーズさせる。








 その時だった。



 ――ドォンッッッ!!




 乾いた破裂音が反響し、同時に二人を捕らわんする蟷螂の鎌が何かに弾かれたのであった。



「大丈夫っ?」


「あ、貴女たちは……」


 廊下からカコが男子生徒の元へと駆け寄ってゆく。

 その後ろを、〝魔法少女〟としての姿のユメハがゆっくりと追ってゆく。


「わたしは〝星〟の魔法少女〝薄明の聖騎士(アルバ)〟! 助けに来たよ、怪我はない?」


「かっ、彼女が酷い怪我をしててっ……! 血が止まらなくって……!」


「なるほどね。ちょっと待っててね……」


 蟷螂の前に立ち塞がりつつ、カコは懐から小瓶のようなものを取り出し男子生徒へと手渡した。

 瓶の中には小さな花のような何かが入っているようだ。



「それはね、多少の怪我ならたちまち癒しちゃう魔法のお花だよ。そのぐらいの傷なら痕も残らないはず」


 それの蓋をポンッと開け、男子生徒は中身の花びらを女子生徒の傷口にそっと当てる


「これが、薄明の聖騎士(アルバ)さんの魔法なんですか……?」


「ううん。これはここにはいない別の子の力。瓶に入れておけば数日は治癒の効力を保存できるんだ」


 女子生徒の出血が止まった。相変わらず顔は白く血色はよくないが、これ以上傷が悪化することはないだろう。


『だぁ、さる、ま……』


 意味不明な呻き声を出しながら、蟷螂はカコへと腕を伸ばす。が、突然目の前に出現した『盾』によりカコに届くことはない。


「わたしは攻撃は不得手だからね。任せるよ、ユメハちゃん……いや――


 ――〝祝福の簒奪者(アナテマ)〟」



 ドォンッッッ!!



 再び乾いた破裂音が響き、今度は蟷螂の頭が何かに弾かれた。

 蟷螂は苛立ちながら、災獣の死骸の散乱する廊下に立っている音の主へと向き直る。


「敵性存在の解析を完了しました。排除に移ります」


 ――その災獣の形質を簡単に表すならば、黒い蟷螂(カマキリ)そのものである。

 ただしその捕脚(まえあし)は2対あり、さしずめ4刀流といった風体だ。


 そんな巨大な蟷螂とユメハはにらみ合う。



 ユメハの魔法少女としての姿は、言うなれば『軍服』だろうか。

 軍服をモチーフにしたロリータ風のスカートが風に靡き、軍帽の鍔がユメハの目元を隠す。


 魔法少女名は『祝福の簒奪者(アナテマ)』。

 〝正義〟のアルカナを有する魔法少女である。



 ユメハは両手の二丁の拳銃のトリガーを引き、蟷螂型災獣へと魔法の銃弾による先制攻撃を仕掛ける。


 蟷螂型災獣はアナテマの放った銃弾を鎌で見切り弾くと、まるで居合いのように鎌を構え……シャコの捕脚の如く振り抜いた。



 ザンッ――



 いっそ綺麗な金属音と共に、校舎が真っ二つ(・・・・)に切断された。



 本来カマキリの前肢というものは、斬るのではなく〝押さえ込み〟〝逃がさない〟事に特化したモノである。


 しかし目の前の災獣はそうではない。文字通りその鎌で命を刈り取る、死神のごとき怪物だ。


 カコとユメハが道中討伐してきた災獣たちは5~4級程度であった。

 対してこの蟷螂型災獣は、推定で2級相当の力を有している。



 ――薄明の聖騎士(アルバ)は生徒二人を盾で守っており、よほどの事態でもなければ攻撃に参加はしない。ユメハに〝実績〟を作らせるために、これは事前の打ち合わせ通りだ。


「敵性存在の行動パターンを学習中……」


 蟷螂がその鎌を振るう度に、校舎に鋭い線が走り切り裂かれてゆく。


 当たれば人間よりも肉体強度の高い魔法少女といえど無事では済むまい。




 ――当たれば、だが。




 ユメハは無表情のまま蟷螂の斬撃を全て完璧に躱しつつ、引き金を何度も引き魔法の銃弾を放つ。



 具現化した『銃』を扱う魔法少女は多い。

 が、扱いが難しい上に威力面や制圧面においては他の魔法と比較するとやや劣る。


 しかし、ユメハは……祝福の簒奪者(アナテマ)は違う。


 祝福の簒奪者(アナテマ)の放つ銃弾は、全て正確かつ完璧に蟷螂の関節や眼球を破壊し、着実に蟷螂の行動を封じてゆく。




 ――捕縛後の身体検査によると、ユメハの頭の内に〝大脳〟は存在しないということが判明している。


 その代わりに頭蓋骨の内には、大脳の機能を兼ねる『機械(コンピューター)』が詰まっているのだという。


 それ故、だ。ユメハは人間ではあり得ない高度な演算能力を有し、現時点ではただ『銃を具現化する』というだけの能力(まほう)を必中必殺へと昇華しているのだ。



『ギギゴゴガァァァァァァァァッ』


 断末魔とも怒りの咆哮とも取れる絶叫をあげて、蟷螂は天井を破壊し翼を広げて上空へと飛び立とうとした。


 しかし、そうは問屋が卸さない。


「させないよ」


 空を飛ぼうとする蟷螂の眼前に、それはそれは巨大な『盾』が邪魔をする。


 蟷螂は辛うじて残っている最後の鎌を振るい、盾を切り裂こうとするが



 ベキンッ――




 砕けたのは、盾を切り裂こうとした鎌の方。


 そして攻撃手段を失った蟷螂を、祝福の弾丸が無慈悲に撃ち抜く。


 まずは翼、それから残っている脚部。


 あとは急所である頭部の核。


 そうして蟷螂型災獣は、地上へと落下してゆくよりも前に黒い塵となって消滅したのであった。







 *






 その後――逃げ遅れた二名の生徒は無事に保護され、A高校に出現した災獣の群れは掃討された。


 建造物への被害は甚大であったが、死者は0名。負傷者である女子生徒も命に別状はなく、1週間ほどで社会復帰を果たした。





「――初めての任務、どうだったかな?」


 鉄格子越しにカコはユメハに問いかける。

 今回の任務はユメハにとって初めて『魔法少女』として戦った経験だ。


 感情など感じない心なき鉄の頭脳のユメハだったが、何か形容しがたい感覚を自覚していた。


『ありがとう……! 君のおかげで俺も彼女も助かった……! 本当にありがとう!』


 蟷螂型災獣を倒した後に、あの男子生徒にそう『感謝』された事を記憶している。


 ……理解不能(わからない)


 自分自身の鉄の脳に走るノイズ(かんかく)が。


 けれど、不思議とそれが悪いものではないともユメハは感じていた。




「……ヒトの持つ『感情』という機能。それを知りたいと思いました」


「そっか……」


 カコはほっと心のどこかで安心した。

 やはりこの子には感情が存在しないのではなく、『知らない』だけなのだ。


「それならさ……

 ――強くなってよ。わたしを守れるくらいに」


 カコはユメハにそんな目標を与えた。


『目標』があるから、人はそれを達成するために成長できる。

 ユメハは人間なのだ。そう信じている。だからきっと……



「わたしを守れるくらいに強くなった時……きっとユメハちゃんは感情を理解できているから――」




 ――思えばこの時がきっかけだったのだろう。




 カコは知らない。知ることもない。




 その言葉が、ユメハにとって祝福であり呪いでもあったことを。

お気づきの方もいるかと思いますが、『あるまほ(略称)』は前作『NPCなんかじゃない!』にて登場した魔法少女たちの生前の物語です。

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祝福の簒奪者が祝福に縛られるって皮肉が聞いてていいね
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