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第1話 ある魔法少女と忌み子

「昨日のニュース見たー? H市に出た3級の災獣群の話!!」


「見た見た! 薄明の聖騎士(アルバ)ちゃんのおかげで死者ゼロなんだってね!」


「すげーわー、さっすが日本最強の魔法少女は伊達ではないねー」


 ありふれたお昼休み。姦しい女生徒たちは教室の角にたむろし話に花を咲かせる。


「あぁ~、あーしも一度でいいから薄明の聖騎士(アルバ)サマに会ってみたいわぁ……」


「プライベートはどんな娘なんだろうね……?」


 そんな姦しい会話すぐ側の机に突っ伏し、白髪の少女は喧しいと思いつつ居眠りをしていた。


「んむむ……」


「ねーねー在間さん!!」


「うおっ、びっくりした……」


 とつぜん友人に貴重な睡眠時間を邪魔され、白髪の少女は少しだけ不機嫌気味に顔を上げた。


「カコちゃん、放課後うちらとゲーセン行かない?」


「あー……ごめんね、わたし放課後バイトなんだ」


 カコちゃんと呼ばれた女生徒は申し訳なさそうにその誘いを断った。


「バイトって、在間さんいつも何のバイトしてんの? あまり寝れてないようだけど?」


「もしかして怪しいバイト……おくすり売人……?」


「な訳ないでしょ……。ただハードスケジュールなのは間違いないけどね……。今度何とか予定開けてみるから、その時また誘ってくれたら嬉しいな」


 そう言うと、カコはまたうつらうつらと船を漕ぐのであった。


「……在間さんって小さいよね」


「ね。中学生にしか見えないよね。ちゃんとご飯食べれてるのかな?」




 ――彼女たちは知らない。


 自分たちのこの平穏は、目の前で白昼夢に揺れる〝在間カコ〟という小さな女の子によって守られているのだと。






 *






 放課後


 ――東京都 旧横田基地。


 嘗ては米軍の飛行場であったその広大な敷地は、現在半径1kmに渡り一般人の立ち入りを禁じられている。


 ここは日本政府管轄の『災獣研究施設』だ。一見すると広い土地に対し、建造物はごく少なく地平線まで見渡せるほど閑散としている。しかしその地下200メートルには、蟻の巣のごとき施設の本体が広がっている。







 カツン――カツン――


 重苦しくも冷たい空気が滞留し心もとない蛍光灯の照らすトンネルに、二人の少女の足音が響き渡る。


「ごめんね、待った?」


「5分遅刻ですよ薄明の聖騎士(アルバ)さん?」


「いやあ、来るまでちょっと色々あってね……。ごめんねももひー?」


「……まあいいでしょう。貴女の事なら大方、またお年寄りを介抱していただとか迷子の親を探してあげただとかそんな辺りでしょうし。本題に入りましょう」


 ももひー、と呼ばれる桃色の髪をした一見して小学生程度の少女は、メガネをかけ直すとため息をつく。


「――対面許可が降りたのは特例中の特例です。薄明の聖騎士(アルバ)、貴女の力ならば抑え込めると判断しただけのこと。依然として〝アレ〟は危険だと――」


「わかってるって。氷の仮面なももひーが上のお偉いさんたちを頑張って説得してくれたんでしょ? ありがとうねももひー?」


 ももひーと呼ばれる少女は、子供にしては妙に老熟した仕草で肩をすくめ、タイトスカートとスーツの合間のくびれに手を置きもう一人の少女の顔を見上げるのであった。


「私は〝アレ〟の正体が不明瞭な段階で殺処分に走るのは早計だと提言しただけです。別に薄明の聖騎士(アルバ)に忖度したという訳ではないのであしからず」


「ももひーは相変わらずお堅いねぇ。わたしの事もずっと薄明の聖騎士(アルバ)呼びだしさあ。

 長い付き合いなんだし一回くらいカコちゃんって呼んでよ?」


「お断りさせていただきます。仕事とプライベートは分ける主義なので、職務中は貴女のことは魔法少女名で呼ばせていただきます」


「固いなー。そんなんだから適齢期逃すんですよー?」


「適齢期すら迎えてもいない子供に言われたくありません」


 薄明の聖騎士(アルバ)ことカコは、ももひーの固く四角い言葉にやれやれと首を横に振ると、グダグダの会話を打ち切った。


「そろそろかな」


「はい。〝彼女〟を収容しているA-158号室は右手前の扉です」


 相変わらず薄暗くも、少し開けた場所に出た。そこは十メートル間隔で壁に鉄の扉があり、A-124だのB-329だのと番号が刻まれている。どの扉の向こうにも、魔法少女たちが生け捕りにした『災獣』が収容されている。


 目的はその内の『A-158』だ。


 ももひー――林堂桃姫は、カードキーをA-158の扉のノブに翳してロックを解除。そのままその部屋の中へと恐る恐る入ってゆく。



 厳重な鉄扉の向こうの空間は、更に鉄格子により隔てられている。


「――久しぶり。元気かな?」


 カコはその中に踞るやや灰色がかった白髪の幼い少女に優しく朗らかに声をかけた。


「是。心肺機能は良好……バイタルデータに異常はありません」


 少女は無機質に抑揚なく応えた。

 それはまるで、感情もなくそれを取り繕うこともない機械のようであった。


「元気なら良かったよ。何か欲しいものとかある? 好きな食べ物くらいなら持ってこれるけど」


「否。【個体識別番号1294】に嗜好の類は必要ありません」


 彼女に感情は存在しない。

 ……分かりきっていることだ。しかしながらカコは、それでも彼女を「人間」として扱うと決めたのだ。


「貴女の正体が〝人〟か〝災獣〟か〝魔法少女〟か。

 それを見極めるまでは監視下に置かせてもらいます」








 災獣

 世界の天敵。


 約20年前に突如として世界中に出現し、人間を好んで喰らう正体不明の生命体だ。


 推定でこれまでに世界中で10億人以上が災獣により命を奪われているとも言われている。


 災獣に物理的攻撃は一切通用せず、人類のいかなる科学の叡知の刃も届きはしなかった。


 災獣に唯一対抗可能な存在は、初潮を迎えた9~19歳の女児に稀に発現する異能――『魔法少女』のみである。




 ――個体識別番号1294……検査によると彼女は、人間と災獣の〝交配種〟である。


 そして同時に、魔法少女の力も所持している。



 故に厄介。上層部は彼女を災獣であると断定し、面倒事の起きる前に殺処分しようとした。

 しかしそこへ桃姫とカコが横槍を入れた形である。




「――薄明の聖騎士(アルバ)の側から離れない、他者を害する行為をしない。これを条件に貴女は1日4時間だけ外出を許可されました。逆に破れば即殺処分です」


「これもももひーが説得頑張ってくれたおかげだよねー?」


「うるさいですね……ひっぱたきますよ?」


「……」


 ぐだぐだな桃姫とカコを横目に、〝彼女〟は俯いた顔を上げる。

 そして白目の無い真っ黒な左目でカコを見据えた。


「【個体識別番号1294】の管理者権限を、個体名:【カコ】に設定しました」


「こたいしきべ……名前無いと不便だね。わたしが名前をつけてあげよっか?」


「是。【管理者(マスター)】であれば呼称名の登録は可能です。設定しますか?」


「そうだねぇ。それじゃあらかじめ考えてきてた名前……〝ユメハ〟なんてどうかな?」


「了。個体識別番号1294に呼称名『ユメハ』を登録しました」


 〝ユメハ〟

 名も無き忌み子は『ユメハ』の名を得た。


「気に入ってくれたかなぁ?」


「良い名前と推察します」


「推察かぁ……」


 今のところ(・・・・・)ユメハに感情は無い。

 感情を感じる機能が備わっていないのだ。


 だが、カコは信じている。

 ユメハと共に笑える日がやって来ることを。








 *









 カコとユメハが出会ったのは半年ほど前の事だった。


 ……災獣と戦っている野良の魔法少女が現れたという通報がきっかけだ。


 保護された時、ユメハは渋谷のスクランブル交差点にて出現した大型災獣と交戦していた。

 そこへカコが助太刀し討伐に成功。その後は大人しく保護を受け入れた……というワケだ。


 ユメハにはカコと出会う以前の記憶が無い。デフォルトの機能として搭載されているデータはあるものの、本人も自身の正体も出生も何一つとして知らないのである。



『脳が機械である』



『肉体に漲る魔力の質が災獣そのもの』



 ……上層部が彼女を恐れる理由もわからなくはない。

 しかしそれでも未知に対して蓋をするだけなのは違うと、カコも桃姫も殺処分には反対するのであった。





 彼女を生かす事が人類にとって有益となるか、裏目に出るか。


 そんなものは未来になってみなければ誰にも分からないのだから。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 逆サイボーグってそういう!!??  脳だけ機械なのかぁ……あと体も人間じゃないと  めちゃくちゃ異質だけど、今は感情がないだけなんですよね!!?  なら安心……かなぁ:( ;´꒳`;) …
[一言] 新作、主人公はアルパちゃんか。(前作の道化ちゃんいつからかな)
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