第12話 真夏の夜の夢
「キャ~~~!!!! ユメハちゃん可愛い! すっごく似合ってる~~~!!!」
黄色い猿叫をあげ何やら嬉しそうなカコに対し、当のユメハはやはり真顔であった。横線を3本並べたかのような真顔であった。
「理解不能。局部を隠す理由を理解できません。……しかし【カコお姉ちゃん】が喜ぶということは、何か【楽しい】理由があると推測します」
「そうよ! そうそう! 夏といえば海! 海といえばかわいい水着!! 女の子なら妥協しちゃいけないの!!!」
「……理解しました」
何をどう理解したのかはさておき。
水平線に立ち上る入道雲、パステルカラーのような青き空と焼き付けるように照る太陽、そしてキャっキャと白い砂浜で楽しそうに走り回る水着姿の少女たち。
そう――カコとユメハは、海へやって来ていたのである!!!
*
『……これが、いいです』
『あら~、そっかぁ! いいと思うよ!!!』
……
ユメハの水着は、カコに連れられてきたお店で自らが選んだ。ユメハが気に入ったデザインのものである。
緑色の、四つ葉のクローバーがプリントされたビキニである。……本当は同じ模様のキャミソール型のものにしようとしたのだが、カコの熱いプッシュによりビキニを選ぶ羽目になった。
……『【カコお姉ちゃん】が喜んでいるなら、まあいいか……』という感じで、ユメハ本人もその露出の高さには特に思うことはない。
対するカコは無い胸を少しでも大きく見せようと画策したのか、星条旗柄で膨らみを主張するようなビキニであった。
「ふふーん、どうよユメハちゃん?」
「……【良いと思います】」
「やったぁ~!!!」
横線を3本並べた顔をしながら玉虫色の言葉でカコを喜ばせるユメハ。
「仲いいなお前ら……」
そんな2人を少し離れた所から見ながら、一際胸の大きなフウカはパラソルの下で夏を満喫していた。
黒い大人びた、フリルつきのビキニだ。
男子中学生ならば100人中120人がガン見するであろう。そして、彼女の身体中にある傷痕を見て後悔するのだ。
だがここには男子中学生は存在しない。
ここは今日限りで魔法省が貸しきっているプライベートビーチである。
魔法少女だけの、楽園なのだ。
今日は日頃から頑張っている魔法少女たちとその家族への慰安旅行。
「大きくなったねぇアカメちゃん! お姉ちゃんより身長高くなったんじゃない?」
「わ、カコさん! いつもお姉ちゃんがお世話になっております!」
アカメ、という少女はフウカの妹である。
フウカにとっては唯一の肉親だ。
「フウカちゃんにはお世話になってるよ~! ほんとフウカちゃん頼りになるんだ~」
「えっへへ、お姉ちゃんってやっぱり凄いんだね!」
「お、ま、え、ら……恥ずかしいからやめてくれ……」
褒められ慣れていないフウカは、真っ赤に染まった顔を隠してそう言うしかできないのであった。
*
半ば追い払われる形でフウカたちと別れカコとユメハは、波打ち際で海を満喫していた。
「そーだよ、ゆっくり力を抜いて~」
産まれてこのかた泳いだことなどないユメハに、カコは泳ぎ方を伝授しようとしていた。
カコの脳は未知の超高性能なコンピューターだ。人間と仕組みこそ異なれど、その性能は人間のそれを大きく上回る。
もっと手取り足取りイチャイチャ教えたかったカコだったが、ものの五分ほどで泳ぎを習得したユメハに笑顔の裏で歯ぎしりをせざるをえなかった。
「そうだユメハちゃん! あそこの岩場まで泳いでこーよ!!」
そんなこんなで2人はやや沖合いの岩場へと泳いで向かった。
今は引き潮時。普段は海中の岩も外に露出しており、何か変わったものを見られるかもしれない。
「……? これはなんですか?」
「お、おおー! これってあれ、あれよ! えっと……カメノテ!!」
「これは」
「うに!!!」
「こっちのこれは」
「スベスベマンジュウガニ!!!!」
はしゃぎにはしゃいでいるカコに対し、ここでもやはり真顔なユメハ。
しかしどこか満更でもなさそうだ。
「――そろそろ戻ろっか?」
しばらく岩場であんなこんなを満喫した2人は、陸に帰ろうと海へと飛び込んだ。
……この時2人はまだ大事なものが失われていることに気づいていなかったのであった。
*
「ユメハちゃん……どどど、どうしよう……」
砂浜の脇の岩陰で青ざめた顔で胸を押さえるカコ。
押さえている手の下にはあるべきはずの水着はない。
このままでは痴女のレッテルを貼られてしまう――!!
「うぅー……なんで脱げちゃったんだろ……」
どうやら泳いでいる最中にどういう訳か脱げてしまったようだ。
「私が【桃姫さん】に相談しに向かいます」
実は桃姫も慰安旅行に同行している。いるのだが……支部長という立場の桃姫にとってこれは慰安旅行などではなく……。
動けないカコに気を利かせたユメハは、桃姫に助けを求めようと砂浜を急ぎ足で歩む。
しかし――
『ギッシャアアアアァァァクウゥゥゥ!!!!』
海より、なんとサメが現れた。世にも珍しい海のサメだ。
しかも、海から現れたくせに空中を泳いでいる。
災獣だ。
「こんなタイミングで災獣だなんてっ……!」
あまりにも最悪なタイミングである。
だが、ここは今は魔法省の貸し切り……魔法少女がわんさか集まっている。
「うおおおお! 皆のものー! ボクちゃんの勇姿をスクショして拡散しまくるのだー!! 変☆身!!!」
ユメハからほど遠くで、ピンク色の光の柱が立ち上る。
誰かが魔法少女に変身したようだ。
[エマ:ペルソナたんがんばえー!!!]
[ナナミン:油断しないように]
[えりえり:ペルソナちゃんなら楽勝っしょ!]
[とーかちゃん:海から来る鮫とはたまげたなぁ]
[災獣先輩:お布施【¥5000】]
[ペルソナちゃんガチ恋おじさん:スクショ待機]
その少女の視界の端にはチャットのコメントが常時流れており、それらをひとつも見逃すことなく『魔法少女』はサメと対峙する。
「だいじょーぶ、ボクちゃんが来た!☆ あ、野獣せ……じゃなかった、災獣先輩さんスパチャありがとー☆」
その魔法少女はピンクのロリータドレスに身を包み、桃色のツインテールをハート形のキラキラした髪飾りで彩っている。
――その少女の名は、『三春タキ』。
『恋人』の魔法少女であり、 魔法少女名は『愛染の舞踏姫』という。
ユメハよりも少し先に現れた、新進気鋭の新人魔法少女である。
そしてついでに人気の配信者でもある。
「シャァァァァク!!」
空中を泳ぎタキへと突撃してくるサメ型災獣。だがタキは焦ることなく、カメラマンの少女に向け投げキッスを飛ばした。
「ボクちゃんの魅力にをサメくんに教えちゃうぞ! 君のハートにロックオン! そのまま落ちるとこまで落としてあげる♡」
「!?」
空中を泳いでいたサメは、突然揚力を失い砂浜の上へと落下し叩きつけられた。
ペルソナの能力のひとつ、重量操作によるものだ。そしてタキは思い切りジャンプすると、華麗に空中で可愛らしくキメポーズをとりながらサメへ向かってライダーキックをかますのであった。
*
「およよ? サメのフカヒレに何か……?」
サメを打倒したタキは、サメのヒレに絡み付く『星柄の水着』に気がついた。
同時に、ユメハも水着の存在に気がついていた。
――カコお姉ちゃんの水着。
ユメハはIQにして300の鉄の頭脳をフル回転させ、タキに気づかれずにかつ穏便に水着を回収する方法を模索していた。しかしすでにタキは水着へと手を伸ばしており、何をしたところで間に合いはしない。こうなれば言葉での交渉しかない。
諦めかけたその時――
「あらー? 先を越されちゃったかぁ」
「あ、あなた様は!!!」
現れたのは、カコの魔法少女形態〝薄明の聖騎士〟であった。
ペルソナとサメの戦闘中、カコは気づいたのだ。
――変身しちゃえばバレなくない? と。
しかも都合のいいことに下級の災獣という変身する口実まである。
[とーかちゃん:アルバちゃんキター!!!]
[災獣先輩:お布施【¥10000】]
[ペルソナちゃんガチ恋おじさん:ペルソナちゃんの憧れの魔法少女じゃん]
「あ、ああ、薄明の聖騎士さん! ボクあなたの大ファンです!! 握手してください!!!」
「いーよー!」
完全にペルソナの興味は薄明の聖騎士に向いている。今がチャンス。
ユメハはどさくさに紛れて水着を回収すると、目立たぬようさっきの岩陰でカコが戻ってくるのを待つのであった。
*
宵闇の空に煌めく花が咲く。
咲いた花は瞬く間に散り、また次の花が散っては咲いて、散ってゆく。
「あれはなんですか?」
「これはね、〝花火〟っていうんだよ」
海辺の宿のベランダから見える夜の海と空に、金色の満月と花火が咲いている。
浴衣姿のカコを花火の淡く瞬きのような光が照らす。それはまるで夢の狭間で揺れているかのようだった。
今は死者が彼岸を越えてあの世から帰ってくるとされる時期だ。
「綺麗、ですね」
「ふふふ、ユメハちゃんもわかるようになってきたね~。
花火はね、天国からも見えるように空を彩るんだって」
そう呟くカコの横顔は、やはり今にも消えてしまいそうで――
「――帰ってきてよ、お兄ちゃん」
ユメハは、抱く。カコの体を、抱き締める。
この気持ちの行き場を求めるように、カコが何処かへ離れてしまわないように。
「ユメハちゃん?」
「私は強くなります。カコお姉ちゃんを守れるくらいに、隣に立てるくらいに」
〝楽しかった〟
〝綺麗だった〟
ユメハは自覚している。
自身の小さな感情の発露を。まだ後々に気づく程度だが、それでも確かにユメハの中に『心』は形造られている。
――守らなきゃ、私が。〝お兄ちゃん〟の代わりに。
カコの心を救えるのは、ユメハしかいないのだから。
ももひーが支部長だったかどうかちょっと不安になってきました




