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第10話 ある魔法少女の帰る場所

 時は少し遡る。


 災獣との戦いで両足を切断する大怪我を負ったユメハを背負い、カコとフウカは『保健室』を訪れた。

 

「これからユメハちゃんの足を治せる人の所に行くけれど、びっくりしないでね?」


「? 了解しました」


 そうしてカコは『保健室』の扉を開ける。


「ラクリマちゃーん、怪我人を連れてきました!」


『はいはーい! 話は聞いてるクマ! その子をそこにそっと寝かせるクマ!!』


 三人を出迎えたのは……クマだった。まごうことなきクマであった。


 厳密には緑色のクマの小さなぬいぐるみ……テディベアが、立って歩いて喋っていた。


『ありゃぁ、すっぱりやられてるクマねぇ』


「ほら、これが切断された足だ。くっつけられるか?」


 フウカはユメハの両足を『ラクリマ』に差し出し、問う。

 その答えは


『余裕クマ! 最悪にょきっと生やせるから心配いらないクマ!!』


 〝ラクリマ〟は他者を治癒する魔法を扱える極めて稀有な存在である。日本における魔法少女たちの屋台骨と呼んでも過言ではない。


「……個体名【ラクリマ】の情報が不足しています。【ユメハ】は【ラクリマ】の詳細な情報を求めます。何故非生物たる玩具が活動しているのかの情報を求めます」


 そんな理解の及ばないラクリマという存在に、ユメハの好奇心は我慢できなくなった。


 クマのぬいぐるみが、なんか立って歩いて喋って自身の治療を行おうとしているのだ。

 しかもなんかカコもフウカもその事を一切触れようとしない。ユメハでなくともここでその質問は出たであろう。


「そこは、クマだからかな?」


「告。説明になっていません」


「まあな。クマだしな」


「告。説明になっていません」


『クマだからなんでもできるんだクマ~!』


「告。説明に……情報の請求を撤回します」


 もはや聞いても『クマだから』で済まされることにユメハはこれ以上は無意味だと察した。呆れたとも言う。


『それじゃあ治療を始めるクマ! 少し痛むのと治療後はしばらく痒みが残るから、そこだけ注意なんだクマ!』


「了解しました」


 ラクリマは短い手をユメハの患部に翳し、小さく呟いた。


 すると、どこからか白く光る百合の花が1輪、2輪、3輪とラクリマの周囲に咲き乱れてゆく。


『癒せ――』




 そうラクリマが呟いた瞬間、ユメハの切れた両足と傷口に淡い光が集まってゆき……傷跡すら残さずにくっついていたのであった。


『完治なんだクマ! もしも違和感や痺れが残るようならまた来るんだクマ!!』


「了。稼働に問題ありません」


 元に戻った両足を動かしたり触ったり。痺れも違和感もなく、なんなら失っていた血液も補填されている。『癒し』がこのクマの能力なのだろう。








 *







 翌日。ユメハの元へ何やら小躍りしながらカコが現れた。


「ゆーめっはちゃん!!」


「はい。どうしましたか?」


「今日はユメハちゃんにいいお話があるのです!」


 カコはそわそわ落ち着かないまま、ぺらぺらと口を開いた。


「ユメハちゃんにね、なんと『戸籍』がつけられそうなの!」


 先日の一級災獣との戦いにて、ユメハは多くの一般人の前で戦った。そしてその姿や戦いかたはインターネットを通じて拡散され、話題となる。


 魔法少女の情報というものは公式ホームページにて閲覧ができるのだが、ユメハこと祝福の簒奪者(アナテマ)に関する情報が一切無かった。


 そのことから『新人魔法少女なのではないか』という推察がなされ、今では公式による発表を多くの魔法少女ファンが待ち望んでいる状態だ。


 元々ユメハのことを秘匿しておきたかった魔法省だったが、こうなればもはややむを得ない。いずれは来る事だと想定はしていたが、ここまで早く事態が進むとは。


 こうなれば魔法少女としての姿を公開し、変身前の『ユメハ』には戸籍と人権を付与するしかない。


 桃姫の目論見通りであった。


「ユメハちゃん、わたしの妹にならない?」


「妹、ですか?」







 ――――









 数日後――


 在間カコと在間(・・)ユメハは、とある住居を訪れていた。


「靴は脱いでから上がってね」


「了解しました。【お邪魔します】」


 ここはカコが独りで住んでいる家である。


「お家に誰かがいるなんて久しぶりだよ~。遠慮せずくつろいでね」


 ユメハは恐る恐る案内されるまま居間にあがり、流されるままに手洗いうがいを済ませてソファーに腰かける。

 カコは冷蔵庫からジュースを取り出して、コップに注ぎ入れる。


「いやぁ、しかしユメハちゃんと暮らせるようになるなんて思わなかったよ」


「【私】もです」


 ユメハはこのカコの家で暮らすことになった。


 戸籍を得たユメハは、諸々を国ぐるみで改竄し建前上カコの実の妹という扱いとなったのだ。

 桃姫の養子となる案もあったが、本人とカコの希望に応える形である。


 カコは魔法少女の頂点だ。稼ぎは問題なし、何よりユメハを側で監視するという任務を遂行するためにはこれが最善であった。


 ……そう、これからは1日三時間の外出制限がなくなるのだ。もちろんカコやフウカの監視下という条件つきではあるが。


「これからは〝在間ユメハ〟ちゃんだね!」


「……【うん】」






 *







「こうですか?」


「そうそう! ユメハちゃん上手だね!」


 まな板の上のニンジンにゆっくりと包丁をおろし、さくっと歯切れの良い音をたてて切ってゆく。


 2人は台所にて、カレーを作ろうとしている。


 先日の買い出した食材は桃姫の部下が回収してくれていたものの、炎天下では悪くなってしまっているものもあった。


 なので後日改めて一緒に買い出しに行き、こうして2人でお料理をしているという訳だ。


「お料理はね、愛情がいっちばんの調味料なんだよ!」


「愛情、ですか」


 ユメハに感情は恐らくまだない。


「愛」が何なのか。それを自覚したとき、カコの言う事の尊さも理解できるのだろう。

 そう思い、ユメハは鉄の脳に【記憶(がくしゅう)】してゆく。


「そしたら次はね――」





 ――――




「これが、カレーライス?」


「そ。とっても美味しいよ~?」


 完成した香ばしい料理を前に、ユメハは不思議な感覚を抱く。

 感情の発露は近いのかもしれない――と自覚しつつ、まずは手を合わせる。


「いただきます」


「【いただきます】」


 匙で口の中にルーとライスを恐る恐る入れる。

 カレーライス特有の独特な香りが鼻を抜け、脳髄に染み渡る。



 栄養補給において『味』は不必要。生命活動の維持には何ら関わらない。



 けれど……ユメハは――




「今後は、カコの【料理】による栄養摂取を求めます」


「ふふ、それは〝美味しかった〟ってことかな」


「【美味しかった】……はい。美味しかったです」


「そっか。ありがとう。それじゃあ、〝ごちそうさまでした〟」


「ごちそうさまでした」


 食事を終えて、2人は今度はお風呂へ向かう。


 ユメハは幽閉されていた時は簡易的な冷水のシャワーしか浴びていなかったため、お湯が出てきたときは一瞬戸惑った。


「背中流してあげるねー!」


 蛙柄の桶でユメハの背中にお湯をかける、一糸纏わぬカコ。

 裸の付き合いというやつである。


「それにしても、ユメハちゃんはやっぱり普通の女の子だね」


「?」


 ユメハは片目が真っ黒という点以外は、クールな女の子にしか見えない。

 身体を洗ってあげる時に隅々まで見たが、尻尾があるとか一部が異形だとかそんなことはなかった。もっとも、異形性があったとてカコがユメハを拒絶するなどあり得ないが。


 その後2人は一緒に湯船でのぼせ、ヒイヒイ言いながら冷えた牛乳をいっき飲みしたのであった。





 さらにその後。

 いよいよ就寝である。ユメハにとっては、誰かと一緒に眠りにつくのは初めてだ。


「ユメハちゃん、一緒のベッドで寝よ?」


 カコの部屋にベッドはひとつしかない。つまるところどちらかが床で寝るか一緒のベッドで寝るかの二択だが、前者はカコが却下。

 そしてユメハも他人との距離感もよくわかっていないため、同じベッドでくっついて寝ることになった。


「……? これは?」


 ふとユメハは、タンスの上に飾られた写真立てが目に入る。

 そこには今よりも5つは幼いカコと、よく似た顔つきの少年が写っていた。二人とも絵になる笑顔でカメラに向けてピースをしている。


 ……幸せそうだ。


「わたしのお兄ちゃんだよ。〝ミライ〟っていう名前なの」


 〝ミライ〟――

 カコは今まで、この広い家で独り暮らしをしてきていた。女子高生がたった一人でだ。


 けれど、かつてはミライという兄や家族と共にここで暮らしていたのなら……


 ユメハは、カコのどこか暗い笑顔を見て察した。これは『聞いてはいけないこと』なのだと。



「ミライお兄ちゃんはね、行方不明なの。3年前の夏休みからね」


「それは……」


「でも、約束したから。いつか必ず迎えに来てくれるって。だから、絶対にどこかで今も生きてるの」


「……【大丈夫ですか?】」


 ユメハは、カコの言葉を中断させざるを得なかった。このままでは何か良くない、言語化はできないがとにかく良くない。

 曖昧な感覚の元に紡ぎだした言葉は、心配であった。


「……ごめんね、心配させちゃったか」


「問題ありません」


「そっか。ありがとうね」


 そのまま2人はベッドに潜り込み、カコはユメハを抱き枕のようにする形で寝息をたて始めた。





 ……。



 ――もしも【私】に心があれば。彼女の、【カコお姉ちゃん】の悲しみに寄り添えるのだろうか。


【カコお姉ちゃん】の心の空白を埋めることができるのだろうか。




 ユメハは思考する。

 鉄の頭脳で演算する。


 けれども、考えども考えども答えが出ることはなかった。


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[一言] 作者さん的に、次来るか何が来るかと身構えながら楽しませてもらってます!
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