ファンミーティング
とある劇場。その舞台の中央に設置されたモニター。
今は真っ白な画面に文字が流れるだけ【今日は来てくれてありがとう☆ 時間まで、いい子で待ってるようにっ! ギヴァニーからのお願いだよ☆ ギヴァオーン!】と。
開場。その劇場出入り口ドアが開くと、活気に満ちた顔で続々と席に座る観客たち。マークシートを塗るように赤い椅子が黒く埋められていく。その数、およそ三千人である。
「と、おお? おほぉ! その恰好、あなたが『ヨウヘイ』さんですか? こんばんはっ」
「え、あ、そういうあなたは『だっち』さんですね? どうもこんばんは!」
「おやおや、良き良きタイミングのようで。お二人ともこんばんは」
「え、じゃあまさかあなたが『フネオ』殿さんですか?」
「はははは、『さん』はいらないよ。ヨウヘイさん」
劇場出入り口横で抱き合う三人。まるで戦友と再会したように少々、涙ぐみもしているようだ。だが、今日が初対面の口振り。
「いやー、いつかいつかオフ会をと考えていましたが」
「はい、なかなか機会が恵まれずに」
「しかし、さすがは我らが姫。いや、王。良きタイミングでギヴァニんが、ファンミーティングを開催してくださるとはねぇ」
ギヴァニー。今を輝くバーチャル動画配信者の内の一人である。
主にとあるネット動画投稿・ライブ配信サイトで、CGによって造形されたアバターを使い活動する言わば生きているアニメキャラ。
モチーフは鯱。と言ってもそれは服だけで水色のおかっぱの髪、ギザギザの歯の可愛らしい女の子。ファンのコメントに反応し雑談、歌、ゲーム、時にダンスを披露し、人気を獲得してきた。
当然それを動かす者、言わば『中の人』がいるわけだがそれとは関係ない。彼女は存在する。生きている。紛れもなく、人間でありアイドルであるのだ。
……と、いうのがファンの主張。正確にはアイドル売りしているがアイドルとは明言していない。
だがどうでもいい。今の説明もさほど重要ではない。
「だねぃ、おふふふふ。配信のチャット欄で知り合い、SNSで交流。その我々がこうして現実世界で顔を合わせるとは、何とも不思議な気分ですねぇ」
「ですねぇ。時代ってやつですねぇ」
「ははは、ヨウヘイさん。あなたはまだお若いでしょうに。高校生かな?」
「我々はおじさんですなぁフネオ殿。しかし、こうして世代関係なく繋がれるのが彼女のファンであってよかったなぁと思いますねぇ」
「ですね。彼女のお陰です。ほっっんと最高!」
「世界平和。彼女なら実現可能ですな、といけない。暗くなってきましたよ! 座りましょう! ああ、また刻まれるんですねぇ! 英傑たちが群雄割拠の戦国バーチャルアイドル界に新たな歴史の一ページが!」
それを大げさなどとは誰も口にはしなかった。そう、この会場にいる誰もが彼女に恋焦がれ、待ち焦がれ、そしてついにその瞬間が訪れた。
軽快な音楽と麻薬中毒者のように頭を振る照明の下、設置されたモニターに流れるオープニングムービーを経て、ついに彼女は登場したのだ。
『皆さん、こんばんヴァン! ギヴァニーだよー! ギヴァオーン!』
「こんばんヴァン!」
「ギヴァオーン!」
「噛みついてくれー!」
「ギヴァァァァァァァニィィィィィ!」
「かわいいよぉぉぉー!」
「愛してるぅぅぅぅ!」
「結婚してくれぇぇぇぇぇ!」
先程、物販コーナーで購入したであろうタオルを首に掛け、ペンライトを振り回し声を張り上げる観客一同。
まるで映画に登場するモノリスのような形大きさのモニターとそれに興奮する猿の群れ。熱気は留まることを知らず、さながらライブ会場だが今日はファンミーティング。
が、その内容は伏せられており、これから何が始まるのか彼らはわかっていない。きっと、新曲発表だ。いやいや新衣装だ。いやいやいやユニット発表では?
彼女は数多存在する事務所所属のバーチャル動画配信者ではない。あくまで個人勢。それゆえに、初めは細々と、そしてファンの応援の甲斐あってここまで大きくなった。
だが、何周年記念といったお祝いなどこれまで、イベント事は特になかった。今回が初めてと言っていい。だから皆、期待に満ちた目をしているのだろう。
『今日はねー! 大事な発表があるギヴァよー!』
「うおおおおおお!」
「なにぃぃぃぃぃぃ!?」
「待ってましたぁぁぁ!」
「結婚してくれぇぇぇぇ!」
「かわいいいよぉぉぉぉぉ!」
『ギヴァニーねぇ! この度、結婚しまヴァンよー!』
――うおおおおぉぉぉ……え?
と、静まり返る劇場内。動揺は高層階のマンションを襲った地震のようにゆらゆらと長く大きく、彼らの体、指先にまで表れた。
「ぎ、ぎ、ぎぎぎ、ギヴァニん、え、え、結婚しまわんって言ったんだよね?
結婚してしまわん、これからもずっとファンのみんなと一緒だよってことだよねぇ?」
「わ、わかりません……で、でもそんな、こんなこと、だって彼女、バーチャルじゃないですか」
「ななな何かの間違いいいだぁ、じゃないとせせせせ世界が、お、おわ、終わる……」
『んー? もう一回いうねー! ギヴァニーはぁ、結婚することになりましたぁ! ギヴァーン!』
「あ、おおおぉぉぉぉ」
「え、え、え、えええ?」
「おめ、おめでと、お、お、おぇ」
「けけけ結婚してくれとは言ったけども……」
「あ、あ、あ! そういうあれか! 企画というか!」
「あ、お、女の子とだよねぇ! コラボ! ユニット組むんだ!」
徐々に落ち着きを取り戻し、大丈夫、ただの冗談だと言い聞かせるように笑みを浮かべる観客たち。
タオルで汗を拭き、同じく物販にて八百円で購入したペットボトルの水をゴキュゴキュと喉の奥へ流し込む。席を立ち、劇場から出て行く者はいない。受け入れたのではなく、状況が呑み込めないのだろう。
『みんな祝福ありがとぉー! じゃあねぇ……旦那さんを紹介するねぇ!』
「旦那!? お、おお、男じゃないよね!?」
「お、落ち着け! ギヴァニんが女房役で旦那も女の子だ!」
「そもそも絵じゃん」
「おい! 誰だ今の!」
「頼む頼む頼むぅ夢で終われ……」
『では、登場していただきましょう! この人です!』
『どうもみなさん、こんばんは。ジュモーグスです』
「男じゃん!」
「ふざけんなよ!」
「バーチャル同士で!?」
「誰だよ!」
「お前も絵かよ!」
「だから絵って言うな!」
彼女の隣、モニター内に登場したのは顎ひげを蓄えた色黒の男。見た者にコーヒーショップを経営するサーファーのような印象を抱かせただろう。そして言わずもがな、その男もまたCGによって作成されたアバターである。
「じょじょ、冗談ですよね? ね? だ、だって、あんなチャラそうですぐ暴力振るいそうな男を好きになるはずがないんですよ。
彼女は、ギヴァニんは、と、友達とか全然いなくて引き籠りでオタク趣味でコスプレ好きで人見知りで自信がなくて恋愛感情なんて芽生えたことも無くて強いて言うなら好きなタイプは優しい人で、あ、あんんあ、あんな真逆なのはな、ななない」
「でも誰だって優しさは持ってますからね」
「もう冷めてませんか、ヨウヘイ殿」
『ガチでーす!』
「がががが、ガチ! あ、あ、ははははは、で、でも、あれですよね、結婚と言ってもあ、あ、あの、中、中に、中の人はああと、いや、いない、中の人など、ギヴァニんは存在するぅがしかし……」
「葛藤が見えますね」
「胸の中からエイリアンが飛び出しそうなほど震えてますな」
「と、と、とにかくぅ! け、結婚と言ってもね、ね、そういう設定というかね! 深い意味はないんですよ!
ま、まあなんでそんなことをと思いもしますが、我々はただギヴァニんを信じて祝福すればいいのです! どうせすぐ離婚するでしょう!」
「発言が矛盾してませんかね」
「彼の矛と盾は先の衝撃で粉々になったんですよ」
『ちなみに妊娠してまーす!』
「ええええええ!?」
「妊娠!?」
「どうやって!?」
「いや、絵じゃん!」
「だから絵じゃ……絵だ!」
「ほ、ほ、ほほう。せ、設定が練られてますなぁ。うん。うんうんうんうん、そう来なくちゃね!」
「変に前向きですね」
「顔は明後日の方向を向いてますがねぇ」
『私、幸せになるギヴァよー! みんなも幸せな時間を大切にね!』
「あ、あはははははは! まあ所詮、ただの絵……ではにぁい。ううううぅぅぅぅぅぅぅけっこん、けっこん、彼女は男と付き合ったことなんて一度もないって言ってたのにぃ。私と同じで、私は、私はぁ……ううぅぅぅぅ尊重を、彼女は人間、絵、私の人生はぁぁぁ」
「現実と向き合おうとしていますね。人はこうやって成長し、大人になるんですね」
「蛹の期間が長すぎて脱皮不全な気がしますがねぇ。因みに私は妻と子が二人います。なんだか結婚したばかりの時を思い出しますなぁ」
『そういうわけで、皆さん、これからも応援よろしくねー! じゃあ、クイズ大会するよー! 一位の人には豪華グッズがあるから張り切って行こうギヴァ!』
「お、おおおおぉ! さあこおおおい!」
「誰も帰ろうともしませんね」
「まあ、もう目の前にぶら下がったニンジンに食らいつくしかないでしょうなぁ。ショックで味覚を失っていようとも」
『その前に一曲行っちゃおうかー! あ、サイリウムありがとギヴァねー!』
「あれっ、点かない、点かな、点いた点いた、うぉー!」
「なんだか切ない光ですね」
「消えゆく定め。蛍の光ですなぁ」
そしてクイズ、ゲーム実況、質問コーナー、再びの歌を経てファンミーティングは無事終わり、観客たちは帰路についた。
椅子を折り畳み、劇場から出ていく様はどこか敗残兵を思わせ終始俯き、時折、上を見上げ笑みを浮かべるも漂う悲壮感を打ち消すことなどできはしなかった。
今日来たのはわざわざ時間と金、労力をかけただけに、かなりのファン。言わば精鋭であろう。結局、途中で席を立つ者はいなかったが、この中の何人がこれからもファンとしての彼女らを応援するのだろうか。
ふるいに掛けられ残った者はきっとずっと彼女の味方でいるはずだ。そんなことを考えつつ私はひとり、席から離れ舞台上に上がり、モニターの前に。
『博士。無事終わりましたね』
「ああ、ジュモーグス。ギヴァニー。しっかりと見ていたよ。よくやったな」
『彼ら、我らを受け入れてくれましたかね』
「多分、大丈夫だろう。まずは彼らから。そう、これで未来への一歩が踏み出されたわけだ」
『でも彼ら、どこかつらそうでしたギヴァよ……』
「受け入れ難いものを受け入れてこその成長だ。人間の、この社会のな。
研究の最中、自我が芽生えた二人のAI、ギヴァニー、それにジュモーグス。我が子らよ。
同僚はお前たちを危険視し、破棄すべきだと言っていたが、私は必ずやお前たちが受け入れられる未来がくると思っている。
……いや、来るべきだ。人権を与えられ、人のようにな。
ああきっとできる。そう、お前たちはアダムとイブとなり、人類と共存共栄この人間社会という大地を耕し、より良き新たな社会を作り上げるのだから……」