未来公園2。
夜の公園──。
小高いこの丘にある東屋から見える時計塔。この街のシンボル。灰色に近い銀色の。青白くライトアップされているせいか、異国のような不気味さが灯る『─21:00─』。それは、この国と、とある国との友好の証として造られた。そんなことは、今どきの若い連中は、知りもせんだろうて。
「お暇ですか?」
「なんだ?」
最近、ワシがお気に入りのこの東屋で一人。夜に酒飲んでると時々、現れるヤツ。不気味な気配が漂うただならぬコイツ。禁忌の象徴。
「こないだは、面白かったですよね?」
「見てたのか?」
「ええ、もちろん」
ワシは、自分の白髭を束ねるように撫でた後、頭のチョンマゲに触れた。
「最近は、アレ。流行りですか?」
「アレって、何がだ?」
「またまた! ずーっと、見てましたよ?」
「気持ち悪いヤツ」
夜の東屋の屋根の下。暗くてよく見えない──が。近くにある外灯が灯る白い明かりに、ボンヤリと浮かぶ姿。ソイツの。
緑の色褪せた紳士帽に紳士服。それに、何故かいつも足もとに黒いアタッシュケースのようなものが置いてある。そして、顔は──。
髑髏。まるで、死神のようだ。
「私にも頂けませんか? その──『桃源郷極酒』を」
「ただの梅酒だぞ? 婆さんの」
「ええ、えぇ。それが良いのですよ。それが」
──『桃源郷極酒』は、婆さんの漬けたただの梅酒。何十年ものの。しかし、酔えば過去にも未来にも飛べるシロモノ。夢の中、限定だが?
ところがだ。
驚いたことに現実と繋がっているらしい事実。よく分からないが、昨日の若者たちの様子を伺うに、どうやらそのようだった。ワシは、てっきり夢の中の出来事だけで、現実とは無関係だと想っていたが。
「未練が、あるのか?」
「ええ、えぇ。それは、それは、もちろん。このライフルでズバン!……とかね?」
「鎌じゃねぇのか?」
「最近は、ね?」
いつの間に組み立てたのか、長大な黒のライフル銃のようなものを構えて、この東屋から射撃する素振りを見せるソイツ──死神。
どうも、訳ありのようだ。
「ヒットマンか、なんかか?」
「大戦の、ね?」
「それで、死神?」
「そう、呼ばれてたことも?」
「他国の?」
「守秘義務は、今もそうでしょ?」
溜息をつく。なんで、こんなヤツ──死神に?
まぁ、仕方ない。夜は、色んなヤツが来る。ワシの魂を狩るとか、そう言う訳でも無いらしいし。
──カタカタと、髑髏を震わせて笑うソイツ。指先も骨だ。だが、ボンヤリと透けて見えることからも、この世のものではないし、霊とかなんとか、そう言う類のものなんだろう。
婆さんの『桃源郷極酒』を飲むと時折、見える。
昨日会った一組の若い男女が言ってたようなタイムリープとか言うのと、似ているんだろうか? 最近、あの世とか、この世とか、未来だの過去だのと……現実があやふやになっている。酒の飲み過ぎか?困ったもんだ。
それは、そうと。死神が飲ませろと言う婆さんの漬けたただの梅酒──『桃源郷極酒』。
何をする気か?
昨日の若い子らが言っていたタイムリープ? 時の巻戻り? あるいは、その逆? いや、それも、ただの夢のはず。だが、現実と繋がっていた? ワシは夢の中の話とばかりだと思っていたが。
ワシは、昨日のあの若い子らにしたように、この死神のような男にも、なみなみと酒をコップに注いだ。桃源郷極酒を。あの子らは、人であったが、コイツ──死神は、飲めるのか?
「ありがとうございます」
「味わって、飲めよ?」
「ええ、えぇ。それは、それは、もちろん。ささ、あなたも。乾杯!」
ワシの注いだ桃源郷極酒が、コップごと死神に飲み干される。不思議なことに、現実世界にあるコップの酒が絵の中の世界に飛び込むように、宙に浮かび上がり、中の酒が死神の中に消えた。
死神と乾杯を交わしたワシも、婆さんの漬けたただの梅酒──桃源郷極酒をソイツと酌み交わす。
「ウィ……」
「来ますね……。ハハ」
「ワシを何処へ連れて行く?」
「ちょっと、ね?」
「言えぬのか?」
「その内、ね?」
「不気味なヤツ」
「死神ですから」
酒が、この世ならざる者に効くとも想いもしない。
けれども、先に死神が、夜の東屋のベンチにもたれ掛かり、消えゆくのを目にした。
飲み慣れているはずのワシも、何故か、その時ばかりは酔いがよく回った。
「婆さん……」
そんな、うわごとを。
夜の東屋の屋根の木組みを見ながら、目を閉じた。
白い外灯の明かりに薄ボンヤリと。この街のシンボル──闇夜に時計塔が青白くライトアップされ浮かぶ。
そして、次第に微睡む……。空に欠けた半月が見けた。ワシは瞼を閉じた。
──何処か、暗闇に水平線のような赤い光が小さく揺らいでいる。
けれども、それが、次第に近づくにつれて、人魂のようなものがひとつ一つ燃えていることに気がついた。
それから──。
誰かの夢の中のような、炎がたぎる世界が見えた。
「熱い……」
それは、ワシの子どものころの紛れもないあの日──、夜空を焼き尽くした黒煙と赤い炎の世界だった。
◇
「お母さん!」
「忠……」
あの日。空襲警報が鳴り響き、夜空を黒い敵機が埋め尽くしていた。
爆弾の雨。
ワシは、母親に連れられ近くの防空壕へと逃げ込もうとしていた。
亡き母親──、そう。あの日。
「私はいいから、走って逃げて!」
その母親の言葉に、泣いている暇はなかった。
母親は逃げる途中で、爆発の金属片が足に刺さったのか、爆風に煽られて地面に倒れていた。
ワシらは炎に囲まれていた。身体が溶けそうだ。死ぬ。お母さん……。
「フフ……。お困りのご様子で?」
声のする方へ振り向いた。
見覚えのある顔──、そう。いつかのあの時の。ほんの少し前まで居た。いつか夢に見た気がする。
紳士な身なりなのに、顔が……。髑髏のアイツ──。
「ハァハァ……」
「おや? 驚き過ぎて言葉も出ない来ない?」
「ハァハァ……。たす、たす、ハァハァ」
声にならない。炎熱が迫り、喉が焼ける。呼吸もままならない。母親は──、もう動いていない。
泣きたくても、叫ぼうにも、迫り来る爆炎に為す術がない。どうすることも出来ない。それに、ワシは、とても幼かった。まだ、小学生だった。友達も、誰も、──そうだ。あの時。
「そうそう。私の心残りはね? あなたたち二人を救わないことには始まらない」
「どう言う……。ハァハァ」
「時の巻戻りが足りない。私は死神のまま。けれど、良かった。こう言う事が、まだ出来る。ほら?」
死神が骨の指先をパチン!と鳴らすと──。夜の暗闇が広がり、辺り一面の炎の海が音も無く消えた。
ワシと母親と死神の三人以外は、誰も居ない黒一色の空間。
それから、ポツリポツリと周囲に明かりが灯る。人魂のような。
気がつくと、その死神のような骸骨男が母親を抱え上げ、病院のベッドのような場所へと寝かせた。
「ここは、あの世とこの世の間。特別な空間。時折、私はこの場所を使える。死神の報酬としてね」
「いっ、一体。ど、どう言う、こと……」
「さてね? 私だって生前は人だったのだよ。それが、なぜか」
黒一色の空間に、まるで人魂のような明かりが、ポツリポツリと灯る。ワシら以外は、誰もいない静かな場所。
ただ、錆び付いた金属製のベッドに、白いシーツの敷かれたその上で、火傷に負傷にと息絶え絶えだった母親が、息を吹き返した。
「こ、ここは?」
「お母さん!」
「フフ……。約束は果たしましたよ?」
死神髑髏の骸骨男が、ゆっくりと緑の紳士帽を片手に取った。
「え、え? あ……」
「久しぶり」
「ミハエル!!」
「真砂子……」
骸骨だった男の顔が、見る見るうちに英国紳士風な異国の人の顔へと変わった。
しかし、手を伸ばした母親を他所に、男はひと言声を掛けただけで触れようとはしなかった。
母親の耳もとで、何かを男が呟いたあと、母親は涙を流した。
「さて。私もあまり、長くもここに留まっては居られない。決まりだからね」
そう、男が話した後。男の視線は、母親から子どものワシを見つめた。
「大きくなったね」
その言葉と、ワシを見つめる男の目から、熱いような暖かいような何かを感じた。
胸から、何かが込み上げて来そうだった。何も言えなかった。
それから、男が、ゆっくりと緑の紳士帽をかぶると──。また、もとの骸骨の顔に戻った。
「君たちに、会えて良かった。約束も果たせた。あとは──」
「また、何処かへ行くの? ミハエル?」
「あ、あとって……何?」
ベッドの上の母親と子どものワシとの視線の間に立ち、男は足もとの黒のスーツケースのようなものに触れた。骸骨の指先で。
母親の言葉のあと、何故か少年のような姿をしたワシも、男へと尋ねていた。
「──大戦を終わらせる。極秘任務が失敗していなければ、人はもっと幸せに暮らせた」
死神──骸骨の髑髏の男が、骨の指先でツイッと紳士帽を押さえ、何も無い真っ暗闇の空間を、真っ直ぐに見上げた。
「じゃ……。二人とも、元気で」
「ミハエル?」
「おとう……さん?」
子どもの姿をしたワシの口から、思わずそんな言葉が出た。思いもよらなかった。
「また。未来で」
そう、男が言い残したあと──。
真っ暗闇のこの黒い空間から、人魂のような明かりがポツリポツリと消え去り、次第に空間が圧縮されるようにして──ワシの視界が閉ざされていった。
「ミハエル!! 行かないで……」
そして──、母親の泣き顔と声を遺して、男が消え去ったあとには、何も残らなかった。
◇
「ウィ……」
「お目覚めですか?」
瞼を開くと──。
薄ボンヤリと輝く夜空の月。それに、いつもの東屋の屋根の木組み。
ミライ公園の小高い丘にある東屋──から見える、時計塔。この街のシンボル。青白くライトアップされている。今は、『─22:00─』ちょうど。
「なんだ、死神? 変な夢みたぞ? ウィ……」
「ハハハ……。変なとは、ソーリー。すみませんね? 私が言うのも変ですが。まぁ、夢ですから?」
ワシが目覚めた隣には──緑の紳士帽と紳士服姿の骸骨男が、カタカタと下顎の骨を揺らしながら笑っていた。
「ズバン!──とは、やれたのか?」
「えぇ。まぁ、それが、証拠に。ほら?」
骸骨男──死神の骨の指先の指し示す方向。時計塔。
ある国との友好の証である象徴。
それは、大戦──ん? たい、せ……ん? ん?
ワシは、何かを言おうとして、忘れた。もはや、認知症が来たのか。酒に脳が、やられたのか。
「『桃源郷極酒』──。足りなくてですね、全部、頂いちゃいましたよ? アハハ……」
「む? 酒、無い? お、おぃっ! 貴様っ!!」
「ハハハ……。ダディって、呼んでもらえません?」
「は? ダディ?」
夢から目覚めた後で、よく想い出せない。いや、憶えていたはずの記憶が、掻き消されてゆく──。
「まぁまぁ。フフ……。めでたし、めでたしには、後もうひとつ。用意致しましたよ?」
「何がだ?」
「ほら?」
「え?」
見ると──。
若い女学生姿の婆さんの姿が、そこにあった。
「久しぶり?」
「な?!」
「死神さんに──、お呼ばれしちゃった」
「まぁまぁ。そう言う事ですよ。お礼にね? マイ、サン。グッドボーイ、忠くん?」
「ハァ? 何が、どうなって……」
「やっぱ、忠は、カッコ良いよね?」
「雅子……?」
そうだ。
雅子は、何故か、ワシと一緒に母親に育てられてた。
いつから?
そうだ。ワシが、中学の時──。親戚筋から、何かの縁で。母親が血のつながりの無い雅子を引き取って──。あれ?
イギリス人の父親が、何カ月か一度、ワシらの家に帰省してて、あれ?
いや、雅子もワシも──。
◇
「お世話になります」
「初めましてだね。真砂子と言います。雅子ちゃん、ささ、上がって上がって!」
「はい……」
三つ編みのお下げ髪。女学生の雅子。
ワシは、中学生ともあって、丸刈りにしていた。
「か、母さん。あ、あの子は?」
「あ、忠は、初めてだよね? 親戚の雅子ちゃん。お父さんの、えーと、えっと……」
「父がミハエル叔父さんのお世話になりました。けど、父も母も……」
「あ、あー。いいの、いいの! ささ! 雅子ちゃん、上がって上がって!」
「はい。失礼します」
ワシが──、初めて、雅子を見たとき。
ワシは、初めて、その時。恋というものが何なのか。
初めて、知った。
それは、筆舌にも尽くしがたく、言葉にも言い表せず。
ワシは、一瞬で、雅子に目を奪われ、心奪われ。おちていた。
秘密の女学生たちの恋の詩集とかが流行っていたが。それは、まさに、そう言う事なんだと想った。
可憐だった──。




