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未来公園2。

作者: 破魔 七歌 
掲載日:2023/07/28

 夜の公園──。

 小高いこの丘にある東屋から見える時計塔。この街のシンボル。灰色に近い銀色の。青白くライトアップされているせいか、異国のような不気味さが灯る『─21:00─』。それは、この国と、とある国との友好の証として造られた。そんなことは、今どきの若い連中は、知りもせんだろうて。


「お暇ですか?」

「なんだ?」


 最近、ワシがお気に入りのこの東屋で一人。夜に酒飲んでると時々、現れるヤツ。不気味な気配が漂うただならぬコイツ。禁忌の象徴。


「こないだは、面白かったですよね?」

「見てたのか?」

「ええ、もちろん」


 ワシは、自分の白髭を束ねるように撫でた後、頭のチョンマゲに触れた。

 

「最近は、アレ。流行りですか?」

「アレって、何がだ?」

「またまた! ずーっと、見てましたよ?」

「気持ち悪いヤツ」


 夜の東屋の屋根の下。暗くてよく見えない──が。近くにある外灯が灯る白い明かりに、ボンヤリと浮かぶ姿。ソイツの。

 緑の色褪せた紳士帽ハット紳士服スーツ。それに、何故かいつも足もとに黒いアタッシュケースのようなものが置いてある。そして、顔は──。

 髑髏どくろ。まるで、死神のようだ。


「私にも頂けませんか? その──『桃源郷極酒』を」

「ただの梅酒だぞ? 婆さんの」

「ええ、えぇ。それが良いのですよ。それが」


 ──『桃源郷極酒』は、婆さんの漬けたただの梅酒。何十年ものの。しかし、酔えば過去にも未来にも飛べるシロモノ。夢の中、限定だが?

 ところがだ。

 驚いたことに現実と繋がっているらしい事実。よく分からないが、昨日の若者たちの様子を伺うに、どうやらそのようだった。ワシは、てっきり夢の中の出来事だけで、現実とは無関係だと想っていたが。

 

「未練が、あるのか?」

「ええ、えぇ。それは、それは、もちろん。このライフルでズバン!……とかね?」

「鎌じゃねぇのか?」

「最近は、ね?」


 いつの間に組み立てたのか、長大な黒のライフル銃のようなものを構えて、この東屋から射撃する素振りを見せるソイツ──死神。

 どうも、訳ありのようだ。


「ヒットマンか、なんかか?」

「大戦の、ね?」

「それで、死神?」

「そう、呼ばれてたことも?」

「他国の?」

「守秘義務は、今もそうでしょ?」


 溜息をつく。なんで、こんなヤツ──死神に? 

 まぁ、仕方ない。夜は、色んなヤツが来る。ワシの魂を狩るとか、そう言う訳でも無いらしいし。


 ──カタカタと、髑髏を震わせて笑うソイツ。指先も骨だ。だが、ボンヤリと透けて見えることからも、この世のものではないし、霊とかなんとか、そう言う類のものなんだろう。

 

 婆さんの『桃源郷極酒』を飲むと時折、見える。

 昨日会った一組の若い男女が言ってたようなタイムリープとか言うのと、似ているんだろうか? 最近、あの世とか、この世とか、未来だの過去だのと……現実があやふやになっている。酒の飲み過ぎか?困ったもんだ。

 

 それは、そうと。死神が飲ませろと言う婆さんの漬けたただの梅酒──『桃源郷極酒』。

 何をする気か? 

 昨日の若い子らが言っていたタイムリープ? 時の巻戻り? あるいは、その逆? いや、それも、ただの夢のはず。だが、現実と繋がっていた? ワシは夢の中の話とばかりだと思っていたが。

 

 ワシは、昨日のあの若い子らにしたように、この死神のような男にも、なみなみと酒をコップに注いだ。桃源郷極酒を。あの子らは、人であったが、コイツ──死神は、飲めるのか?


「ありがとうございます」

「味わって、飲めよ?」

「ええ、えぇ。それは、それは、もちろん。ささ、あなたも。乾杯!」


 ワシの注いだ桃源郷極酒が、コップごと死神ソイツに飲み干される。不思議なことに、現実世界にあるコップの酒が絵の中の世界に飛び込むように、宙に浮かび上がり、中の酒が死神の中に消えた。

 死神と乾杯を交わしたワシも、婆さんの漬けたただの梅酒──桃源郷極酒をソイツと酌み交わす。


「ウィ……」

「来ますね……。ハハ」

「ワシを何処へ連れて行く?」

「ちょっと、ね?」

「言えぬのか?」

「その内、ね?」

「不気味なヤツ」

「死神ですから」


 酒が、この世ならざる者に効くとも想いもしない。

 けれども、先に死神ソイツが、夜の東屋のベンチにもたれ掛かり、消えゆくのを目にした。

 飲み慣れているはずのワシも、何故か、その時ばかりは酔いがよく回った。


「婆さん……」


 そんな、うわごとを。

 夜の東屋の屋根の木組みを見ながら、目を閉じた。

 白い外灯の明かりに薄ボンヤリと。この街のシンボル──闇夜に時計塔が青白くライトアップされ浮かぶ。

 そして、次第に微睡まどろむ……。空に欠けた半月が見けた。ワシは瞼を閉じた。

 

 ──何処か、暗闇に水平線のような赤い光が小さく揺らいでいる。

 けれども、それが、次第に近づくにつれて、人魂のようなものがひとつ一つ燃えていることに気がついた。

 それから──。

 誰かの夢の中のような、炎がたぎる世界が見えた。


「熱い……」

 

 それは、ワシの子どものころのまぎれもないあの日──、夜空を焼き尽くした黒煙と赤い炎の世界だった。







「お母さん!」

タダシ……」


 あの日。空襲警報が鳴り響き、夜空を黒い敵機が埋め尽くしていた。

 爆弾の雨。

 ワシは、母親に連れられ近くの防空壕へと逃げ込もうとしていた。

 亡き母親──、そう。あの日。

 

「私はいいから、走って逃げて!」


 その母親の言葉に、泣いている暇はなかった。

 母親は逃げる途中で、爆発の金属片が足に刺さったのか、爆風に煽られて地面に倒れていた。

 ワシらは炎に囲まれていた。身体が溶けそうだ。死ぬ。お母さん……。


「フフ……。お困りのご様子で?」


 声のする方へ振り向いた。

 見覚えのある顔──、そう。いつかのあの時の。ほんの少し前まで居た。いつか夢に見た気がする。

 紳士な身なりなのに、顔が……。髑髏のアイツ──。


「ハァハァ……」

「おや? 驚き過ぎて言葉も出ない来ない?」 

「ハァハァ……。たす、たす、ハァハァ」


 声にならない。炎熱が迫り、喉が焼ける。呼吸もままならない。母親は──、もう動いていない。

 泣きたくても、叫ぼうにも、迫り来る爆炎に為す術がない。どうすることも出来ない。それに、ワシは、とても幼かった。まだ、小学生だった。友達も、誰も、──そうだ。あの時。


「そうそう。私の心残りはね? あなたたち二人を救わないことには始まらない」

「どう言う……。ハァハァ」

「時の巻戻りが足りない。私は死神のまま。けれど、良かった。こう言う事が、まだ出来る。ほら?」


 死神が骨の指先をパチン!と鳴らすと──。夜の暗闇が広がり、辺り一面の炎の海が音も無く消えた。

 ワシと母親と死神の三人以外は、誰も居ない黒一色の空間。

 それから、ポツリポツリと周囲に明かりが灯る。人魂のような。

 気がつくと、その死神のような骸骨男が母親を抱え上げ、病院のベッドのような場所へと寝かせた。


「ここは、あの世とこの世の間。特別な空間。時折、私はこの場所を使える。死神の報酬としてね」

「いっ、一体。ど、どう言う、こと……」

「さてね? 私だって生前は人だったのだよ。それが、なぜか」


 黒一色の空間に、まるで人魂のような明かりが、ポツリポツリと灯る。ワシら以外は、誰もいない静かな場所。

 ただ、錆び付いた金属製のベッドに、白いシーツの敷かれたその上で、火傷に負傷にと息絶え絶えだった母親が、息を吹き返した。


「こ、ここは?」

「お母さん!」

「フフ……。約束は果たしましたよ?」

 

 死神髑髏の骸骨男が、ゆっくりと緑の紳士帽を片手に取った。


「え、え? あ……」

「久しぶり」

「ミハエル!!」

真砂子マサコ……」


 骸骨だった男の顔が、見る見るうちに英国紳士風な異国の人の顔へと変わった。

 しかし、手を伸ばした母親を他所に、男はひと言声を掛けただけで触れようとはしなかった。

 母親の耳もとで、何かを男が呟いたあと、母親は涙を流した。


「さて。私もあまり、長くもここに留まっては居られない。決まりだからね」


 そう、男が話した後。男の視線は、母親から子どものワシを見つめた。


「大きくなったね」


 その言葉と、ワシを見つめる男の目から、熱いような暖かいような何かを感じた。

 胸から、何かが込み上げて来そうだった。何も言えなかった。

 それから、男が、ゆっくりと緑の紳士帽をかぶると──。また、もとの骸骨の顔に戻った。


「君たちに、会えて良かった。約束も果たせた。あとは──」

「また、何処かへ行くの? ミハエル?」

「あ、あとって……何?」


 ベッドの上の母親と子どものワシとの視線の間に立ち、男は足もとの黒のスーツケースのようなものに触れた。骸骨の指先で。

 母親の言葉のあと、何故か少年のような姿をしたワシも、男へと尋ねていた。


「──大戦を終わらせる。極秘任務が失敗していなければ、人はもっと幸せに暮らせた」


 死神──骸骨の髑髏の男が、骨の指先でツイッと紳士帽を押さえ、何も無い真っ暗闇の空間を、真っ直ぐに見上げた。


「じゃ……。二人とも、元気で」

「ミハエル?」

「おとう……さん?」


 子どもの姿をしたワシの口から、思わずそんな言葉が出た。思いもよらなかった。


「また。未来で」


 そう、男が言い残したあと──。

 真っ暗闇のこの黒い空間から、人魂のような明かりがポツリポツリと消え去り、次第に空間が圧縮されるようにして──ワシの視界が閉ざされていった。


「ミハエル!! 行かないで……」


 そして──、母親の泣き顔と声を遺して、男が消え去ったあとには、何も残らなかった。









「ウィ……」

「お目覚めですか?」


 瞼を開くと──。

 薄ボンヤリと輝く夜空の月。それに、いつもの東屋の屋根の木組み。

 ミライ公園の小高い丘にある東屋──から見える、時計塔。この街のシンボル。青白くライトアップされている。今は、『─22:00─』ちょうど。


「なんだ、死神? 変な夢みたぞ? ウィ……」

「ハハハ……。変なとは、ソーリー。すみませんね? 私が言うのも変ですが。まぁ、夢ですから?」


 ワシが目覚めた隣には──緑の紳士帽ハット紳士服スーツ姿の骸骨男が、カタカタと下顎の骨を揺らしながら笑っていた。


「ズバン!──とは、やれたのか?」

「えぇ。まぁ、それが、証拠に。ほら?」


 骸骨男──死神の骨の指先の指し示す方向。時計塔。

 ある国との友好の証である象徴。

 それは、大戦──ん? たい、せ……ん? ん? 

 ワシは、何かを言おうとして、忘れた。もはや、認知症が来たのか。酒に脳が、やられたのか。


「『桃源郷極酒』──。足りなくてですね、全部、頂いちゃいましたよ? アハハ……」

「む? 酒、無い? お、おぃっ! 貴様っ!!」

「ハハハ……。ダディって、呼んでもらえません?」

「は? ダディ?」


 夢から目覚めた後で、よく想い出せない。いや、憶えていたはずの記憶が、掻き消されてゆく──。


「まぁまぁ。フフ……。めでたし、めでたしには、後もうひとつ。用意致しましたよ?」

「何がだ?」

「ほら?」

「え?」


 見ると──。

 若い女学生姿の婆さんの姿が、そこにあった。


「久しぶり?」

「な?!」

「死神さんに──、お呼ばれしちゃった」

「まぁまぁ。そう言う事ですよ。お礼にね? マイ、サン。グッドボーイ、タダシくん?」

「ハァ? 何が、どうなって……」

「やっぱ、タダシは、カッコ良いよね?」

雅子ミヤコ……?」


 そうだ。

 雅子ミヤコは、何故か、ワシと一緒に母親に育てられてた。

 いつから?

 そうだ。ワシが、中学の時──。親戚筋から、何かの縁で。母親が血のつながりの無い雅子を引き取って──。あれ?

 イギリス人の父親が、何カ月か一度、ワシらの家に帰省してて、あれ?

 いや、雅子もワシも──。








「お世話になります」

「初めましてだね。真砂子マサコと言います。雅子ミヤコちゃん、ささ、上がって上がって!」

「はい……」


 三つ編みのお下げ髪。女学生の雅子。

 ワシは、中学生ともあって、丸刈りにしていた。


「か、母さん。あ、あの子は?」

「あ、タダシは、初めてだよね? 親戚の雅子ちゃん。お父さんの、えーと、えっと……」

「父がミハエル叔父さんのお世話になりました。けど、父も母も……」

「あ、あー。いいの、いいの! ささ! 雅子ちゃん、上がって上がって!」

「はい。失礼します」


 ワシが──、初めて、雅子を見たとき。

 

 ワシは、初めて、その時。恋というものが何なのか。

 初めて、知った。

 それは、筆舌にも尽くしがたく、言葉にも言い表せず。


 ワシは、一瞬で、雅子に目を奪われ、心奪われ。おちていた。

 秘密の女学生たちの恋の詩集とかが流行っていたが。それは、まさに、そう言う事なんだと想った。


 可憐だった──。




 



 









 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みに来るの遅くなりすみませんm(_ _)m 髑髏の死神(?)の雰囲気が何だか好きです。 >──カタカタと、髑髏を震わせて笑うソイツ。 この部分の表現が好きです。画が浮かぶようです!…
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