2番目の男の三つ目の話 ~ 終電車で行こう
「いや、それを持ってくるとは参りましたな」と、2番目の男は言った。
「となると、さてどんな話をすればよいですかね」
思案顔になっているとホームに電車がやって来た。
「おやおや、時間切れのようですな」
2番目の男は残念そうな表情をした。
最初の男がゆっくりと立ち上がる。2番目の男は最初の男の腹部を指差しながら言った。
「しかし、そのお腹のナイフ、痛そうですね?」
そう言われて最初の男はゆっくりと自分のお腹を見下ろした。肝臓の辺りに果物ナイフの柄が突き出ていた。
「まあ、最初は痛かったですが、今はなんとも無いですね」
「それ、通り魔にやられたんですよね。朝のニュースでやっていて、近所だったから驚いたんですよ。
わざわざいつもより早く家を出てね。少し現場を見に行ったほどですよ」
「それは……
あんまり感心しませんねぇ。悪趣味ですよ」
「いや、面目ない。反省してます。
バチがあたったんですかねぇ。そんなことをするからその後会社に行く途中で交通事故にあっちゃいました」
「ああ、交通事故でしたか。確かに左半分が削れてますね」
最初の男は、2番目の男の顔を見て、言った。2番目の男の頭の左半分はぐちゃぐちゃにつぶれていた。頭蓋骨が削れて脳ミソがむき出しになっていた。
「いや、トラックに巻き込まれてですね。100メートルほど引き摺られました。アスファルトでごりごりってね。
朝のニュースであなたのことを見て、人の運命なんてのは分からないものだなぁ、と思っていましたがなんのことはない、自分の命こそ分からないものだってことですよ」
「誰でもそうですね。
人の命なんてのは一寸先は闇。明日どころか一時間後に生きているかどうかも定かではないのですから」
最初の男は、ははは、と乾いた笑い声を上げた。
「あの電車の人たちもみんなそう思っていますよ。まさか自分たちの乗った電車が脱線事故にあうなんて思ってもいなかったでしょう」
ホームで待っている電車に二人を視線を投げ掛ける。
電車は窓という窓のガラスは粉々に砕け散り、フレームもひん曲がっていた。中にいる乗客も皆、まともな人間はいなかった。
首が半分もげているもの。腹から腸をだらりと垂らしているもの。下半身が無いものが居れば、反対に上半身がないものもいる。
最初と2番目の男はそんな阿鼻叫喚な車内へとなんの感慨もなく乗り込んだ。
ピーーーー、と甲高い警笛がホームに響き渡ると電車の扉がしまった。
そして、ゆっくりとゆっくり電車が走り出す。
二人の男とたくさんの乗客を乗せ、この世に永遠の別れを告げ、走り始める。
「願わくば、明日この電車にあなたが乗り合わせないことを切に願います」
最初の男がぼそりと呟いた。
2020/08/27 初稿