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最初の男の一つめの話 ~ 違和感

「普段となにもかわらないのに、妙な違和感を感じたことってありませんか?

なにかが普段と違うのに、それがなんなのか分からない。喉に小骨がささってちくちく、ちくちく気になるのにどうにもならない、そんなもどかしい違和感です。これはそんな違和感に襲われた男の話です……」


 最初の男はそう前置きをすると話始めた。

 ガクンと首が落ちそうな感覚に男は目を覚ました。


 周りに目を向けると見慣れた電車の中だった。どうやら知らぬ間に寝てしまったようだ。

 車内の電光掲示板に目をやると、ちょうど降りる駅だった。乗り過ごさずにすんで、ほっと胸をなでおろしながら、男は席をたった。

 

 駅のホームに降りた時、男は妙な違和感に襲われた。

 間違った駅に降りてしまったのかと、慌てて駅名を確認したが、間違ってはいなかった。

 間違いなく、いつも降りる駅だ。

 それでもなんともいえない違和感がぬぐえない。男は周りを見回してみた。

 設置されているベンチの位置や改札口へ続く階段にこれといって変わったところは無かった。

 みんないつもの見慣れたものだ。

 特段変った物はない。強いてあげるとすれば今の時刻だろうか。

 今日は仕事が立て込んでいて終電になってしまったのだ。そのため、ホームには自分以外誰もいなかった。

 

 変と言えば、それぐらいだろうか? 

 

 とはいえ終電でこの駅に降りるのは今日が初めてというわけではない。この時刻の駅も何度か利用しているが、大体いつもこんなものだ。それなのに今日はなぜか妙な違和感に胸がざわめいた。

 

 はて、さて。


 と男は思う。一度気になるとどうにも原因を知りたくなるものだ。

 もう一度、じっくりとホームの様子へ注意を向けた。

 静かで穏やかな夜だった。

 胸をざわめかせるような光景も騒音もない。ホームの先に広がる夜景はいつものそれだ。多少、()の光が少ないが違和感を感じさせるほどでは無い。

 次にホームの構造物へと目をやった。

 柱の配置。ベンチの数やその周辺に不審なものがないかどうかなど念入りに確認し、はては自販機の色や売られている缶ジュースの種類にまで注意を向けてみた。

 しかし、違和感の原因になりそうなものは何一つ見当たらなかった。

 一向に違和感の元になりそうなものが見つからないのに、なぜか違和感のほうはどんどんと強くなっていく。違和感は既にじりじりとフライパンの上でやかれるような焦燥感にまで成長していた。


 見ている角度が悪いのだろうか?


 男は立ち位置を変えようと一歩前へと踏み出した。


 ペチャ。 と湿った音がした。


 驚いて後ろを向いたがなにもなかった。二度、三度と、その場でぐるぐるを身を翻して周囲へ目を配ったがやはり自分以外は誰もいない。音を立てそうなものも見当たらない。


 ペタッ。 また、聞こえた。


 前からなのか、後ろからなのか。

 それとも右か、左か?

 どこから聞こえてくるのか良くわからない。

 本当に小さな音だった。今のように神経が高ぶっていなければ聞き逃してしまうような微かな音だった。

 ブルッと背筋に悪寒が走った。

 違和感が恐怖心へと反転する。

 ここにいてはまずい、という確信に似た恐怖心がむくむくと膨れ上がり、男は足早に改札口へと向かった。


 …… ……


 ペチャリ …… 

 

 ピトッ …… ペタ ペタ


 かすかな音がついて来るのを聞きながら、男は階段まで急ぐ。

 階段の手前まで来て、男は足を止めた。

 階段の先には改札口の端がかろうじて見える。一息で駆け下りれる距離に、男はなんとなく安心感を覚えた。その安心感が好奇心を呼び覚ます。ダメだと思いながら男はゆっくりと振り返った。後ろを確かめずには居られなかったのだ。


「ひっ!?」


 ホームの床に転々とついた血の足あとに男は声にならない悲鳴を上げた。血の足あとが自分の後をピタリと追いかけてきていた。

 言い知れぬ恐怖が一気に男を支配する。

 うわっ、うわっと悲鳴を上げて、階段を一気に駆け下りた。急速に改札口が近づいてくる。

 走りながら、男は胸ポケットにしまっている定期へ手をやる。


 ない?!


 男は愕然として、立ち止まった。 


 ないのだ。ない! 


 定期ではない。男の右腕が無いのだ。

 右腕が肩の根元あたりからざっくりと無くなっていた。

 

 「えっ? えっ??」


 肩口をふりふりと振ってみるが、右腕がないのは変らない。肩口は大きく裂け、赤黒い筋肉や白い骨がむき出しになっていた。血は、止まっているのか出ていない。痛みもなかった。


 ああ、そうか

 俺は帰りの電車を待っていた時にめまいを感じてそのままホームに落ちたんだ。


 呆けたように肩の傷を見つめていた男の脳裏に不意に記憶がよみがえる。

 

 そこに電車がやってきて、腕と首を引きつぶされた

 

 そう思い出した途端、首がズリュリと横にすべり落ちそうになった。男は慌てて、首が落ちるのを止めようと右腕で、既に存在しない右腕で懸命に押さえようとした。











  

 



 


 ガクンと首が落ちそうな感覚に男は目を覚ました。


 周りに目を向けると見慣れた電車の中だった。電車はゆっくりと速度を落としている。停車駅が近いようだ。

 男は停車駅の名前を確認するとゆっくりと立ち上がった。

 電車が止まり、ドアが開く。

 男は電車を降りると、ふと妙な違和感に……



2020/08/24 初稿

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