あたたかな妖精
遠井moka様 「あたたか企画」
家紋 武範様 「あやしい企画」参加作品です。
4才のキャサリンは、ある日窓際でとっても可愛らしいものを見つけた。キャサリンの握りこぶし一つ分くらい。丸くて淡い青色をしていて、マシュマロのようにふわふわしているもの。
棒でつつくとぷるぷるする。
指でつついてもぷるぷるする。
それは恐る恐る小さなお目々を開けた。
「かわいいっ!あたちのペットにするっ!」
キャサリンはペットに憧れていたが、小さな子どもには危ないとまだ飼ってもらえなかった。
「あなたのなまえはビリーなの!」
ビリーがぼんやり光ったような……。
「これはヒミツ!あたちのヒミツ!」
小さなビリーを昼間はポケットに詰めて、夜は洋服タンスの端に隠した。
「ビリービリー。かわいいビリー」
キャサリンが名前を呼ぶ度にビリーは小さな目をいっぱいに開いて身体をぷるぷる震わせる。キャサリンのお菓子の食べかすやパンくずを毎日喜んでビリーは食べる。
こうして幼女と一匹は毎日楽しく暮らした。
「どうしようビリー?チョコでぐちゃぐちゃになっちゃった。ばあやにおこられちゃう」
ある日もらったチョコを部屋でコッソリ食べたキャサリンは、顔も手もお気に入りの洋服もチョコだらけ。泣きそうなキャサリンの前でビリーがぼんやり光った。
「えっ!?どうちたのビリー?」
ビリーにお手々が生えた。ビリーは小さな手を伸ばして一生懸命キャサリンの汚れた服を撫でた。すると見る間にキャサリンの汚したチョコのシミが消えていった。
「すごいすごいわビリー!ビリーはおそうじするようせいなんだわ!」
キャサリンは家族が読んでくれる絵本に出てくる、不思議で素敵な妖精のことをちゃんと覚えていたのだ。
そうして直ぐに家族にバレた。
いつもお菓子やイタズラで服を汚している子どもが、いつの間にか洗い立てのような真新しい服を着ていたら変である。
家族会議が開かれた。
父「どんな危ないことがあるかわからない。森に捨ててきなさい」
母「とても大人しい従魔だわ。キャシーがなついてるんだし飼わせてあげましょう」
一番目の兄「キャシーには、もっと綺麗で可愛らしいペットを飼ってあげるよ」
二番目の兄「こんなペットじゃキャシーには似合わない」
キャサリンは泣きに泣いた。自分が好きなのはビリーだ。綺麗で可愛らしいペットなんていらない。ビリーだけがいいのだと。
「あたちがいっぱいよごちてもビリーがみんなキレイにちてくれるの!ビリーはおそうじのようせいなの!」
泣き叫ぶ幼女に抱かれたビリーは、やっぱり小さな目を開いて、いつものように手を伸ばしてキャサリンの涙を拭う。
結局は家族がキャサリンの涙に折れた。ただし遊ぶのは昼間だけ、夜は侍女が預かること。
キャサリンは喜んだ。ビリーはとても可愛らしい小さなバスケットをもらったのだ。中には柔らかなキルティングが敷き詰められている。朝目が覚めるとバスケットを抱えた侍女がやってきてビリーにおはようを言う。
身仕度が終わったらバスケットを持った侍女と一緒に朝食に向かう。
ビリーはちゃんとしたご飯をもらえる。もうキャサリンの食べ残したお菓子やパンくずではないのだ。
ビリーはちょっぴり大きくなった。
キャサリンもちょっぴり大きくなったある日、キャサリンはお庭で花をつんでいて叫んだ。
「いたいっ!いたいものがあった!」
見ると花の影に毛虫がいた。キャサリンはうっかり触った毛虫に刺されたのだ。
「水だ!」「薬だ!」「医者だ!」
周囲はバタバタ騒ぐが、キャサリンの指先はみるみるうちに赤く腫れていく。我慢仕切れずキャサリンは泣き出してしまった。
キャサリンのポケットから顔をのぞかせた小さなビリーは、ぼんやり輝くとキャサリンに小さな手を伸ばす。
「どうちたのビリー?かわいそうかわいそうちてくれるの?」
キャサリンがビリーに指先を預けると、ビリーがゆっくり撫でだした。
先ず痛みが消え、次に腫れが消え、最後に赤みが消えた。キャサリンはビックリして泣き止んだ。
ビリーは涙でぐちゃぐちゃになったキャサリンの顔を綺麗にし、座り込んで泥だらけになったキャサリンの服を綺麗にした。
「すごいぞビリー!」
家族も使用人たちも、みんながビリーを誉めた。キャサリンはビリーが誇らしかった。そしてビリーはご褒美に美味しいケーキをもらったのだ。
それからしばらくして、この国の第一王子の7才の誕生日のパーティーが開かれ家族みんなが出席した。幼い頃から親交を深め、じっくり人柄を見極め、将来側近候補や妃候補を時間をかけて探していくのがこのフォンダリア王国の流儀である。王子にすり寄るよう親に言われた子どもも多いが、キャサリンたちはご挨拶だけきちんとした後はお菓子を食べて遊ぶだけでいいと言われている。
「オースチンこうしゃくがむすめ、キャサリンともうちます」
やっぱり「さしすせそ」が難しくって言えなかったキャサリンはちょっと涙目になった。綺麗な王子さまは呆れているだろうか?
「はじめまして。小さなレディ」
いや。とっても優しくお日さまのように微笑んでいた。あのいつもつまらなそうな冷たい王子は、こんなに温かく笑えるんだと周りはちょっとビックリしていた。
だが一方で王子の関心を引けなかった女の子たちは悔しがった。何故あんな子だけが?
「意地悪してやりましょう。お茶をかけて、お菓子をなすり付けて、ぐちゃぐちゃにして泣かせましょう」
自分より身体の大きな女の子たちにキャサリンは無理矢理連れ出され、ぬるいお茶をかけられ、チョコを服にぶつけられ、一人に突き飛ばされて転び身体を庇って手をついた。掌には石が食い込み皮を破り血を流している。
「おとうさま-!おかあさま-!おにいさま-!いたいのっ!たすけて!」
甲高い幼女の泣き声は会場中に響いた。
「これはどうしたことだ?」
先ず騒ぎに気づいた第一王子が駆けつけ厳しくたずねると少女たちは泣き出した。早く手当てをと家族みんなはキャサリンを抱えて医者に見せる為に急いだ。
「お前たちは何をした?」
「この子がひとりぼっちだから遊んであげようとした」
「お菓子を一緒に食べようとした」
「この子が不器用だからぐちゃぐちゃになっただけ。勝手にころんだだけ。自分は悪くない」
「もういい。衛兵!何が起こったか見ていたか?」
「はっ!この少女たちが小さな女の子を連れて来て、笑いながら茶と菓子をぶつけて、最後は突き飛ばして怪我をさせたのです」
その言葉に周りに集まった少女の親たちが顔を青くした。
「わかった。その子たちはもう僕の前に顔を見せるな。帰れ」
「そんな……殿下!あんまりです!」
「僕の誕生祝いの席だぞ」
追いすがろうとする親たちの言葉は、怒り狂った第一王子の耳には届かなかった。
その頃静養室で座ったキャサリンのポケットからビリーが出てきた。もちろんキャサリンはビリーを連れてきていた。美味しいお菓子がたくさんあるパーティーなのに置いてきぼりなんて考えられない。
ビリーはぼんやり輝くとキャサリンの手の傷を小さな手でそっと触った。痛みが消えたキャサリンが驚いて掌を見ると綺麗に傷は消えていて元通りの普通の掌だ。
みんなが誉める中、ビリーはキャサリンの顔や髪や服を全て綺麗にしていった。アップにした髪は結えないが母がブラシで解かしてくれた。
「我が家のお姫さまだ」
上機嫌で父が言う。肩を覆うように白銀の髪をなびかせたキャサリンは、堅苦しくまとめた髪型よりもずっとずっと可愛らしかった。
傷が治り、今日の為に仕立てた淡い紫色のドレスは綺麗になり、そして誉められたキャサリンはニコニコだ。
その後ノックの音がして第一王子が入ってきた。綺麗になったキャサリンにビックリし話を聞いてまたビックリである。
「本当に子猫みたいだね」
キラキラした髪をおろしたキャサリンに目を細めながら王子が言う。
「ここにお茶を運ばせよう。少しゆっくりしていきなさい」
家族みんなでゆったりお茶を飲み、もちろんビリーはみんなから美味しいケーキを少しずつもらった。
帰る前には第一王子に挨拶に行った。
「うぃりーあむ でんか」
王子がクスリと笑って言った。
「ウィルと呼んで。僕はキティと呼ぶから」
「ウィル」
「今度プレゼントを持ってお家に行くから、一緒にお茶をしようねキティ」
「まぁ、キティなんてピッタリで可愛らしいわね」
王妃さまが笑う。
子猫の愛称をもらったキャサリンはニコニコである。その後ろで何故だか家族が少し顔色を悪くしていた。
数日後、王子が訪ねてきた。両親も兄たちもアワアワしている。
「こんにちはキティ」
「ようこそウィル」
キャサリンはちゃんとご挨拶できた。
庭のテーブルにビリーを載せて、キャサリンはビリーと出会ってからのことを話した。
「こいつがビリーという名前なのはちょっと複雑だな」
ウィリアムの愛称の一つにビリーがあるとウィル王子がキャサリンに教えてくれた。
「すごいね!ウィルもビリーも同じうぃりーあむなんだね」
苦笑をもらしながらウィル王子がビリーをツンツンする。
「クリーナーにアンチポイズン、それからヒール。お前はいったい何を目指してるんだい?」
「ビリーはなんでもできるようせいなの」
ビリーはぼんやり輝くと小さな手を伸ばしてキャサリンの指先に触った。
「わぁー!ビリーぽかぽかだ。ビリーはぽかぽかようせいになったの」
ビリーの手を握ったウィル王子も笑って言った。
「うんキティ。あやしい妖精だね」
ウォームスライムになったビリーは円らな目を開いて笑う二人を眺めていた。ある暖かな日の昼下がりだった。
ちゃんと企画の意図にそっているか心配しながら投稿します。
昨晩アライグマが枕元の窓辺に現れて、ビックリしながら作品を書きつつ寝落ちしました。だからちょっとお話が変わりました。
読んでいただきありがとうございました。