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ウシュムガル伝  作者: 雨白 滝春
第一章
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第五話 よくある出会い5

「なんスか、この置き去り感。これは壮大なギャグ?」


 応雷が戦前に懐いた疑問、碧は非日常的な世界への憧れから応雷に関わろうとして来るのではないか、という危惧きぐは、全くの杞憂に過ぎなかった。


 碧はただ、応雷と一緒に普通の生活を送りたいだけだ。


 碧にとって、応雷は既にかけがえのない人(碧のイメージです)。その碧にとって、今、目の前で展開している事態は、たちの悪い冗談にしか見えない。


 しかも何気に、応雷は真剣である。


 応雷の身が心配な、健気な碧(碧の自己認識です)。出来るなら、出来るだけ早くこんなことは止めて欲しいと願う碧であった。


(応雷と一緒に死ぬ覚悟はあるっスけど、無事に終わらせるに越したことは無いっスよね)


(碧が非日常的な世界に憧れているとしたら、今この状況は理想郷のはずだ。思いっきり俺の闘う姿に期待しているに違いない)


 応雷は分かっていなかった。


 非日常的な世界へと導く以外に、自分なんかと関わるメリットなど有ろうはずが無い、とでも思っているのだろう。


 応雷にしてみたら、ムシュフシュなどまともに相手にせず、身一つで逃げ出そうと思えば出来ない事も無いのだし、そうした所で、碧にまで危険は及ぶまい。


 ただ、碧への見せ場という事だけをモチベーションに、命を危険にさらした戦闘を続けていたのだ。


 勝って生き残れる可能性と、敗れて死ぬ可能性は、五分と五分。


 もし、ムシュフシュが全ての事情を把握していたなら、「応雷さん、やめた方がいいですよ」と忠告したかもしれなくも無い。


 碧と違い、自分にとって碧は何なのか、という答えすらまだ出ていない応雷。当然、碧にとって自分は何なのかなど、考えすら回っていなかった。


 


(これ以上は止むを得んか。あなたには死んでもらう、ウシュムガル)


『火神ギビル、天意により命じる。現世においてその身を現わせ』


 ムシュフシュは遂に切り札に手を掛けた。


 今までとはケタ外れに巨大な熱塊が出現する。その熱塊は、既知きちのいかなる獣とも異なる形の四肢を具えた、異形の魔神の体を成す。


「碧っ、ここから離れろ!」


 叫ぶと同時に二挺斧を呼び戻し、両手で交差させるように戦斧を構え、碧を背後にかばう位置で、炎の魔神を前に立ちふさがる応雷。


 焔の魔神は、応雷の戦斧の間合いを、わずかに外れる距離まで迫り、立ち止まる。状況が全く分かっていないはずの碧ですら、今、自身の命が危険にさらされている事を理解する。


「無関係の人間を巻き込むのか、ムシュフシュ!」


 次の瞬間、炎の魔神はその巨大な体に蓄え込んでいた閃熱を、衝撃と共に炸裂させた。


 思わずとっさに伏せた後、その時何が起こっていたのか、碧には知るすべも無かった。焼きついた空気が充満する周囲の気配の中で、ゆっくり起き上がった碧の目に映った物は、


 すぐ目の前で碧をかばうように戦斧を構えたまま力尽きた、応雷のうしろ姿だった。だがもう彼には、戦う力も残されていそうに無い。


『今の一撃であなたの命が絶てるとは思っていない。だが、これを喰らって再び立ち上がることはあなたでもかなうまい。


 最後通告だ、ウシュムガル。今すぐ殺されたく無くば、天命にひざまずけ』


「殺せ。俺はもう天命には屈しない」


『今の私には、それを愚かだとはあざけられない。あなたの誇りは認めよう。潔く死んでもらう』


「待って下さいっス」


 ムシュフシュと応雷の間に割り込んで、崩れ落ちそうな応雷を抱きとめる碧。


「応雷を死なせるなら、先に私を殺してくださいっス」


『なに………』


 一瞬の怯みを見せたムシュフシュ。


(勝機☆っ)


「私はまだ、この人の事は何も知らないっス。でもこの人の、応雷の目を見れば、今まできっと、どれほどつらい人生を歩んで来たかは、分からない訳じゃ無いっス」


『ふむっ』


 ムシュフシュはあからさまに、たじろぎ出した。


(ちょれーっス)


「私はそんな応雷と出会って、この人に安息を上げたいと思ったっス。私のそばで安らいでもらいたいと思ったっス」


 ムシュフシュ、タジタジだ。


「もし応雷が、そんなささやかな、人として当然受けるべきわずかな幸福も知らないまま死ななきゃならないって言うなら、せめて私だけでも応雷と一緒に死んで、この人の人生を寂しいだけの物じゃないようにしてあげたいっス」


 ここが切所とばかりに、愁嘆場を演じる碧。どうやら彼らには、無関係の人を巻き込んではいけない、というルールがあるらしい。


 にもかかわらず、先程の攻撃。


 応雷が捨て身になってかばわなければ、碧の命は無かっただろう。そこにはもしかしたら、応雷なら必ず碧を助けるという信頼すらうかがえる。


 それだけに、このムシュフシュという怪生物には今、応雷と碧、二人に対する引け目と負い目が重くのしかかっているのだろう。


 碧はそこに付け入った。


「私は応雷を一人で死なせたく無いっス。応雷にも最後まで寄り添ってくれる人がいたって、救いがあったって思わせたいっス」


『フゴ~~~!』


「でも、本当にかなうなら、応雷には生きて本当の本当に、幸福な日常を過ごさせてあげたかったっスね」


『ううっ、わ、分かった。一度だけ、いま一度だけは、見逃そう。束の間ではあろうと幸福な時を覚えるがいい。だが、いずれ天命には従ってもらう。そう長い時は与えられぬ。一時の夢を見るがいい』


 そして異形の獣は現れた時と同じく、影をまとうように姿を消していった。依然、周囲には焼けつくような熱気が残る。


 ただそれだけが、今の戦闘の唯一の痕跡。今あるのは春が訪れたばかりの夜らしい、落ち着きを取り戻した静寂。


「応雷、大丈夫っスか」


「ムシュフシュが、ホントに俺を見逃したのか。そんなぬるいヤツじゃ無かったのに」


「許してもらえたんスから、感謝しとくっスよ」


「そもそもあいつに許しを請わなけりゃならない筋合いねーよ」


「強がらないっス。体、ボロボロじゃないっスか。例のあれで、回復させるっス」


「あれ、いいのか」


「焦らさないで、早くっス」


「えい」


「きゃー」

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